「トイレ社長」が変える3K産業 トイレが主役のブランディングで採用力向上
建設業は労働集約型ビジネスと呼ばれ、人材を確保できるかどうかが企業の存続に大きく影響します。しかし、近年では、高齢化によって担い手が減少しており、さらに『3K(きつい 汚い 危険)』のイメージから、人材の定着も課題となっています。そんななか、埼玉県所沢市に本社を構える水道工事業「石和設備工業」代表の小澤大悟さんは、『トイレ』と『地域おこし』を切り口に自社のブランディングを行い、応募者獲得や人材の定着に成功しています。
建設業は労働集約型ビジネスと呼ばれ、人材を確保できるかどうかが企業の存続に大きく影響します。しかし、近年では、高齢化によって担い手が減少しており、さらに『3K(きつい 汚い 危険)』のイメージから、人材の定着も課題となっています。そんななか、埼玉県所沢市に本社を構える水道工事業「石和設備工業」代表の小澤大悟さんは、『トイレ』と『地域おこし』を切り口に自社のブランディングを行い、応募者獲得や人材の定着に成功しています。
目次
台所や風呂、給湯器、洗面所など水回りの設備工事を手がける石和設備工業は1969年に創業し、今年で56年になります。
水道工事を主な事業とし、一般家庭向けの工事や公共工事、サブコン(ゼネコン設備関連工事を請け負う企業)の一次請け(ゼネコンの2次下請け)として大規模設備の工事も請け負っています。
先代の頃から地域に根差した経営を行っていましたが、バブルの崩壊とともに売上は減少。小澤さんが事業を承継した2011年ころには、倒産寸前にまで追い込まれていました。
「継いだ時点で、あと2ヶ月で倒産するというところまで追い込まれていました。銀行からの借金に加えて消費者金融からも借入があり、手形の支払い期限も迫っていました」
小澤さんは、当時をそう振り返ります。
外的な環境の変化に対して、経営方針を抜本的に変える必要がありましたが、先代である小澤さんの父は昔ながらの職人といった経営スタイルでした。そのため、外的要因に対して慎重な対応が続き、経営状況の悪化に繋がりました。
↓ここから続き
倒産を回避するために、まずは借金返済の現金が必要。小澤さんは小さい仕事でも積極的にこなし、休みもほぼ取らず懸命に働き続けました。生活も決して余裕があるわけではなく、唯一の娯楽は月に1度、家族で格安のファミリーレストランに足を運ぶことでした。
「休みがないことより、精神的な負担の方が大きかったです。当時は2人目の娘が生まれたばかりでしたので、先行きの不安を感じながらも、目前に迫る返済に向けて必死に働き続けました」
奮闘の甲斐もあり、借金返済の目途が見えてきましたが、石和設備工業の経営は苦しい状況が続いていました。
「ある時、『SMC税理士法人』の関根先生のセミナーに感銘を受けて、関根先生に顧問になって頂きたいとお願いしました。そこで初めて、売上ではなく利益を重視するということを学びました」
小澤さんは、関根さんの助言に従い、売上高よりも利益優先の経営戦略に切り替えることにしました。仕事は所沢の案件だけに集中し、粗利益の期待値で注力すべき顧客のセグメント分けをすることで、利益が残るように経営をシフトしました。
「『値切らない』『金額以外の点を評価してくれる』『リピートしてくれる』の3点でお客様のセグメントを分けています。『お客様に優劣をつけるのはよくない』という考え方もありますが、サービスの品質を高め、それを評価して下さるお客様にリソースを集中すべきだと考えています」
その結果、石和設備工業の業績は、年間売上1億円に対して粗利益率50~60%を確保できるほどに向上しました。
「売上も利益も大幅に改善しましたが、次の課題はそれらが限界に達してきたことでした」と小澤さんは語ります。
一般的に、建設業は労働集約型ビジネスとよばれ、製品やサービスの付加価値をつけることが難しいビジネスモデルでもあります。また、人手を確保することで売上を向上させることができますが、建設業は人材の採用や定着が困難な業界でもあります。
「技術のある人材を採用することは非常に難しくなっています。そこで、経験の浅い人材を採用して育成しようと試みましたが、そもそも建設業に対してモチベーションの高い人材が集まらなく、組織強化がなかなか進みませんでした」
状況を打開するために、小澤さんは新規事業として『トイレ』に注目し、トイレを主役にした自社のブランディングを考えました。
