「仕事=我慢・お金」から脱却 休日も社員が遊びに来る会社に変えた5代目
エレベーターホールに設置される押しボタンや階の表示灯などを手がける「島田電機製作所」(東京都八王子市)は、工場見学にある「1000のボタン」でも有名な会社です。5代目社長の島田正孝さんにとって家業は元々、働きたい場所ではありませんでした。しかし、それを逆手に取って、代表就任後に組織改革に注力。従業員が働きたいと思える組織づくりを一歩ずつ進めています。
エレベーターホールに設置される押しボタンや階の表示灯などを手がける「島田電機製作所」(東京都八王子市)は、工場見学にある「1000のボタン」でも有名な会社です。5代目社長の島田正孝さんにとって家業は元々、働きたい場所ではありませんでした。しかし、それを逆手に取って、代表就任後に組織改革に注力。従業員が働きたいと思える組織づくりを一歩ずつ進めています。
目次
島田電機製作所は正孝さんの祖父の島田有秋さんが、1933年に創業しました。当時、日本には高層ビルどころかビル自体もほとんど建っていなかったそうですが、「これからはビルが建ち、必ずエレベーターが必要になる」。
祖父の先見の明により、エレベーター事業専門メーカーとして歩みを始めます。
そして次第に、エレベーターホールに設置する表示器に特化していきます。エレベーターに乗る際に押すボタン、停止階が確認できる上部の表示灯、到着を知らせるランタンなどです。
島田電機製作所の得意分野はオーダーメイド品でした。開発から設計、アクリル版や金物の加工・溶接技術、さらには組み立てまで、エレベーターメーカーからの要望にワンストップで応えられる体制や技術力を正孝さんは実現しています。
今では業界シェア6割以上。東京スカイツリーやあべのハルカス、中国の上海タワーといった有名なビルはもちろん、全国各地の多くのビルで使われています。
幼いころは自宅と工場が同じ敷地内にあったこともあり、正孝さんにとって家業は身近な存在でした。ただ、あまり良い印象を持っていなかったそうです。
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「いわゆる職人気質で、無口な従業員が多かったんですよね。また、当時の工場は照明が弱いせいか工場内が薄暗く、子どもにとっては薄気味悪い存在で、近づくことはほとんどありませんでした。家業を手伝ったことも一度もありません」
学生時代はファッションや音楽に興味を示しますが、音楽に本気で情熱を傾ける兄の存在もあり、自分はそれほど夢中になっていないことに気づきます。同時に、家業を継ぐのは自分しかいないことも、直接で言われたわけではありませんが、家族の雰囲気で察するようになっていました。
ただ「後継ぎ」との響きは、正孝さんにとってよいものではなかったそうです。「できの悪い子ども」「成果を出しても評価されるのは家」などのイメージがあったからです。
一方で、特にやりたいことが見つからなかったこともあり、学業卒業後は家業の関連会社や顧客先エレベーターメーカーで修行を積みます。
修行期間は5年の予定でしたが、父親の体調が急変したため予定を切り上げ、3年で家業に戻ります。しかし数カ月後、父親は他界します。正孝さんが24歳のときでした。
ただ、業績は絶好調でした。当時、高さ日本一を誇った東京都庁舎などの新宿副都心エリアや横浜みなとみらい21地区などで、高層ビルが建築ラッシュだったからです。仕事は次から次に舞い込み、従業員は100人を超え、売上も8億円を超えていました。
しかし、正孝さんは愕然とします。好調を理由に、新たなチャレンジや業務見直しなどの機運がまったく感じられなかったからです。
社内の規則や評価も、いわゆる声の大きいメンバーが権限を持っていました。「このままではいつか事業はジリ貧になる」。そう思い、3代目、4代目を務めた親戚と一緒に、改革を進めていきます。
まず、業務成果で従業員を評価しようと、人事評価制度を作成します。経験や勘に頼った作業ではなく、誰もが安定して高品質な製品を製作できるよう、作業動線の見直しや、標準作業手順書のような書面も作成。品質マネジメントシステムの国際規格であるISO9001:2000も取得します。
外注に依頼していた業務もできるだけ内製化できるよう、高額なレーザー加工機ならびに、技術者なども採用し、現在のように設計から加工・板金といった生産の一貫体制の礎を築いていきます。取引先も当時は日立ビルシステムだけであったのを、東芝エレベータ、フジテック、日本オーチス・エレベータと開拓していきました。
