「会社が潰れる」ジンクス、亀谷窯業9代目が破る 向き合った顧客とデータ
国内の有名ホテルだけでなく、海外でも使われているタイルや食器を作っているのが石州本来待瓦製造会社「亀谷窯業」(島根県浜田市)です。先々代からのこだわりを守りつつも9代目社長の亀谷典生さんが「瓦業者が他のものを作りだすと会社は潰れる」というジンクスを破れたのは、マーケットインの発想、他社が作らないアイテム開発、そして何より失敗したら原因を究明してデータを積み重ねていく姿勢でした。
国内の有名ホテルだけでなく、海外でも使われているタイルや食器を作っているのが石州本来待瓦製造会社「亀谷窯業」(島根県浜田市)です。先々代からのこだわりを守りつつも9代目社長の亀谷典生さんが「瓦業者が他のものを作りだすと会社は潰れる」というジンクスを破れたのは、マーケットインの発想、他社が作らないアイテム開発、そして何より失敗したら原因を究明してデータを積み重ねていく姿勢でした。
目次
「今までよく経営を存続できたものだと、愕然としました」と語るのは、亀谷窯業の社長を継いだばかりのころを振り返る、亀谷典生さん。
創業から200年以上経つ老舗瓦会社の9代目として、2006年に先代から事業承継。その際、財務諸表を見ながら思わずそうつぶやいたそうです。
高度成長期時代からバブル期にかけては新規住宅着工の軒数が多く、立派な瓦の家が多かったのです。それゆえ、瓦を大量生産して販売していれば、経営は順調でした。
しかし、長引く不況で新しい家の建築件数は減り、瓦を使う家の建築件数も減少。さらに、瓦は生産効率が悪いという事情が追い打ちをかけました。
一口に屋根瓦といっても、一軒の家にのし瓦、丸瓦、鬼瓦など13〜14種類もの瓦がのっています。でも瓦の種類によって使う枚数も違えば、色も違うのです。
「それぞれ生産調整をしながら作っていきますが、在庫を抱えることが多いので効率が悪くなってしまうのです。しかも、陶器の瓦よりも安くて軽量の金属瓦にどんどん押されているので、価格を下げざるをえません。一回価格を下げると、値段を上げるのは難しい。しかもうちの瓦は丈夫で100年もつから、サイクルコストが安いのです。どんどん負のスパイラルに陥っていきました」
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そう事業承継当時の苦しかった台所事情を打ち明けます。
亀谷窯業の先代も先々代も、来待(きまち)瓦という本瓦の製造に誇りを持っていました。島根県石見地方で生産される石州(せきしゅう)瓦を、来待石のみの釉薬を使い通常よりも高い温度で焼きます。だから塩害や凍害に強い、非常に堅牢な瓦が出来上がります。
「来待の釉薬で石州瓦を作っているのはもう弊社だけ。『来待瓦を作れないのなら、瓦屋はやめる』と先々代は公言していました。私も後継者として彼の意思を尊重したい。でも、それだけで食べていけるほど、業界は甘くないし、時代にも合わない。だとしたら新しい分野に挑戦していかねばと決心しました」
そんななか、従来型の瓦の大量生産をやめ、屋根瓦以外のプロダクトも作れないものかと亀谷さんは考えたのです。
多くの人は瓦そのものの存在を知っていても、どんな材質ででき、どんな形で、どんな色で作られているのかまで詳しく承知している人は多くありません。
「でも食器や壁タイルのように普段使いのアイテムであれば触ることが多く、より瓦の良さをわかってもらいやすい。また、屋根瓦よりも早いサイクルで購入してもらえます。将来的に屋根瓦を買ってもらうためにも、“屋根の上ではなく、屋根の下のプロダクト”を多くの人に使ってもらおうと模索しました」
それが食器や鍋、壁タイルなどの雑貨類です。まずはレストランやホテルといったBtoBの顧客を開拓しました。大衆居酒屋ではなく、オーナーこだわりの店舗では独自性やストーリーがある器を求める傾向が強いので、来待瓦で作られたアイテムはうってつけです。
「強いオリジナリティを求めるオーナーは、近隣のお店で似たような食器が使われているのを嫌がります。だからうちが先に納品した店と同じ商圏の店には、器を販売しません。必ず遠く離れた店に営業するようにしています。それなら“器かぶり”を防ぐことができます」
