徹底リサーチで信頼を得る
ーー今回、下請Gメンの3人にお集まりいただきました。それぞれのキャリアを教えてください。
下請GメンA(62):21年まで電機メーカーに勤め、営業をベースにマーケティング、経営企画に携わりました。工場向けの営業で中小事業者と接点を持った経験を生かしたいと、22年からGメンになり、これまで150~160社を訪問しています。
下請GメンB(65):電力会社のエンジニアや、広告・販促系の会社でマーケティングなどを経験しました。23年からGメンに加わり業種別のデータ分析、全国のGメンの支援を行っています。
下請GメンC(62):機器メーカーの販売子会社で、管理や内部監査を長く経験しました。22年からGメンに加わり、ヒアリング結果の分析を中心に行っています。
ーー最初に、ヒアリング対象の企業をどのように選んでいるのかを教えてください。
A:まずチームを組んでヒアリング先の業界を決めます。例えば、この月はトラック運送業界、次は放送コンテンツ業界という形です。その後、ホームページなどで会社情報を検索し、電話などでコンタクトを取ります。
飛び込み営業ではないですが、突然「中小企業庁の〇〇と申します」と言って電話をかけることになります。最近は怪しい営業も多いので、私たちが電話した際も怪しまれることがあります。丁寧に取り組みのご説明もしますが、折り返しお電話をいただいて中小企業庁からの電話であることを確認してもらうこともありますね。
アポイントが取れたら、対象企業や業界の特性などをホームページなどで徹底的に調べ、専門用語や技術用語は事前に分かるようにしておきます。ヒアリングは1時間半~2時間くらい。事前に勉強し、基本的な質問に費やす時間を少なくしています。
企業や業界のことを調べてヒアリングに組み込むと、「この人は色々調べてきてくれた」という姿勢が経営者に伝わり、その後のヒアリングもスムーズになりますね。
2人一組で週2回ほど訪問し、残りの平日3日間をアポイントやリサーチ、訪問後のヒアリングシート作成に費やします。
通常の業種別のヒアリングとは別に、年2回の価格交渉月間の後に、交渉や転嫁の状況についてもヒアリングを行っています。それらを合わせると年間で100件程度、中小企業のお話を伺っています。
ヒアリング冒頭で示す本気度
―ー初対面の経営者には、どう向き合うのでしょうか。
A:調査の大前提となるのが、中小企業の取引を適正化し、経営基盤の強化を図るための支援です。ヒアリングだけでは先方へのメリットは多くありません。「一つでも二つでも御社のお役に立つ情報はないでしょうか」というスタンスで本気度を示し、最初の10分~20分でGメンの活動や中小企業庁の施策を説明しています。
中小企業庁の施策を説明する貴重な機会なので、下請け中小企業を守る下請法(※1)や、各業界団体が策定している自主行動計画を説明するほか、このところ中小企業庁が力を入れている価格交渉促進月間、大企業と中小企業の公正な取引を整備するパートナーシップ構築宣言のような取り組みも説明しています。
ただ、支払期日などの個別企業の事業に直結する下請法は聞いたことがあるけれど、その他はよく知らないという反応が多いですね。忙しい中で把握する余裕がないのだと思うので、この機会に知ってもらって事業に活かしてもらいたいと考えています。
※1:下請取引に係る親事業者の不当な行為(買いたたき、下請代金の支払遅延など)を、より迅速かつ効果的に規制することを目的とした法律。
ーー具体的なヒアリング内容を教えてください。
A:取引慣行の改善のために大切な「価格決定方法の適正化」、「コスト負担の適正化」、「支払条件の改善」、「働き方改革のしわ寄せ防止」、「知的財産・ノウハウの保護」という五つの課題について、一つひとつ伺います。
限られた時間なので、その企業の主な取引先に絞って取引の状況を聞き出します。お困りごともあれば、最近改善してきたというお話をお聞きすることもあります。
労務費の価格転嫁に遅れ
ーー原材料価格や労務費の高騰が進む中、親事業者との価格適正化はどのくらい進んでいるのでしょうか。
A:今は「少しずつ(親事業者が)聞く耳を持つようになりつつある」という声を聞きますね。ただ(予算との)極端な価格差がつくと、注文が他に流れるというのはあり得る話です。「価格上乗せを言い出しにくい」という声はまだまだ残っています。
自分たちで注文を取れる営業部のような組織を持たない中小企業は少なくありません。そうなると、3次下請、4次下請に入った時に粗利幅が小さくなります。マテリアルコストの価格転嫁は進んでも、労務費のコスト反映はまだまだです。
例えば、トラック業界は、ドライバーの待機時間の労務費を、雇っている運送会社が持たざるを得ないのが実態で、ドライバーの新規採用も切実な問題です。「注文があってもドライバーがいないので受注できない。トラックが余り、維持管理で無駄なお金が出てしまっている」という声を聞きます。
