目次

  1. 倒産危機だった「昭和の工場」へ
  2. 時代に合わせ、生産管理をオフコンからパッケージシステムへ
  3. システム開発会社の社長の「経営姿勢やビジョンに感動して」決断
  4. 不具合発生もリアルタイム共有
  5. 原価計算や棚卸しの負担も大幅軽減
  6. 導入後もフレキシブルに改善
  7. 運用は社員に任せる
  8. 会社の未来を200年先まで

 日本電鍍工業は1956年、伊藤さんの父が創業しました。伊藤さんが社長に就任した2000年当時は、時計関連の依頼が9割。製品を顧客から預かり、手作業でめっき加工を施していました。

 同社が追い求めるのは「機美共存」という精神です。伊藤さんは「さびや摩耗などの機能だけに特化した会社さんは多いですが、私たちは見た目の美しさも兼ね備えた表面処理を行うことが可能です」と言います。

 手作業による多品種変量生産が持ち味で、数量も一点物から1万点規模まで対応しています。「我々はオーダーメイド品質と呼んでいます。同じ金めっきでも、間に挟む金属の種類や厚み、面積が違うと、めっきの工程は変わりますので、フレキシブルな対応が求められるのです」

 今では年商は約10億円、従業員数は73人の規模を誇ります。

 伊藤さんは元々、家業を継ぐつもりはありませんでした。ラジオのDJなどを経て渡米し、宝飾関係の道に進む予定で鑑定・鑑別士の資格を取った矢先、同社が倒産危機に見舞われます。一時帰国のつもりでしたが、伊藤さんは2000年に32歳で社長に就任しました。

 「女性はお茶くみで、男性はタバコを吸いながら電話をかけて『昭和の工場』という感じでした。2~3台あったパソコンには全部シーツがかけられ、月数回の振り込みなどにしか使わず、パソコンの前に座ると遊んでいると見られる時代でした」

 伊藤さんは経営改善に乗り出します。当時は、時計のめっき加工が受注の9割以上を占めていましたが、メーカーの海外進出で国内でのめっき加工も減少の一途でした。

 「当時、めっきの市場規模が伸びていたのはパソコンや携帯の表面処理加工でしたが、その設備はなく、業績が悪くて借り入れもできない。何をしようか考えたとき、医療や、美容と健康に関する機器の表面処理加工が伸びるに違いないと、そこに力を入れました」

 カテーテルを先導するガイドワイヤーのめっき加工など、医療・美容問わず、楽器、宝飾品、筆記具、などさまざまな分野のお客様より依頼をいただくようになりました。

 その頃、生産管理は創業者の代に導入したオフコンで行っていました。そしてパソコンの時代に移り変わったことで、伊藤さんは2012年、生産管理のパッケージシステムを導入します。しかし、受注毎にカスタマイズを必要とする同社の作業に、そのシステムはマッチしていませんでした。

 「取引先が3千社以上にのぼるため、データの打ち込みは膨大な作業量で、早いときは午前6時台から作業する社員もいました。製品の写真を取り込みたいと思っても、容量オーバーでできないこともありました」

 伊藤さんがFileMakerを知ったのは、システムの再入れ替えを考えていた2015年のことでした。旧知のコンサルタントの紹介で、福井キヤノン事務機の社長(当時)に会い、同社の社内システムがどのようにカスタマイズされて動いているかを実際に見せてもらい、ローコード開発ができるFileMaker導入を勧められたのです。

 「2015年に福井キヤノンさんの取り組みを見て、すでにデジタル印鑑を導入し、稟議がすごい早さで回っているのを目の当たりにしました。システム導入をお願いするということは、社内ノウハウをすべて見せるわけなので信頼関係が欠かせません。この方なら、ビジネスパートナーとして会社の効率化につなげてくださると思い、FileMakerの導入を決めました」

 生産管理のパッケージシステムのリプレース導入費用より、初期導入価格が3分の1ほどというメリットもありましたが、伊藤さんは「システム入れ替えの話を進めるうち、社長さんの人柄、この方なら信用できると感じたのが導入の理由です」と振り返ります。

 福井キヤノン事務機(福井)とパットシステムソリューションズ(神戸)、Clarisパートナーである2社の力を借りて同社にジャストフィットするシステムの開発が始まりました。そして同社は2019年2月からFileMakerプラットフォーム上に独自開発したカスタムApp「TKiS」で生産管理を始めました。

独自開発したカスタムApp「TKiS」

 FileMakerの導入により、数万点にも及ぶ製品の受注や管理がスムーズになりました。

 以前の生産管理システムは製品情報を探すのが大変で、入力時も文字数の上限も決まっており、多品種変量生産の同社では使い勝手の悪いものだったといいます。現在は、製品ごとに品目コードが割り振られ、作業手配書、各工程の作業場に置かれたQRコードつきの「セルカード」、検査や顧客に関する情報のひもづけがされ、iPadでペーパーレス業務が行えるようになっています。

各工程の作業場に置かれた「セルカード」は水溶液に浸してもにじむことなく、iPadでQRコードを読むことができます。

 同社営業課の仲原美咲さんは「例えば、検査で見つかった不具合がiPadで入力されると、リアルタイムで営業にも共有されます。以前は他部署の情報を把握するには、翌日の会議などで情報共有したり、各自が持っている手書きのノートを見るしかありませんでした」と言います。

 不具合が起こった部分をiPadで写真に撮れば、瞬時に共有され、同じミスを繰り返さない体制が作れるといいます。「不具合は起きてはいけませんが、人間がやることなので避けられません。その情報を一刻も早く共有することで、対策が組めて、全員に行き渡ることは大きいです」(伊藤さん)

