カーボンニュートラル実現に向けて コマツが電動化建機に込めた思い
(最終更新:)
カーボンニュートラルへの取り組みが世界中で加速する中、排気ガスを出さず、周辺環境にも優しい電動化建機のニーズが高まっています。2021年に創業100周年を迎え、油圧ショベルやブルドーザーなどの建設機械事業で国内トップシェアを誇る建設・鉱山機械メーカーのコマツ(株式会社小松制作所、以下、コマツ)は、2008年に世界初のハイブリッド油圧ショベルを発売するなど、カーボンニュートラルへの取り組みを牽引してきました。建機の電動化にも積極的に取り組んでいるコマツの中でも、先陣を切って導入が進められている電動ミニショベルについて、開発とマーケティングに関わった4名に、市場導入に至るまでの経緯や電動化建機に対する思い、実際に導入している現場の声を聴きました。
建機も例外でない「脱炭素」の潮流
――カーボンニュートラルや脱炭素社会といった考えは、ここ数年で急速に浸透してきたように思います。電動化建機の設計を担当している山本さんと和嶋さんは、コマツに入社される前、こうした環境課題に対してどんなイメージをお持ちでしたか?また、実際にコマツに入社し、設計業務に関わる中で、当初抱いていたイメージに変化はありましたか?
山本 入社前の学生時代、カーボンニュートラルといった話題は世間ではあまり出ていませんでしたが、2008年にコマツが世界初のハイブリッド油圧ショベル「PC200-8E0」を発売したというニュースは耳にしていました。世界初はすごいなと思い、そういった機械を開発することに憧れを持っていました。入社してからはバッテリーフォークリフトの開発を担当していたのですが、2020年にコマツとしてミニショベル電動化の先陣を切った「PC30E-5」を導入した頃から、自分も開発者としてカーボンニュートラルに取り組む新しい機械の開発に携わりたいと思うようになりました。
和嶋 私も就職活動の説明会で、コマツのハイブリッド油圧ショベルの映像などを見て、先進的なことをやっている会社というイメージは持っていました。入社してすぐ、ミニショベルの排出ガス規制対応の設計業務に携わり、こうした排出ガス規制などに対応していかなければいけないんだなということを実感しました。その後、電動ミニショベルの開発チームに入り、規制をクリアしてカーボンニュートラルを進めるためには、エンジンの改善だけではなく、電動化の検討も欠かせないんだなとわかりました。
――マーケティング担当の大村さんは、ここ数年の脱炭素の流れをどう感じていますか?
大村 2008年にハイブリッド油圧ショベルが登場したときは、世界初ということで社内でも盛り上がりを感じていました。その後コマツが先行してモデルチェンジを重ねてきましたが、数ある機種の一つという形に落ち着いて、大幅に普及が進んだわけではありませんでした。しかし2021年ごろから、カーボンニュートラルに関連した問い合わせが各方面から急に増え、世界的な潮流の変化というものを肌で感じています。
――コマツも2023年度を「電動化建機の市場導入元年」と位置付けています。そういった状況下で電動化建機の設計を担当されている山本さんと和嶋さんは、どんな使命感や意気込みを抱かれたか教えてください。
山本 電動化建機に対する世の中のイメージとして、パワーが足りない、雨に弱い、稼働時間が短いなどがあると思いますが、それを払拭するような、あっと驚く電動化建機を開発したいという思いがありました。
和嶋 私は一つ前のモデルである「PC30E-5」の開発に関わり、外装カバーの設計を担当していたのですが、その中で課題も感じていました。後継機である「PC30E-6」の開発でも引き続き外装カバーを担当することとなったため、感電を防ぐための安全性や、点検のしやすさの面で、より良いものにしたいという意気込みを強く持っていました。
新機種で求めた「使いやすい」コンパクトさ
――和嶋さんが設計に関わった3トンクラスの電動ミニショベル「PC30E-5」については、2020年3月にレンタルに限定して導入しています。このモデルを導入したときに感じた課題とは、どんなものだったのでしょうか?