このような改革の結果、正孝さんが恐れていたとおりすでにジリ貧、下降気味であった業績は、V字回復で盛り返していきます。ただ、それでも正孝さんは不安でした。
「コンサルタントにもお願いしましたし、導入したレーザー加工機は約3000万円(前述の写真)。お金も時間もかけて改革を行いましたが、いくら改革を行ったところで、この先国内においては、これまでのようにビルが次々と建設されていく時代ではないことも明白でした」
実際、顧客であるエレベーターメーカーは新たなマーケットを求め、海外に進出していました。同業者の多くがこうしたメーカーに追従する動きもありました。しかし、正孝さんは取引先がこれまでと変わらなければ、外的要因に左右される課題の抜本的な解決にはならないと考えました。
そこであえて、単身で中国に乗り込み、自分たちの技術や生産体制が現地で通じるのかどうかを、1年間かけてじっくりと自分の目で、リサーチしたのです。その上で改めて、現地法人を設立します。
正孝さんと中国人スタッフ2人きりでのスタートでしたが、日本の取引先に頼ることなく事業を進めていったこともあり、その後、同業他社が次々と撤退していく中、現在も事業を継続しています。ゼロから会社を立ち上げたことで、経営、組織づくりについても、大きな経験や学びを得る機会となりました。
中国での事業が軌道に乗ると、工場が烏山から八王子に移転するタイミングもあり、2013年に帰国し代表に就任します。先述した業務改革に加え、組織改革に取りかかります。
「そもそも私は、家業を継ぎたいと思っていませんでした。働きたいと思える職場や環境ではなかったからです。そしてこのような気持ちは従業員も同じだろうと。そこでまずは、自分も含め従業員が働きたいと思える、自分らしさを出しながら働くことのできる組織にしようと決めました」
正孝さんのイメージする働きたいと思える会社とは、人間関係を重視した組織でした。八王子に移転したころには古くから働く従業員がいた一方で、若い人材も多く入社していました。そのため、「仕事=我慢・お金」ではなく、現代の価値観にフィットした組織にしたいとの想いもあったといいます。
「エンゲージメントの高い組織とも言えます。そして以降、私が取り組んでいく施策はすべて、エンゲージメントの醸成を目的としています」
まずはこのような想いを、従業員を前にして吐露しました。同時に気持ちを見える化するために、ミッション、ビジョン、スローガン、バリューなどを明確に作成し、従業員に伝えるなどして共有していきます。
続いて、従業員同士のコミュニケーションを高めようと、地元の専門学校に通う未来のエステティシャンを招いてのエステやマッサージの施術、メイクアップ講座、同じく専門家を招いてのヨガ講座などさまざまなイベントを開きました。
地元の農家や管理栄養士とコラボレーションし、冬の寒い時期にスープを作ってもらい振る舞ったり。逆に、夏の暑い日にアイス配布をしたりもしました。
「一見するとただの遊びのように思えるかもしれません。でもこのようなイベントを体験すると、その人の素が出るんです。その素の状態でコミュニケーションを重ねることで、より関係性は深まっていきますし、業務でのパフォーマンスにもつながると考えています」
地域と積極的に交流することで、社会における会社の存在意義も高まると正孝さんは言います。
従業員同士の飲み会を積極的に行ってほしいとの思いから、会社が費用を負担する「タダ飲み会」制度も導入します。ルールはひとつだけ、飲み会に参加したメンバーが楽しくしている様子を撮影し、ホームページにアップすること。サイトにアップすることで、さらなるコミュニケーションが広まる狙いもありました。
社内にも交流が生まれる場を設けました。会社のマスコットキャラクターの名前をもとにした「ボタンちゃんカフェ」と呼ばれるカフェスペースや、広さ600㎡のフリースペースに、卓球台やビリヤード台、トレーニングマシンなどが置かれたプレイルーム「遊び場」です。
「遊び場には従業員はもちろん、家族を連れてきて休日に楽しんでいるメンバーもいます。中には同僚と朝から晩まで遊んでいるメンバーやピアノを持ち込んで弾いているメンバーもいます」
ただ注意すべきは、このような施策をいきなり行ったところで、従業員は驚くだけで終わってしまうと正孝さんは言います。だからこそ最初に、自分はどのような会社にしたいのか、ビジョンや価値観を明確に伝えることが重要だと強調します。
そうしてある程度理解が浸透したところで、先述したようなイベントや施策を実施することで、正孝さんが思い描く理想の職場や働き方を、まさに体験してもらうのです。「様子を見ながら少しずつ重ねていくことが大切です」と正孝さんは言います。
