目次

  1. 忍者の携帯食から生まれた菓子
  2. 台風被災の危機で継ぐ決意
  3. はじめての経験にワクワク
  4. 祖父を説得して設けた定休日
  5. 積極営業で販路を拡大
  6. 味のバリエーションを増やす
  7. 市民プロジェクトで生まれた新商品
  8. 売り上げが伸びて抱えたジレンマ

 森本芭蕉堂は伊賀市のJR伊賀上野駅のそばにあります。記録に残る創業年は明治30(1897)年ですが、初代・森本金造がそれより前から和菓子店を始めていたそうです。そして、加藤さんの祖父で3代目の昭三さんの時代に、「かたやき」を主軸とした今の経営形態になりました。

 かたやきは戦国時代に忍者が携帯した保存食をモチーフにした焼き菓子で、小麦粉に砂糖を混ぜた生地をかたく焼いて作ります。水分を飛ばしながら鉄板で焼き上げ、ケシの実やゴマ、あおのりなどをのせて仕上げています。店によって生地の配合や味が異なり、その素朴な味わいで土産物としてだけでなく、地元のファンも多い銘菓です。

「日本一かたいせんべえ」がキャッチコピーの「かたやき」。割るための木づちをセットした商品もあります

 森本芭蕉堂の看板商品は「アン入りかた焼」。1980年に昭三さんが考案したもので、この店の個性となっています。

 同店では昔ながらの製法を守り、鉄板の前に付きっ切りで一枚一枚手焼きしています。年間製造量は約15万枚。観光シーズンの需要が高く、春と秋は1日1千枚焼き上げる日もあるそうです。

 5代目の加藤さんは「焼きの工程は今でも難しいです。気温や湿度、火加減や時間、厚み、ちょっとしたことで焼き上がりが違ってきます。最初は売り物にできない『お徳用』ばかり作っていました」と照れくさそうに話します。30歳で家業に入り、10年の月日が経ちました。

鉄板の前に立ち、生地を押し固めて焼く加藤さん

 加藤さんにとって森本芭蕉堂は「母の実家で、祖父母の家」という認識でした。幼少期に少し住んでいた時期はありますが、家業という意識さえないまま、地元で就職。携帯電話の販売員として働いていました。祖父や両親からも「店を継いで欲しい」という話は全くありませんでした。しかし、人生は30歳で一変します。

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