和嶋 「PC30E-5」では、フォークリフトで採用していたイージーメンテナンスバッテリーと呼ばれる鉛バッテリーを採用したことで、エンジン車に比べて車体後部が大きく出っ張った構造となりました。そのためお客さまからは、「後方が見えづらい」「狭いところでの使用が制限される」といった声が寄せられていました。
大村 また「PC30E-5」は、ベースマシンである「PC30MR(エンジン車)」と比べて重量がかさみ、重さが5トン近くありました。お客さまにとっては、従来使っていた運搬車での輸送ができないといった不便さがあり、次に向けての課題と意識していました。
――そうして2023年には、「PC30E-5」の後継機である電動ミニショベル「PC30E-6」、より小型の電動マイクロショベル「PC05E-1」という新型の2機種が、市場に導入されました。それぞれ、開発時にはどんな工夫や苦労があったのでしょうか?
和嶋 私が担当した「PC30E-6」の開発では、前のモデルである「PC30E-5」で課題となった後部の出っ張りをできるだけ小さく収めるというのが、私にとっての一番のテーマでした。 そのために車体内部の部品と外装をどう成り立たせるかというのは、設計として特に苦労した点ですね。 新型機にはリチウムイオンバッテリーを搭載して、従来機に比べて大幅にコンパクトなレイアウトを達成できました。重量も軽くなり、運搬しやすくなったと思います。 また後部が出っ張っていると視界が悪くなり、旋回したときに後ろに人がいても気が付きにくいのですが、ここを小さくできたことで安全確認もしやすくなりました。
山本 私が設計に関わった「PC05E-1」でも、車体内部のレイアウトがいちばん大変でした。電動マイクロショベルは、住宅街など狭い場所での使用が想定されるので、サイズの小ささはすごく重要です。エンジン車と同じサイズにするという基本方針があって、それを達成するのにすごく苦労しました。ただでさえマイクロショベルは、小さな車体に機能を詰め込んでいるため、内部がめいっぱいになっています。バッテリーや駆動系の装置などをどう配置し、どう配線でつなげばサイズが小さく収まるかというのを、組立性や、整備性、安全性などにも配慮しながら、3Dモデルを回して毎日考えていました。ホントに夢にも出てくるくらい(笑)。
こだわったのは「人」への配慮
――ユーザーにとっては、建機の電動化によってどんな課題の解決が期待できるでしょうか?
山本 エンジン車は排気ガスを出すため、工事現場で建機のすぐ近くで作業する人にとっては健康被害の心配があり、また付近の街路樹を傷めてしまう恐れがありますが、電動化によってそうしたリスクを低減することができます 。
騒音低減というのもメリットです。以前、大阪市の住宅地で、住宅の間1メートルほどの狭い工事現場を見学させていただいたときのことです。お客さまは騒音に配慮をしながら建機を操作しているものの、どうしてもエンジン音が響いてしまい、その音が気になったという住民の方が様子を見に来る場面がありました。コンパクトで静かな電動マイクロショベルは、こうした現場でスムーズに工事を進めることにつながると思います。
大村 実際に現場に導入して、排気ガスの臭いに関するニーズも確認できました。たとえば食品・飲料のプラントでは特に衛生面に配慮が必要です。生産ラインの改装工事などで建機を稼働させる場合には、製品そのものだけでなく、梱包用の段ボールにも排気ガスの臭い移りを防止しなければなりません。場合によっては建機自体を現場に入れられず、作業効率をなかなか上げられませんでしたが、電動化建機によって排気ガスの臭いを気にすることなく効率的な作業を実現できました。また地下の解体現場など閉鎖された現場では、排気ガスが滞留しないように、建機の動きに合わせて排気用のダクトを扱う作業員が必要でした。そうした作業も減らすことにつながります。
――電動化は廃熱や振動の低減といったメリットもあり、乗り手にも優しそうです。開発過程の性能試験を担当した高橋さんは、電動ショベルに計200時間以上乗ったそうですが、エンジン車と比べてどんな違いがありましたか?