それでも、最低賃金が毎年上がる中で、中小事業者は苦労しながらも何とか給料をひねり出したいという姿勢を感じています。そのためには価格転嫁がどうしても必要です。
知的財産を脅かす発注側の行動
ーー製品の量産化を終えた後、下請け企業が親事業者から長期間無償で金型の保管を押し付けられるといった、コスト負担の適正化の問題もあります。
A:この問題は、発注側が使わない金型を受注側が不要に持たされていないか、金型の取り扱いを文書で規定されているかがポイントです。
私が伺った案件の中からは、金型の置き場所がなくて外部の倉庫を借りているという話はあまり聞きませんでした。ただ、金型の扱いを文書で取り交わしていないケースはあります。休眠している金型が増えたとき、発注側に申し入れなければ処分の方針が決められませんが、発注側から自発的に申し入れることは少ない印象です。
ーーツギノジダイで経営者への取材を重ねると、中小企業はキャッシュフローの循環が生命線であると感じます。支払条件の改善はどのくらい進んでいますか。
A:支払いは、だいぶ現金化が進んでいるように思います。ただ支払い方法を手形から(三社間の)ファクタリングに切り替えただけで、支払いサイトは短縮されていないというケースもあります。今後、重点的にヒアリングするポイントになるでしょう。
ーー大手企業の働き方改革が進む一方、そのしわ寄せが中小企業に寄せられてはいないでしょうか。
大きなしわ寄せが出ているという話はあまり聞きません。逆に中小事業者は、働き方も大手のレベルに近づけないと、従業員を安定雇用できないという意識を持っています。
ただ、先ほど例に挙げたトラック業界は別ですね。社長自らハンドルを握るなど過酷な環境でやっているように感じます。
ーー中小企業経営の核となる知的財産やノウハウの保護も、取引適正化への重要課題です。
A:ヒアリングすると皆さん、「知的財産について深くは考えていなかった」とおっしゃいます。中小事業者は特許などを想定しがちですが、営業情報、技術設計などが不当に発注側に開示されていないかという問題も含みます。
工場見学のときに無断で写真やビデオを撮られた、あるいは見積もりを出す際に原材料、加工費、管理コスト、利益の明細を求められたという話も伺っています。ヒアリングでは「このようなデータも御社の貴重な営業財産だと、意識してください」と呼びかけています。
価格転嫁の意識に乖離
ーー取引適正化に向けた一番の課題は何でしょうか。
A:やはり労務費の価格転嫁ですね。どの企業も労務費が上がる中、中小事業者からは「取引価格への転嫁を言い出しにくい」という声を聞きます。
各業種の自主行動計画のフォローアップ調査結果(22年度)によると、労務費を価格に「概ね反映した/された」と答えた企業の割合は、発注側が53%だったのに対し、受注側は18%と、35ポイントもの乖離がありました。20年度(発注側74%、受注側36%)、21年度(発注側71%、受注側28%)より数字が下がっているのも問題です。
下請中小企業振興法(※2)では、発注側に対して年1回以上、受注側(中小事業者側)から今の価格で続けられるかを聞き取るように定めています。ヒアリングでは「それをぜひ心に留めてください」とお伝えしています。
※2:親事業者の協力のもと、下請事業者自らがその事業を運営し、かつ、その能力を最も有効に発揮できるよう体質を強化し、下請性を脱して独立性のある企業への成長を促すことを定めている。
業種、商流、重点課題を分析
ーーGメンが集めた膨大な情報を分析し、政策に生かすことも大切です。分析チームの皆さんはどのような体制で活動しているのでしょうか。
B:分析チームは10名程度の体制です。全国のGメン業務のサポートとして、業種別の分析、各企業へのヒアリングシートや調査マニュアルの改訂、データベース管理などを担当するほか、ヒアリング結果の分析を行っています。全国のGメンがまとめたヒアリング結果が分析チームに届くので、その内容を業種別に分析します。
年1万件以上のヒアリングを行うため、毎週かなりのデータが届きます。そのうえ、1企業毎に数社分の情報をヒアリングしてきてくれるので、それぞれの取引毎に分けて分析します。
C:ヒアリング先が1万件あれば、3万件ほどの取引事例を把握できるということですね。シートに書かれた業種が合っているか、そして対象企業が何次下請けなのかという商流も確認して分析を始めています。
分析は、先ほど挙げた重点5課題に沿って進めます。例えば「価格決定方法の適正化」は、その取引が新規か継続案件か、継続取引の中で原価低減の影響を受けていないかなどを分析します。
現場のGメンの方々には、ヒアリングした内容について、違法性のあるものか、法的に問題はないが古くからの業慣行として改善を検討した方がいいものか、取引慣行が改善してきた良いケースなのか、といった色分けをしていただいています。
