倒産間際から奮起した田中工業所5代目 資金繰り表で収益改善へ
岐阜県大垣市の田中工業所は、債務超過で倒産危機を迎えたのを機に、5代目で取締役の田中佑子さん(36)が、独自の資金繰り表の作成を始めました。銀行や公的機関と交渉しながら、資金繰りの工夫と改善に努めたことで、支出を減らして収益性を高め、後継ぎとしての覚悟も固まりました。
岐阜県大垣市の田中工業所は、債務超過で倒産危機を迎えたのを機に、5代目で取締役の田中佑子さん(36)が、独自の資金繰り表の作成を始めました。銀行や公的機関と交渉しながら、資金繰りの工夫と改善に努めたことで、支出を減らして収益性を高め、後継ぎとしての覚悟も固まりました。
目次
田中工業所は1949年に創業し、「加圧浮上装置」という機械の製造を主力としてきました。
加圧浮上装置は排水処理装置の一種で、浄化槽や濾過機による排水処理の前段階を担います。加圧によって微細な泡を発生させ、水中の浮遊物質を泡に付着させて取り除き、濁った水を透明にします。
装置の価格帯は300万円から2千万円くらいで、年間の販売台数は多いときで10台ほどといいます。メーカーや商社などが主要取引先で、エンドユーザーはスーパーや食品加工会社、自動車整備工場など多岐にわたります。
現在の売上高は1億3千万円で、従業員数は12人です。
そんな家業について、田中さんは「高校生までどんな仕事をしているかも分かりませんでした」と振り返ります。
家業を継ぐのは、6歳年上の兄と思っていました。兄が承継の準備を進め、田中さんは一般企業に就職します。
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社会人2年目のある日、母から電話がかかってきました。
「実は、会社が倒産間近らしい。あんたはあんたでしっかり働いていなさい」
しかし、その直後、事態が急変しました。兄が32歳で事故死したのです。
パニックになりながら実家に帰った田中さんは、初めて両親から、会社の経営状態を詳しく聞きました。
「後継者が亡くなり、会社も危ない。親のことがまず心配でしたね。会社がうまくいかず、自ら命を絶ってしまう経営者の話を聞きますし、両親もそうなってしまったらと考えると、怖くて・・・。とにかく実家に戻ろうと思いました」
兄の葬儀の1カ月後、田中さんは退職しました。
実家に戻ったものの、家業のことは全く知らず、経営に興味を持ったことはありません。田中さんに「継ぐ」という発想はありませんでした。「あまりに危ない道で、両親も継いでほしいとは思っていなかったのでは」と振り返ります。
それでも、2012年、26歳の田中さんは決心しました。
「会社は継がない。でも、誰かに継いでもらえる会社に戻す手伝いをする」
当時、会社の経理には問題が山積していたといいます。田中さんは「自分にできることを探そう」と、経理担当として簿記の勉強からはじめました。
テキストで学んだ計算式を決算書に当てはめると「どんな数字を出しても、マイナスにしかなりませんでした」。
まさに、何から手をつけたらいいかわからない状態でした。「15年以上におよぶ赤字が積み重なって、ひどい状況になってしまったのです」
当時、田中工業所には2億円もの借入金があり、純資産はマイナス1億円でした。手元に全くお金がないどころか、債務超過になっていて、銀行からは、新規の借り入れを断られていました。
加圧浮上装置の材料費や、従業員の給与を支払うことも綱渡りでした。社長の車を売り、家族の給料を止め、貯金を運転資金に入れるまで、追い込まれていました。
田中さんは何とかしようと、インターネットで「倒産 経理」などと検索し、資金繰り表を作ることが大切だと知ります。
まずは、前任者が手書きで作っていた資金繰り表を、エクセルに転記するところから始めました。
作業を始めて数カ月後、銀行から資金繰り表の提出を求められました。「この入金額は具体的に何を指していますか。なぜ、材料費を200万円と設定しているのですか」
資金繰り表を見た銀行からは、多くの質問を受けました。
最初は資金繰り表も「どんぶり勘定」で、社長に聞いた感覚的な数字をそのまま反映しているだけ。銀行からは「もう少し根拠のある数字を出してください」と言われる始末でした。
資金繰り表を提出しては、銀行から指摘を受ける。そんなやり取りが、1年に及び、田中さんは「表の作り方を変えていかなければならない」と認識するようになりました。
そこで、注文書や納品書をかき集めて、自分の目で確かめ、正確な数値を資金繰り表に反映するようにしました。
しかし、当時の田中工業所は、納品書や注文書が管理できておらず、田中さんが把握できていない支払いが多数ありました。従業員に「納品書を受け取ったら、渡してほしい」とお願いしましたが、なかなか改善されません。
それでも、田中さんは諦めませんでした。従業員に「〇〇さんが戻ってくるときには、納品書ボックスから納品書を持ってくるというルーティンを作ったらどうでしょうか」などと、具体的な改善提案を行いました。
今は業務改善プラットフォーム「キントーン」を活用して、注文書アプリを構築し、従業員が作成した注文書が、自動で共有される仕組みを作っています。
田中さんがブラッシュアップを重ねた資金繰り表には、三つのポイントがあります。
