米農家の未来を広げた異業種の知恵 2代目はおしゃれな店を山奥に
三重県伊賀市で代々続く米農家が2007年、農業法人「阿山農産」を立ち上げました。2代目の川瀬綾さん(43)が帰郷してから、6次産業化に着手。東京の雑貨店で働いた経験を生かして、おしゃれなアンテナショップを開き、凝ったパッケージデザインも展開するなど、トータルブランディングを組み立て、売り上げ倍増に貢献しました。
三重県伊賀市で代々続く米農家が2007年、農業法人「阿山農産」を立ち上げました。2代目の川瀬綾さん(43)が帰郷してから、6次産業化に着手。東京の雑貨店で働いた経験を生かして、おしゃれなアンテナショップを開き、凝ったパッケージデザインも展開するなど、トータルブランディングを組み立て、売り上げ倍増に貢献しました。
目次
阿山農産は伊賀市の鞆田地区(旧阿山町)にあります。地下水に恵まれ、朝晩の冷え込みが厳しく、米に程良いストレスがかかり、甘みを蓄えた米が育つ地域です。
川瀬さんの父・秀隆さんは、建設会社を営みながら、代々この地で米を作ってきました。しかし、若い担い手が減り、地域の耕作放棄地は増加の一途でした。
秀隆さんは「土地と経験をつなげるため、『家の手伝い』ではなく『専業』で成り立つ農業にする必要がある」と考え、07年に立ち上げたのが阿山農産です。現在は従業員7人が在籍し、21ヘクタールもの田んぼで米を作っています。
主力商品は、伊賀米コシヒカリ特別栽培米(15年から「鞆田のつづみ」として出荷)。減農薬27%以下で、化学肥料を一切使わず、農林水産省のガイドラインよりも厳しい条件で栽培。第三者機関のチェックで、250品目の残留農薬検査を毎年受けています。
稲の栽培間隔を広く取った「疎植栽培」で風通しを良くし、栄養のばらつきが少ない、高品質な米づくりをしています。
伊賀牛に良質な飼料米を提供し、堆肥を自社の水田に活用。持続可能な開発目標(SDGs)を意識した循環型農業にも取り組みます。
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川瀬さんは11年ごろから、阿山農産で働き始めました。「もっぱら雑用係です」と笑いますが、18年にアンテナショップを立ち上げるなど、同社の「6次産業化」の立役者です。
米の生産に加え、加工、直売、イベント開催、直営店やネットショップの運営、米の年間契約サービスなど、10年間で様々な手を打ちました。
3姉妹の次女だった川瀬さんは「子供の頃から外に出たい気持ちが強かった」。地元の商業高校を卒業後、愛知県内の短大に進み、栄養学を学びました。
卒業後、伊賀に戻って事務職に就くものの、このまま地元で年を重ねることに疑問を感じ、3年ほどで退職。好きな雑貨関係の仕事をしようと、何のあてもないまま、まずは大阪、その後、東京に向かいました。「住んでしまえば仕事も何とかなるだろうと。今思えば若かったですね」
24歳の時、生活雑貨を扱う会社にアルバイトで入って社員に昇格。数年後にはマネジャーとして、全国の店舗を飛び回り、数字を見て経営改善する仕事をしていました。
充実しながらも、28歳くらいの時、多忙で体がつらくなってヨガに通うようになりました。「心身のバランスを整える大切さに触れ、このままの暮らし方でいいのかなと頭に浮かびました」
そんなとき、長女が結婚して嫁ぎ、次女の自分が後継ぎ候補になりました。
秀隆さんからは建設会社と阿山農産の事務員として戻ってくるようにも言われました。
とはいえ、都会での働き方に疑問を感じつつも、すぐに伊賀に戻る決意がつかず、30歳からはヨガを続けながら、名古屋市で派遣社員として働きました。
「食にまつわる農業分野なら、ヨガの経験が生かせるかも」と思い、伊賀に戻ることを少しずつ考えはじめます。
そして、11年の東日本大震災を機に、32歳で伊賀に戻りました。「(被災で)故郷が一瞬で無くなる姿を見て、帰れる場所があるというありがたさを痛感しました。外に出たからこそ、自分の田舎を、あの風景を無くしたくないと気づきました」
川瀬さんは「伊賀にもどって1年間は帳簿とにらめっこしていました」と言います。
商業高校で取った簿記の資格や、東京で培った店舗マネジャーの経験から、数字を把握して課題を見つけ、改善目標を立てようと考えたのです。
法人化で若い担い手も増え、伊賀米の安定生産の見通しは立ちましたが、1次産業だけでは利益が頭打ちでした。川瀬さんは「利益をもっと増やすために何ができるか」を考えるようになります。
そんな時、知人から地元のフードマーケットへの出店を勧められました。「売るものがない」と言うと、「お米があるじゃない」と返され、ハッとしました。
半信半疑のまま米を携えて、マーケットに出店。消費者に直接、安全安心な米を販売する手応えをつかみました。リピーターが増え、「おいしかった」という声を聞く喜びを感じます。