しかも、最初は店のフロントで営業していましたが、そのうち調理場にも入って、そこで次の購入につながる注文を取るようになりました。
「シェフは、独自性やストーリー性、見た目の美しさはもちろんのこと、何よりも使い勝手を重視します。この器のここが使いづらかったとシェフから意見をもらったら『改良します。改良したら買ってくれますか?』とその場で伺います。そうすると『じゃあ、買いますよ』となるのです。我々製造者側がいいと思うものを作る“プロダクトアウト”だけでは商売になりません、顧客の『こういうものが欲しい』という“マーケットイン”の考えもきちんとミックスすれば、ビジネスとして成り立ちやすいのです」
さらに取引先から離れた店舗を訪ね、そこでさらなる注文を取り付けると営業効率が良くなります。
例えば別の店から「この食器は重ねて使えるといいね」と意見があれば、「改良します。重ねて使えれば、何個買ってくれますか?」と伺い、注文を取ります。
この改良版は、ゼロベースから作るわけではないので生産も効率的で、価格も抑えやすいので、顧客にも喜ばれるというわけです。また壊れたら、その都度修理も受け付けます。
亀谷社長自らのトップダウン営業なので、意思決定が早いのもメリットです。このように他社、特に大手ではやらないようなビジネスモデルを展開していきました。
ラグジュアリーホテル「ザ・リッツカールトンホテル東京」内の日本料理店に大量の壁タイルを納入したことで、一気に知名度が上昇しました。以来口コミで顧客が増えました。星野リゾートの界ブランドのホテルからカニ鍋の注文が入るなど、月々安定した収益を見込めるようになりました。
「星野リゾートの『玉造 界』さんは、先方から注文をいただきました。石川県の『加賀 界』のカニ鍋よりもっといい鍋を瓦で作ってもらえないかとオーダーされたのです。最初のプレゼンでは『これ以上ない!』というくらい200%の力を振り絞ってご提案し、採用されました。この最初の印象や信頼関係が大事で、また何かあれば亀谷窯業に頼もうとなるわけです」
タイルや器はオーストラリアやデンマークなどにも輸出されて高い評価を受けています。今ではタイル40%、器類30%、屋根瓦30%の売り上げ比率となり、利益率も改善されたとのこと。それでもまだまだ改善すべき点は多いし、常に時代の風を読み取る工夫をしないといけないと言います。
「一時期タジン鍋や無水鍋がものすごく流行ったけれど、一気に売れる流行りものは廃れるのも早いです。なぜなら、競合他社が必ず類似商品を廉価で販売して、最後は価格競争になってしまうからです。だから、うちは他社が作らないアイテムを安定的に供給する、そのビジネススタイルを貫こうと思っています」
実は亀谷さんは先代の後を継ぐまで製薬会社のMR(医薬情報担当者)でした。右も左もわからない異業種の瓦業界に飛び込み、最初は苦労の連続。
しかもタイルや食器を展開したいと決意した時、先代、妻、従業員から大反対されました。同業者からは「どうせ失敗するに決まっている」と冷笑されたそうです。なぜならば、瓦業者が他のものを作りだすと会社は潰れるというジンクスがあったからです。
「だから会社の就業時間後に深夜まで毎日勉強したんです。自分でタイルを作り、失敗したらなぜ失敗したのかをすべて原因究明して、成功例はすべてデータベース化しました。一般的に伝統工芸の職人というのは、自らの経験と勘に頼る傾向があります。そうではなく、ちゃんとデータを取って、よりよいものを安定的に作っていくべきだと職人たちに周知しました。まずは自分自身でその態度を見せて、職人たちのマインドセットを行ったのです」
瓦は工業製品であり、作家の作品ではありません。だから再現性を高めるためにデータ中心でモノを作ることを徹底させました。
「小さな失敗を重ねていくことが大きな成功につながるんです」と亀谷さんは締めくくりました。
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