「トイレは水道屋の聖域と呼ばれていて、トイレについては水道工事店が自由にデザインすることができます。また、デザイン性の高いトイレについては、渋谷の『THE TOKYO TOILET』という前例があり、トイレを起点にしたブランディングの可能性を感じていました」
『THE TOKYO TOILET』とは、多様性を受け入れる社会の実現を目的に、東京都渋谷区内17カ所の公共トイレを新しく生まれ変わらせるプロジェクトです。それぞれのトイレは、世界で活躍する16人のクリエイターによって手掛けられ、デザイン性豊かなトイレが注目を浴びています。
「所沢にもTHE TOKYO TOILETのようなトイレを作って、地域の人たちに使っていただければ、所沢での自社ブランディングに繋がるはず。そう考え、自社の敷地内に、おしゃれで綺麗な公共トイレを作り始めました」
「公共トイレの設計にあたっては建築家の高橋真理奈さんに協力いただき、都内を中心に先進的なトイレを視察してまわるところから始めました。その中で、自分たちが作るべきトイレのコンセプトが固まってきました」
そしてできあがったトイレの名前は「インフラスタンド」。文字通り、地域住民にとって生活インフラの一部になるよう、トイレの中には無料で使えるオムツや生理用品を常備し、フリーwi-fiやサイクルステーションも設置しています。
「インフラスタンドを作った結果、思わぬ機会に恵まれるようになりました。所沢市から、インフラスタンドを使ったイベントを一緒にやらないかと打診を頂いたんです」
当初、インフラスタンドの事業計画の中で公衆トイレを利用したマルシェを11月に開催することが決まっていました。そんな中、インフラスタンドの建築中に市役所の担当者が視察に訪れ、TOKOROZAWA STREET PLACEと連携出来ないかと打診を受けました。
所沢市では、所沢駅周辺の都市開発グランドデザインを策定していました。そのなかで、官民が連携してパブリックスペースを活性化させるプラン(TOKOROZAWA STREET PLACE)があり、その一貫としてインフラスタンドとの連携案が上がりました。
「そこで、トイレを起点として、トイレが地域交流の場になるようなイベントを企画しました。イベントの名前は『KAWAYA市』として、所沢の飲食店や雑貨屋にも出店してもらい、インフラスタンドでマルシェが開かれるようにしました」
KAWAYA市は2023年11月時点で3回開催しており、3回目にはインフラスタンドを使ったプロジェクションマッピングを行い、建屋全体をショーアップするなかスティールパン奏者が演奏を行って幻想的な空間を演出するなど、トイレを超えた体験を提供しました。
「他にも、KAWAYA市を通じて『所沢まつり』会場の仮設トイレ運営を任されました。所沢まつりは所沢市内で最も大きな規模のお祭りで、20万人規模にも及びます。KAWAYA市を実施したことで、自治体からも弊社の取り組みを知って頂き、声をかけて頂くことができました」
「KAWAYA市も所沢まつりの仮設トイレの運営も、直接の利益を創出するものではありません。ですが、これらの活動が、人材の採用にポジティブに影響しました」
小澤さんはインフラスタンドやKAWAYA市、所沢まつりの様子をX(旧Twitter)やInstagramで発信し続けていました。その結果、Xから20代の求職者の問い合わせを受けるようになりました。
また、KAWAYA市で知り合った飲食店経営者の繋がりで30代の求職者から応募が来たりと、採用活動に一定の成果が起きてきました。
「ブランディングは人材の定着の面でも良い影響が出ていると思います。弊社の社員もインフラスタンドのような取り組みを面白いと言ってくれていますし、KAWAYA市のような、一般の方もお越しになるイベントを通じて、仕事に対するモチベーションが変わってきました」
小澤さんは、今後の目標についてこう語ります。
「水道工事の世界は3D(Dirty,Dangerous,Demanding)と呼ばれています。職業の選択肢が増えた現代で、何もしなければ若者は業界に興味を持ってもらえず、就職先の候補にもなれません。もちろん定着も難しいです。でも諦めるわけにはいかない、アイディアとそれを形にする為の行動があれば、水道の仕事も楽しいものに変えていくことができます。水道の仕事を逆3K「かっこいい」「稼げる」「けっこうモテる」な、ワクワクする仕事に変えていきたいです。それを伝えることで、所沢のインフラを守っていきたいと思っています」
(続きは会員登録で読めます)
ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。