田中工業所では、15日に材料費や外注費の支払い、25日に手形の決済、月末に社会保険などの経費の引き落としがあります。このため、1カ月を15日、25日、月末のタイミングで区切った資金繰り表を作りました。
「1カ月単位だと足りているように見えても、大きな支払いのある15日の時点では、マイナスが発生してしまう恐れがあります」
大きな支払いが発生するタイミングで、資金繰りの状況を「見える化」し、資金が不足する場合は手形割引などの対処を行います。
資金繰り表と工事受注明細を連動させました。工事受注明細とは、受注した案件ごとに、取引先の情報や契約金額、入金形式などをエクセルで整理したものです。受注明細に入金額などを入力すると、資金繰り表の該当項目に同じ数値が反映するようにしました。
工事受注明細は、銀行からの要望を受けて作成しました。現金または手形など入金の形式や時期、取引先の情報などを、細かく反映し、ブラッシュアップを重ねました。
資金繰り表の最下部に、受取手形の残高を記載するようにしました。銀行に手形割引を依頼した際、「そもそも手形はいくら残っていますか」と質問されたことをきっかけに、項目を追加しました。
田中工業所の資金繰りが厳しくなる背景には、「大きな支出が先行する」という業界ならではの課題がありました。
受注すると、まず材料を仕入れなければなりません。加圧浮上装置の価格は高いもので2千万円以上することもあり、材料費がかさみます。多額の材料費を先に支払い、資金が底をつきかけた頃に、製作費が支払われます。
製作費を手形で受け取った場合、現金化は着工の半年後になることもあります。製作費を回収するまでのキャッシュフローをいかに回すかが課題でした。
そこで、田中さんは資金繰り表を活用し、受注のタイミングをコントロールしました。材料費の支払いが重なったり、人手不足で余計な外注費が発生したりすることを防ぐためです。
資金繰り表で、材料費や経費の支払い、製作費の入金時期を確認。社長を通して「受注のタイミングや納期を調整してほしい」と営業担当者に交渉しました。
また、担当者には「新規の取引先には、現金で支払ってもらえるよう交渉してほしい」、「製作時期に合わせて材料を購入してほしい」などとも依頼しました。
「最初はただ、資金繰り表の数字をいじっているだけでしたが、だんだん『マイナスのない数字を並べたい』という気持ちが強くなりました。知恵を絞るうちに、会社の仕組みづくりにも取り組むようになりました」
田中さんが心がけたのは「半年先まではマイナスが発生しない資金繰り表」です。売上額に大きな変化はないものの支出が減り、収益性が向上。銀行からの新規借り入れがなくてもキャッシュフローが回り、この6年間は黒字となりました。
資金繰り表は、公的機関との交渉でも助けになりました。消費税や社会保険料の期限内の納付が厳しくなったとき、田中さんは税務署や社会保険事務所に資金繰り表を示し、「いつ、どれくらい支払えそうか」を説明しました。その結果、分割での納税や支払いの猶予が認められたのです。
「経営が苦しいときこそ、資金繰り表を作ることが大切」と田中さんは強調します。
新型コロナウイルスの感染が急拡大した2020年は、田中工業所にとって忙しい1年でした。レトルト食品や冷凍食品の需要が高まり、主要顧客である食品加工会社からの依頼が集中したのです。
材料費や経費の支払いが重なり、収益性を確保するのは厳しい状況でしたが、それでも、資金繰り表で出入金のタイミングを確認できたため、支払いの滞納はありませんでした。
田中さんは資金繰り表を作り、苦しい局面を何度も乗り越える中で、「会社を継ごう」という気持ちが芽生えました。
「資金繰り表を眺めるうち、『このまま改善し続けていけば、会社は持ちなおせるんじゃないか』という気持ちが大きくなりました。ここまで携わったなら、最後までやりたいと」
自ら手を挙げて、父に後継者になる意思を告げた田中さん。22年に社長に就任し、バトンを受け継ぐ予定です。
「田中工業所はまだ、債務超過を解消できていません。まずは、課題を一つひとつ解決して、財務状況を改善していきたい。5年後には、新規事業を立ち上げたいですね」
田中さんは「資金繰り表は、絶対に経営者や後継者が作った方がいい」と強調します。
資金繰り表に盛り込むための正確な情報を得るには、取引先などの社長や部門責任者と、話ができないといけません。
「トップの方々と対等に話せるのは、やはり経営者ではないでしょうか。資金繰り表を作ることで、経営に対する危機感を持てますし、危機から脱する手段を見つけることもできます」
他の経営者も、資金繰り表をつくってほしい――。そんな想いを胸に、田中さんは自らの経験をツイッターで積極的に発信しています。
自分と同じ立場の女性後継者にも、エールを送ります。
「家業に戻って10年経過した今、踏み出してよかったと実感しています。『女だから』『長男じゃないから』などと考えてしまうこともあると思いますが、もし気になるなら、ぜひ挑戦してほしいと思っています」
田中さんは、悩んだら後継ぎ同士で相談することも推奨しています。「後継ぎの悩みは独特で、同じ立場の人たちにしか共感してもらえないことも多いと思います。協力しあって、一緒に強くなっていきたいですね」
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