高橋 長時間稼働試験では連続で3時間以上運転をするのですが、夏場に従来のエンジン車を運転すると、外からの暑さだけでなく内側のエンジンからの熱もあって、非常につらいものがありました。特にミニショベルは、大型の建機と違ってシートのすぐ下にエンジンがあるので、その熱がシートに伝わりやすいです。電動化によって排熱が減ったため、従来のように熱くなることも無くなり快適に運転することができました。昨今社会問題にもなっている、現場での熱中症リスクを減らすことにもつながると思います。
また電動車はエンジン車に比べて振動が少なく静かなので、長時間乗っていると明らかに疲労が少ないと感じました。これは、実際に200時間ほど乗った私の実感です。少し技術的な話になりますが、今回発売を開始した「PC30E-6」と「PC05E-1」はエンジン車と変わらない作業性能を保ちつつ、全回転域でほぼ一定の力を発揮できる電動モーターを採用しているので、モーターが低回転の状態でも安定した掘削力を発揮することができます。その点も疲れにくい要因になっていると思います。モーターが低回転であれば、より振動や騒音が少ない状態を保つことができます。
現場でわかった電動化建機の可能性
――通常のショベルだと、工事現場での稼働をイメージしがちですが、電動化建機は建設業だけではなく、さまざまな業種で活用できそうな気がします。現場を見た上での気づきや、電動化建機の可能性を感じた場面があれば教えてください。
大村 特に「PC05E-1」や「PC01E-1」といった電動マイクロショベルについては、いままで建機になじみがなかった方にもぜひ使っていただきたいと思っています。履帯式の建機の場合、自動車のようにガソリンスタンドへ自由に移動することができないので、給油が一つのハードルになってしまいますが、コマツの電動マイクロショベルはどのご家庭にもある100ボルトの電源さえあればバッテリーを充電できますので、使用の間口がかなり広がると思います。たとえば家庭菜園のように、「建機を楽しむ」機会も提供していきたいです。
一方、「PC30E-6」については産業廃棄物処理業のお客さまにも導入していただきました。事務所のそばで作業をしていても、エンジン音に邪魔されることなく電話ができるようになったそうです。
山本 電動化建機の導入によって、「現場が優しくなった」という声もききました。調査のために建機が稼働する工事現場を見学させていただきますが、現場監督の方が大声をあげて指示している場面をよく目にします。やはりエンジン音のせいで、大きな声を出さないと指示が伝わらないみたいなんです。その点、電動車の導入によってエンジン音がなくなれば、声をはりあげる必要がなくなって言葉も柔らかくなり、コミュニケーションが円滑になるのだと思います。指示や注意が確実に伝われば、作業の安全性向上にもつながります。
和嶋 集合住宅の横で工事をしていたケースでは、それまではエンジン音で泣いていた子供が、電動車を使ったときは泣いておらず、住民の方から「今日は工事お休みかと思った」と言われたこともありました。保育園の近くなどの工事では、騒音の影響を考慮して作業時間が決まることもあります。電動化建機で騒音が軽減されれば、朝の作業時間を少し前倒しするといったことも可能になり、効率的な工事の進行にもつながるのではと思います。
人・社会・地球の健やかな未来を目指して
――最後に、電動化建機に込めた思い、また全国の中小企業の経営者に伝えたいメッセージがあればお願いします。
大村 コマツの建機は多くの中小企業のお客さまに使っていただいており、商品に対する厳しい言葉をいただくことで、 私たちも鍛えられています。電動化についても、お客さまのさまざまな声を取り入れて一丸となって開発に取り組んでいます。これからもお客さまの期待に応え、パートナーとして支えていけるような存在でありたいと思います。
高橋 お客さまに寄り添って開発をしていますので、ぜひ使っていただきたいと思います。イメージだけではなく実際に体感していただければ 、電動車のメリットをより感じることができると思います。
和嶋 一人でも多くの方に現場で使っていただくことで、私たちも気づいていない電動車のメリットを知ることができると思います。また、その現場から届けられる声に耳を傾けることで、私たちもどんなところに力を入れて開発していけば良いかが明確になります。その静かさや乗りやすさは、実際に使ってみないとわからないと思うので、電動化建機を実際にご覧いただける展示会などにはぜひお越しいただきたいと思います。
山本 安全性や静音性など細部までこだわっており、設計担当として自信を持っておすすめできます。電動というところに不安がある方もいらっしゃるかもしれませんが、一度実物を触って、電動の静かさやメリットを体感していただきたいです。そして、コマツの電動化建機を通して、クリーンで安全な現場をお客さまといっしょに実現していきたいと考えています。
電動化建機の市場形成を目指して
昨年国土交通省が新設したGX建設機械認定制度において、コマツでは7機種が初回認定を取得。コマツはカーボンニュートラル実現に向けた取り組みの一つとして電動化建機の導入を加速させる。
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