懲戒処分とは 処分のレベル・種類・実施の流れをわかりやすく解説
懲戒処分とは、従業員の懲戒事由に対して制裁としておこなう不利益な取り扱いのことをいいます。懲戒処分は有効性が裁判で争われることも多く、適正におこなうためには就業規則が重要になります。そこで、特定社会保険労務士が、懲戒処分の種類や処分の手順などについてわかりやすく解説します。
懲戒処分とは、従業員の懲戒事由に対して制裁としておこなう不利益な取り扱いのことをいいます。懲戒処分は有効性が裁判で争われることも多く、適正におこなうためには就業規則が重要になります。そこで、特定社会保険労務士が、懲戒処分の種類や処分の手順などについてわかりやすく解説します。
目次
懲戒処分とは、服務規律や業務命令に違反するなど企業秩序を乱した従業員に対して、制裁としておこなう不利益な取り扱いのことをいいます。
懲戒処分に関する定めは労働契約法15条と労働基準法第89条第9項にあります。
(懲戒)
引用:労働契約法 第15条丨e-Gov法令検索
第十五条 使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。
(作成及び届出の義務)
引用:労働基準法 第89条第9項丨e-Gov法令検索
第八十九条 常時十人以上の労働者を使用する使用者は、次に掲げる事項について就業規則を作成し、行政官庁に届け出なければならない。次に掲げる事項を変更した場合においても、同様とする。
(略)
九 表彰及び制裁の定めをする場合においては、その種類及び程度に関する事項
これらの法律から、懲戒処分が有効と判断されるための要件が次の3点に整理できます。
懲戒処分はこれらの要件を念頭におこないます。懲戒処分の手順については「企業が懲戒処分を実施する流れ」で後述します。
懲戒処分と似た言葉に「懲戒免職」があります。これは公務員に科される懲戒処分のうち最も重いもので、辞職させることをいいます。企業でいうところの「懲戒解雇」にあたります。
懲戒処分は、処分対象となる行為が懲戒事由に該当しているか、処分の程度(レベル)は行為に対して相当であるかを判断して処分内容を決定します。
懲戒処分の種類は、処分のレベルを段階的に設定するのが一般的です。労務行政研究所が2023年におこなった「懲戒制度に関する実態調査」によると、懲戒処分を以下の6段階で設定している企業が最も多く、全体の41.8%となっています(参照:企業における懲戒制度の最新実態 p.4、5|労務行政研究所)。
この記事では、上記の6種類に戒告(かいこく)を加えた七つの内容を、程度の軽い順に解説します。
戒告は、戒めるために口頭もしくは文書で注意することをいいます。ほぼ同義に訓告(くんこく)もあり、懲戒処分の段階としては次の譴責(けんせき)と並んで最も軽いものになります。
譴責は、始末書などの提出を命じて戒めることをいいます。「けん責」と表記されることも多いです。
処分の重さとしては戒告と同程度であり、対象の従業員に対して直接的に不利益な取り扱いをするものではありません。ただし人事評価などで考慮され、結果的に賞与や昇給に影響することもあります。
減給は、賃金を減額することをいいます。ただし、減給の程度については労働基準法第91条にて限度が定められています。
(制裁規定の制限)
引用:労働基準法 第91条丨e-Gov法令検索
第九十一条 就業規則で、労働者に対して減給の制裁を定める場合においては、その減給は、一回の額が平均賃金の一日分の半額を超え、総額が一賃金支払期における賃金の総額の十分の一を超えてはならない。
条文中にでてくる平均賃金は、減給対象の行為をした日以前3カ月間の賃金と歴日数の合計から算出します(参照:平均賃金について【賃金室】|厚生労働省神奈川労働局)。
例えば、次のように賃金が支払われた従業員が1月に減給対象の行為をした場合、1日分の平均賃金は約8,696円(80万円 ÷ 92日 ≒ 8,696円)になります。
支払月 | 賃金 | 暦日数 |
---|---|---|
10月 | 26万円 | 31日 |
11月 | 26万円 | 30日 |
12月 | 28万円 | 31日 |
合計 | 80万円 | 92日 |
1月の賃金が26万円とすると、この従業員の減給の限度額は次のとおりです。
限度額 | 限度額の計算式・考え方 |