また、全員が正孝さんの望む企業風土を好むわけではないこと。特に、古参のメンバーの中には、変化に積極的ではない者への配慮から、「誰もが好むことをできる限りやる」「オープンにする」といった感覚も意識しています。
ネガティブなメンバーに対しても、反対する要素がない施策であれば、まずは受け入れてくれるとのロジックです。実際、これまで行ってきた施策に反対した従業員はほとんどなし。もちろん施策以前、従業員とのコミュニケーションを深めたくないなど、価値観が合わない従業員は去っていくケースはあったそうです。
「価値観が合わない者同士が一緒に働いていても、お互いが不幸になるだけですから、そこはトップが決意を持って、改革を進める必要があると考えています」
一方で、残ったメンバーにはできるだけ価値観を共有してもらいとの思いから、会社の歴史や強み、先のビジョンやミッションが掲載された「島田ブック」なる冊子も作成しました。そしてこの島田ブックの内容をしっかりと理解しているかどうか、年に一度、テストを行っています。
テストの結果は業績評価に反映されます。そのため従業員が必死に勉強するようになり、従業員同士で勉強会を行うなど、さらなるコミュニケーションの醸成につながっていると、正孝さんは考えています。
今度は新たな手を打っています。外部への発信です。これまで紹介してきた取り組みを、YouTube、InstagramといったSNSを活用し、アピールしていったのです。
同時に、興味を持った人が会社に来られるよう、島田電機製作所が製作したエレベーターのボタンを約1000個収めた「1000のボタン」を製作します。するとこの壁がフックになり、テレビのバラエティ番組などで取り上げるようになります。今ではテレビに限らず各種メディアに頻繁に登場するようになりました。その結果、従業員のエンゲージメントはさらに高まっています。
新卒採用も2018年からスタートしました。目論見どおり、価値観に共感した若者が次々と入社しており、新卒の定着率は100%を誇ります。
コロナ禍となり売上こそ下がりましたが、組織改革の手は緩めません。2020年には2階フロアを前面リニューアル。壁などを取り払い、よりオープンでフラットなコミュニケーションが醸成するような仕掛けを施します。
壁にはいつでもアイデアを出せるボードが貼られ、全従業員の意見が共有できる工夫も見られます。カフェスペースであった場所にはアルコールを置き、「こんなときだからこそ社内でお酒も飲めるようにした」と正孝さんは言います。
壁もリニューアル、イメージキャラクターのボタンちゃんなどのイラストが描かれた、斬新なデザインに刷新されました(前述の写真)。
「私は5代目ですが、老舗企業の看板を守るとの気持ちはありません。これまでの常識や固定観念に捉われることなく、常に変化と挑戦を繰り返すことが、結果として企業の成長や継続につながると考えているからです」
アイデアの源泉については、特に参考にしている経営者などはいないそうですが、あらゆる事象に対してアンテナを張っていて、良きアイデアを採用しているとのこと。ただ、必ず自社に合ったかたちでアレンジしています。
これまでは正孝さんが積極的にアイデアを出してきていました。しかしこれからは、価値観を共有するメンバーがボトムアップで会社を引っ張っていくフェーズであり、実際、そのような流れが生まれつつあるそうです。
コロナ禍前には過去最高益の12.4億円を達成しました。バトンを受け継いだときの売上が6.9億円ですから、約1.8倍の成果です。ただ「売上は特に気にしていないし、今後も掲げる指標ではない」と言います。
エンゲージメントの高い組織づくりこそ、目指すべき目標だからです。このような考えのため、これまではエレベーター表示器の専門メーカーでしたが、事業についてもこだわる必要はないのでは、とも考えるようになったそうです。
「実際、新規事業を企画するチームを結成しています。ただ目指すべきところはどこまでいっても変わらず、自分も従業員も働きたいと思える組織にすることです」
社内には心地良い音楽が絶えず流れていて、どこを見渡してもおしゃれで清潔。行き交う従業員全員が笑顔で「こんにちは!」とあいさつしてくれました。そして入社1年目の企画担当者から「しゃちょー!」と大声で呼ばれると、小走りで駆け寄ってくる正孝さん。働きたいと思える、エンゲージメントの高い組織を肌身で感じた取材でした。
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