分析チームは業界団体の自主行動計画の内容に沿った取引内容になっているかの確認や、下請法や下請中小企業振興法、独占禁止法や建設業法などに引っかかる可能性をより精査するため、個別の取引内容の確認などを行い、業種ごとに整理します。
ーーその後はどういう流れで進みますか。
C:分析チームの責任者がチェックし、中小企業庁の担当職員に結果を報告します。個別の中小企業の情報について、特定される事の無いように情報を整理したうえで、中小企業政策審議会(※3)などの場に出す資料に載せて業界団体に自主行動計画の改訂を促すこともあれば、法的措置が必要な可能性がある場合には、もう少し深堀りして調査を行うように提案することもあります。
※3:下請中小企業振興法に基づく「振興基準」や、各業界団体が策定する自主行動計画のフォローアップ調査等の取引適正化に関する事項及び官公需法に基づく「国等の契約の基本方針」等について審議。中小企業経営者、商工会議所、学識経験者等で構成される。
歩引きや口約束が残る業界も
ーーヒアリング結果の分析で、見えてきた特徴は。
C:支払いの現金化が進み、取引先からの要請で価格転嫁ができたという声も、以前より多くなりました。
労務費の価格転嫁は改善の声もある一方、(受注側で)エビデンスを用意しないと上げてもらえないという声も聞きます。しかし、企業秘密である人件費の細かい内訳を出すわけにはいかないですよね。「取引先に価格転嫁を言い出しづらい」という声は、まだまだ多い状況です。
B:支払時の歩引きや金利分の値引き、といった慣習が残る業界もあります。下請法対象外の商品取引で、支払いサイトが非常に長いケースもありました。建設業やコンテンツ業界など、口約束で発注していた業種に関しては、発注書が交付されないというケースもまだ残っています。
ヒアリング結果が政策や行動計画に
ーー情報や分析は、中小企業政策審議会の議論に活用され、下請中小企業振興法の振興基準、各業種の自主行動計画にも生かされていますね。
C:中小企業政策審議会の資料は、Gメンのヒアリングが補強材料になっています。
中小企業庁担当者:補足すると、22年に改正した振興基準の一部は、Gメンが集めた生の声に基づくものです。例えば、量産品から補給品に切り替わった部品について、下請事業者の在庫負担の増加などを加味した「補給品環境対応コスト」は、ヒアリング内容を基にコストを価格に反映させるよう改正されました。
また、内示数量と発注書の数量との乖離幅が大きい事例も多く見られていたことから、合理的な理由なく発注予定数量と実際の発注数量に大きな乖離が生じた場合で、下請けから要請があった場合には、協議を行い、買い取りや必要な諸経費分の支払い等を講ずるよう改正されています。
ーー23業種・57業界団体が策定している自主行動計画にも、ヒアリング結果が反映されています。代表例を教えてください。
C:日本自動車工業会(自工会)と日本自動車部品工業会(部工会)は23年9月、自主行動計画を改訂し、実効性を高めるために、各企業に計画の順守を求めた「徹底プラン」を策定しました。この大本がGメンのヒアリング結果になります。
各企業の生の声が中小企業政策審議会の資料になり、各業界団体に自主行動計画などの変更を求め、取引適正化に向けて行動してもらう。これが、出口戦略の一つになります。
ーー自動車業界はサプライチェーンが長く、下請けも4次、5次と広がっています。元請けに近い立場の企業から、自主行動計画の順守の徹底を呼びかけることが大切になりますね。
C:23年の中小企業政策審議会の資料にも、現場の声を踏まえ「取引最上位企業から取引適正化を働きかけてほしい」というコメントを入れました。最上位企業で作る業界団体に働きかけられれば、4次、5次の下請けにも波及すると考えます。
取引適正化を経営の「漢方薬」に
ーー下請Gメンの皆さんが中小企業に寄り添って、ニーズをつかもうとしていることがよく分かりました。最後に、取引適正化に向けた決意をそれぞれ伺います。
A:中小企業の皆さんの貴重なお時間をヒアリングに割いていただけることに感謝しています。一つひとつの会社に敬意を払い、調査を進めたいです。お話を伺うだけでなく、我々は取引適正化に向けてこういうところに注力しているというのも、現場で紹介したいと思っています。ヒアリングが終わった時、事業者の方に「今日はお会いしてよかった」と言っていただけるよう、自己研鑽を積みたいです。
C:中小企業の皆様の声を漏らさず分析し、正しい情報を中小企業政策審議会の資料を通して各業界の取引慣行の改善に結び付けたいと考えています。
B:中小企業の数(21年6月時点)は336.5万社で、企業全体の99.7%を占めます。中小企業はまさに日本の経済の中核です。取引適正化は売り上げ向上や新規事業という「特効薬」にはつながらないかもしれません。しかし、最終的に企業を成長させる「漢方薬」のようなものではないでしょうか。ヒアリング結果を正確に分析し続けることで、必ず取引適正化を実現する。そんな強い信念を持って職務にあたります。