---|---|
1回につき4,348円以下 | 1日分の平均賃金8,696円 ÷ 2 = 4,348円 |
1カ月につき26,000円以下 | 1月の賃金の総額26万円 |
もし減給に該当する行為を本従業員が6回おこない、計算上は4,348円 × 6回 = 26,088円と算出されたとしても、1月の賃金の総額である26,000円までしか減給できません。
出勤停止・自宅謹慎は、対象従業員の就労を禁止することをいいます。出勤停止中は労務の提供がないため賃金の支払がなくても問題ありません。
「自宅待機」と混同されることもありますが、自宅待機は懲戒処分とは異なり業務命令としておこなうものになります。自宅待機は会社都合によるものなので、待機中の賃金支払は必要となります。
出勤停止・自宅謹慎 | 自宅待機 | |
---|---|---|
取り扱い | 懲戒処分 | 業務命令 |
賃金の支払 | 必要なし | 原則必要あり |
根拠条文 | 労働契約法第15条 | 労働基準法第26条 民法第536条第1項 |
降格は、役職・職位を引き下げる処分のことをいいます。降格により賃金が減ったとしても減給とは異なるので、降格による賃金減少の程度に限度は定められていません。
また、懲戒処分による降格と、企業が持つ「人事権行使による降格」は意味が全く異なります。
懲戒処分による降格 | 人事権行使による降格 | |
---|---|---|
意味 | 懲戒事由に該当する行為に対しての制裁 | 役職や職位に対して職務能力が不適任となった場合の措置 |
根拠条文 | 労働契約法第15条 | 労働契約法第3条第4項 |
人事権行使による降格は、原則として企業が自由な判断でおこなえますが、2段階以上の降格や従業員を退職させるための降格などは違法とされています。
諭旨解雇(ゆしかいこ)とは、会社が従業員に退職願などの提出を勧告し、退職を求める処分のことです。諭旨退職ともいいます。
多くの場合、諭旨解雇の際の退職金については全額支給もしくは一部減額と定めています。「懲戒制度に関する実態調査」によると「諭旨解雇の場合は退職金を全額支給する」が30.5%と最も多い結果となりました(参照:企業における懲戒制度の最新実態 p.4|労務行政研究所)。
懲戒解雇は、最も重い懲戒処分で企業が従業員の雇用契約を解約することをいいます。通常、企業が従業員を解雇しようとするときは労働基準法第20条にもとづき、30日前までに予告するか「解雇予告手当」を支給する必要がありますが、懲戒解雇ではこれらが適用されません。
懲戒解雇と区別して普通解雇とも言われます。違いを以下の表にまとめました。
懲戒解雇 | 普通解雇 | |
---|---|---|
意味 | 懲戒処分としての解雇 | 正当な理由があって雇用契約を解約すること |
解雇予告手当 | 必要なし | 30日前までに予告しない場合は必要 |
根拠条文 | 労働契約法第15条 | 労働契約法第16条 労働基準法第20条 |
また、退職金を全額不支給とすることも多く、「懲戒制度に関する実態調査」によると「懲戒解雇の場合は退職金を全く支給しない」が63.2%になっています(参照:企業における懲戒制度の最新実態 p.4|労務行政研究所)。
過去の裁判例から対象行為と懲戒処分の種類を3件解説します。いずれも懲戒処分について起訴され、その有効性が裁判で争われたものになります。
処分の種類 | 出勤停止・自宅謹慎 |
---|---|
概要 | 言葉による継続的なセクハラ |
対象行為 | 管理職2名が女性従業員らに対して、自身の不倫相手との性生活や性的な冗談、下ネタを話すといった言葉によるセクハラを1年余り続けていた |
処分内容 | それぞれ30日間と10日間の出勤停止が有効とされた |
参照 | 懲戒処分無効確認等請求事件|最高裁判所 |
処分の種類 | 減給 |
---|---|
概要 | 始業時間から約1時間の争議行為に参加した |
対象行為 | 始業時間から約1時間の一斉職務放棄(ストライキ)などの争議行為に参加した |
処分内容 | 通常の賃金から1/10の減給が有効とされた |
参照 | 懲戒処分取消請求事件|最高裁判所 |
処分の種類 | 懲戒解雇 |
---|---|
概要 | 2度の逮捕歴があった従業員が再度逮捕拘留された |
