目次

  1. 倒産間際からの奮起 五代目率いる田中工業所とは
  2. エンジニアが営業も兼務 営業力が大きな課題
  3. 大手には待遇で及ばなくても 思いだけは人一倍
  4. 思いを受け取ったのは58歳大手企業の元営業部長
  5. 仕事でもう一花咲かせて人生を終わりたい
  6. 会社をもう一花咲かせて大きくしたい
  7. 「この人だ」とお互いに惹かれ合う採用
  8. 培ったスキルを最大限発揮 営業力アップ
  9. 「ありがとう」の一言で会社を助けたくなる
1949年創業の田中工業所(岐阜県大垣市)

 岐阜県大垣市にある田中工業所は1949年に創業し、排水処理装置の一種である「加圧浮上装置」という機械の製造を主力としてきました。現在は5代目 田中 佑子(たなかゆうこ)さんが若手女性社長として奮闘しています。

 田中さんには、家業を継ぐ大きなきっかけがありました。

 社会人生活2年目のある日。

 実家の母から会社が倒産間際であることを聞いた直後に、後継者である兄が32歳という若さで事故死しました。両親を心配した田中さんは、兄の葬儀の1ヵ月後に、田中さんは退職をして、実家に戻りました。

 戻った実家の会社は、自身が安心して継げるような状態ではありません。

 「継ぐ気はない。いずれ誰かに継いでもらえる会社に」との思いで、資金繰り表を作成していく中で、会社の経営状態も上向きになっていき、継ぐ覚悟を決めたのが、後継者である兄の死から9年後でした。

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