出店者同士の縁も深まり、地元の和菓子店や飲食店で、阿山農産の米や米粉を使ったコラボ商品が生まれました。米粉マイスターの資格も取得し、さらなる商品開発もはじめました。
出店と並行し、川瀬さんは農業の6次産業化に取り組みます。
「事務仕事をしながら周囲の生産者さんの声を聞くと、生産者は米づくりで手いっぱいなんです。農協への出荷がほとんどで、販路拡大や商品開発まで手が回っていませんでした。誰かがその部分を担えば、農業の可能性が広げられると思いました」
川瀬さんが東京や名古屋で働いていたとき、雑貨店でもこだわりの食材などを扱うライフスタイルショップが全盛でした。
「意識の高い方が増え、ホームページやリーフレットでの情報発信や、消費者と生産者がつながる場が必要と感じました」
阿山農産の田んぼが見える場所に、アンテナショップを建てることが、川瀬さんの目標になりました。
川瀬さんは、県の6次産業化支援セミナーなどで勉強しました。秀隆さんも6次産業化には賛成でしたが、設計士への依頼など、川瀬さんがこだわったトータルブランディングへの理解を得るのが大変で、「どうしてそこに費用をかけなければいけないのか」とも聞かれました。
事業計画書の作成にも着手し、日本政策金融公庫の無利子の資金「農業改良資金」を利用することで、資金繰りのめどを立てました。
商品パッケージやホームページのデザインなどの費用は、県の補助金制度も利用しました。「数字を見せて、最後は父に納得してもらいました」
18年秋、阿山農産のアンテナショップがオープンしました。
川瀬さんは、商品、店舗、パッケージのイメージがちぐはぐにならないよう、地元の設計事務所「やまほん設計室」にトータルブランディングを依頼しました。
代表の山本忠臣さんは建築家であり、ギャラリーやカフェの経営、本の執筆など幅広く活動しています。川瀬さんも「いつか仕事をお願いしたい」と思っていました。
山本さんには、アンテナショップの設計、包装紙、ホームページ、農業体験などトータルにプロデュースしてもらいました。「阿山農産のロケーションを見てもらい、米づくりへの思いを伝え、提案していただきました」
小高い丘から段々に連なる田園風景が望めるよう、アンテナショップは開口部が広くとられ、白を基調とした店内に、季節によって変化する景色に合わせた色を添えます。
「都市で生活している人に、この風景と安全でおいしいお米を届ける場所」を目指し、シンプルで洗練されたデザインでありながら、凹凸を付けた焼き杉の外壁など、自然素材が田園風景のなかに調和する店ができました。
包装紙やアンテナショップののれんは、山本さんの発案で、著名な美術家の望月通陽さんにデザインしてもらいました。
アンテナショップは、地元の人でも迷う山間地にあります。「こんな山奥まで誰が来るんや」という声も耳に入りました。
でも、川瀬さんには「生産地が見える場所でなければ意味が無い」と、ホームページやリーフレットで、米づくりのこだわりや思いを発信しています。
店の奥には加工場も備え、弁当や菓子などの製造も手がけています。店頭には「鞆田のつづみ」に加え、お試し用の2合パック、県産品と組み合わせたギフトセット、菓子料理用の米粉、羽二重もち米なども並びます。
稲刈りや田植えなどの体験イベントも開き、消費者とのつながりも深めました。
18年からは「お米の定期購入」、いわゆるサブスクリプションサービスも始めました。価格や契約期間は様々ですが、毎月2538円(送料別)から、「鞆田のつづみ」の白米(5キロ)を購入できます。
サブスクは経営面のメリットもあります。「作付け時に前もって生産量を把握できるため、生産ロスが減ります」
現在の契約は年30件程度ですが、コロナ禍でステイホームが広がると、例年の倍近い注文がありました。
阿山農産設立から14年。法人化以前は、農協への出荷がほとんどだった米は、9割が直売(店舗販売、ネットショップを含む)になりました。
全体の売り上げは2倍になり、6次産業化に取り組んでからの5年間の売上高は、増加率130%を達成しました。
川瀬さんは感謝を口にします。「都会から帰ってきた娘が好き勝手にできたのは、父が地域で信頼関係を築いてくれたからです。コロナ禍の前は県外客が来訪し、今は地元の方にもたくさん利用していただいています」
栄養学、雑貨店勤務、ヨガ・・・。川瀬さんのキャリアが、不思議と家業につながり、経営にも生きています。
「まだまだ『もうかる農業』とはいきませんが、小規模でも農業経営が成り立つモデルケースになれるよう、日々勉強です。若い人がやりがいのある仕事として、農業を選ぶ仕組みを作りたいです」
生産者とは異なる自分なりのやり方で、農業を成長させる方法を模索し続けます。
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