対象行為 | 過去に電車内の痴漢容疑で2度の逮捕歴があった電鉄会社の従業員が再度、痴漢容疑で逮捕勾留された。企業担当者が留置所内で面会を3回行い、3回目で自認書に署名押印を得た。 退職金は社内規定により退職金を全額不支給とした |
処分内容 | 懲戒処分は有効とされた 退職金は全額不支給は認められず3割支給を命じた |
参照 | 小田急電鉄退職金請求|最高裁判所 |
企業が懲戒処分をおこなううえで気になるのは、懲戒処分を不当だとして裁判などトラブルに発展しないかという点ではないでしょうか。
懲戒処分は適正な手続でおこなうことが有効性の要件となっています。本章では、適正に懲戒処分をおこなうための6ステップを一例として紹介します。
懲戒処分に関する事項は、就業規則の相対的必要記載事項に当たります。定めをする場合には、必ず就業規則に記載して従業員へ周知しなければなりません。
就業規則に無い行為や処分を懲戒事由・懲戒処分とすることはできません。また、処分の相当性も重要ですが、懲戒処分の手続きについても規則通りに進めることが懲戒処分を有効にするための要件となります。
懲戒処分を検討する前に必ず対象となる行為について文書で記録します。対象行為(非違行為ともいいます)の内容や日時をできるだけ詳細に記録しておきましょう。
法の定めはありませんが、従業員の弁明を聴く機会は設けたほうがよいでしょう。懲戒処分が不当だと訴えられた場合、弁明の機会を与えなかったことで不当な処分だったと判断された裁判例も多くあります。
懲戒委員会(懲罰委員会や賞罰委員会とされることもあります)を設けている場合は委員会で懲戒処分について付議します。委員会を諮問機関とする場合は、対象従業員を呼んで弁明の機会の場とすることもあります。
従業員の弁明や対象行為の記録・証拠をもとに懲戒処分を決定します。なお、行為に対して処分が行き過ぎたものであると裁判になった際には、企業側がおこなった懲戒処分が無効と裁判所に判断されることもあります。
懲戒処分は口頭のみで申し渡すのではなく、文書で通知します。特定の様式はありませんが、「2.対象行為について記録する・証拠を集める」をもとに下記事項を記載します。
ここでは、懲戒処分に関して企業が悩まれる疑問を解説します。
懲戒処分の決定前に出勤停止を命じることはできません。その後の懲戒処分と出勤停止とで二重処罰に該当するためです。同一の事由に対して2回以上懲戒処分を科すこと(二重処罰)は禁止されています。
懲戒処分を決定する前に就労を禁止させたい場合は、賃金の支払が必要になりますが自宅待機命令を出すようにしましょう。
氏名など個人を特定できる情報を公表することはできません。個人が特定できる内容を社内といえど公表すると、対象者の名誉毀損(きそん)になるおそれがあります。過去の裁判例では懲戒処分は有効であるが、公表行為が不法行為に該当するとして企業に損害賠償の支払を命じたケースもあります。
企業秩序維持や抑制として公表したい場合には、特定されない程度の記載にとどめた対象行為と懲戒処分の種類のみとし、公表期間にも配慮した方がよいでしょう。
出勤停止中であることのみを理由として賞与を不支給とすることはできません。ただし、出勤停止期間を賞与算定期間や勤続年数に含めないことは問題ありません。
従業員側は、懲戒処分を受けるとその後の転職にも影響する可能性があります。
転職先が懲戒処分について知る機会に、入社面接の際の質問があります。懲戒処分を受けた人は、入社面接の際に退職理由について質問された際には真実を告知する義務があります。尋ねられた場合には誠実に回答しましょう。
懲戒処分の手続・事由・処分の種類はすべて就業規則が基礎となります。そのため、就業規則の整備をしておくことがとても重要です。
懲戒処分の有効性については裁判で争われることも多く、以下の3点を要件として判断されます。
これらについてはいずれも就業規則に記載しておき、従業員へ周知しておく必要があります。就業規則に記載がない事由や処分は実施できません。また、手続きも就業規則の記載に則っておこなう必要があります。
問題となる行為が起きる前に、就業規則をよく確認しておくようにしましょう。
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