FileMaker Go (iPad)上で撮影された画像はサーバで一元管理され、リアルタイムで共有されます。iPad側の写真としては保存されないため、画像情報は端末に残りません。

 かつては各材料費も別々の書類で管理しており、専任担当者も必要でした。現在はTKiS(FileMaker)に受注数量を打ち込むと、自動的に材料費の合計金額も出るため、原価管理が楽になり、コストと業務量の削減にもつながりました。

 仲原さんは「以前は一日中、バーコードを読み込むだけの業務もあって、これは何の意味があるのだろうと思うこともありました。今は受注情報を入力すればすぐに在庫データに反映されるので、生産管理の進捗状況もリアルタイムで分かるようになりました。また、外勤営業が社内デスクのみならず、外出先で営業日報が入力できるなど、仕事の効率化ができるようになりました」と話します。

 「以前は2時間かかった月1回の棚卸し作業が、今では20分で終わるようになりましたので、棚卸しが苦ではなくなりましたね」(仲原さん)

 TKiS導入してからも無駄な業務を削減しシステムを進化する取り組みを行いました。結果、社員の労務負担も軽減されました。「以前は、内勤営業は午前7時に出社して、ひたすらデータを打ち込んで帰宅は午後8時。誰もやりたがらない仕事でしたが、今は子育て中で残業が難しい社員も無理なくできるようになりました」と伊藤さん。

 外回りや営業先の開拓に使う時間ができ、仲原さんはDXの展示会にも足を運ぶようになったそうです。

 FileMakerの強みの一つは、各社の課題に応じて柔軟にカスタマイズできることです。日本電鍍工業も、汎用的な請求業務にはパッケージソフト「OBC奉行シリーズ」を、カスタマイズが必要な生産管理業務にはFileMakerを使っています。

 システムを導入して終わりではなく、課題が生じるたびに仕様をアップデートできるのもFileMakerの特長です。日本電鍍工業では、導入当初の生産管理表になかったソートやアラート等の機能を、現場の要望で付け加えました。今では納期順に並び変えたり、遅延が発生しそうな案件にはアラートが出せたりする仕様になりました。

 同社と福井キヤノン事務機、パットシステムソリューションズの3社は月1回オンライン会議を開き、改善を続けています。「『ここにボタンが欲しい』という要望を出したら、その日のうちにFileMakerエンジニアの方が対応してくれるので心強いです。サポート体制がすごくいいなと思っています」(仲原さん)

 同社は20年から、新規事業としてアルマイト加工(アルミニウムを表面処理加工することで耐食性や絶縁性を向上させる加工)も始めました。新しい事業分野の生産管理も、FileMakerのカスタマイズで迅速に対応できました。

 伊藤さんは経営者の立場から、こう語ります。

 「FileMakerで良かったのは、フレキシブルなところです。確かに導入時はある程度の費用がかかりますが、長期的に考えるととても良い投資だったと思います。例えば、4年前に当社にとっては新たな分野、アルマイト加工を始めましたが、TKiSのおかげで新たなシステムを入れず、既存のものをアレンジすることで通常業務の管理が可能になりました。この先も新規事業を含めさまざまな変化に対応していくなかで、軸となるシステム導入ができているのでチャレンジしやすい環境が整ったと思います。このように柔軟に対応可能なシステムの方が、一旦導入したら変えられないシステムより、コストパフォーマンスが優れているのではないでしょうか」

 「FileMakerを通してすぐに不具合などの連絡が来る仕組みにも、経営者として魅力を感じています。経営者には迅速な決断が求められるので、リアルタイムの情報共有はありがたいです」

 古い体質が残る企業ほど、新しいシステム導入に抵抗を感じる社員は少なくありません。伊藤さんはどのように、FileMakerを社内に浸透させたのでしょうか。

 「FileMaker導入までは、全員がスマートフォンを持っていたわけではなく、またiPadを使ったことがない人もたくさんいました。中には、紙に書く方が早いし便利と考える人もいたのは事実です。でも、変化しない人間はそのまま化石となります。だから変化を認め、楽しまなければいけません」

 「道具を使う目的を示すのが経営者の役割です。社員に『こんなことも簡単にできて便利じゃない』と見せると、2、3日もすれば使い慣れてきて、それまで変化を好んでいなかったような人がバシバシ写真を撮りはじめることもありました。使いづらさがあったらすぐに変えられるFileMakerの仕様も、そのような不信感を取り除くのに役立ったと思います」

 導入までは主体的に運用にかかわった伊藤さんも、導入後は社員に任せているそうです。「結局、システムを使うのは社員たちで、私が満足するためのツールではありません。なので、運用については全然口を出さないですね」

 FileMakerによるDXへの取り組みで生産性が大きく改善され、アルマイト加工という新分野にも挑戦した結果、同社の直近の決算ではしっかり利益を出すことができました。今ではTKiSを入れたデバイスは、パソコン40台、iPad18台、iPhone5台となっています。

 今では同社のDXへの取り組みを見学した企業が、FileMakerを導入しているそうです。

 もしFileMakerを導入していなければ、「環境の変化が目まぐるしい時代に、今のような状態ではなかったかもしれない」と伊藤さんは言います。

 「人間の命はどこで終わるか分かりませんが、会社の命を終わらせてはいけません。家業に入ったときは、倒産危機からのスタートでした。でも、二度と同じ失敗を繰り返しちゃいけない。私は会社の未来を、100年、200年先までイメージしています。FileMakerを導入したときがその好例です。新しいことは自分の目で確かめて決断しなければいけませんし、それは経営者にしかできないことです」

 「FileMakerを選択したのは成功でした。本当にいい出会いだったと思いますし、それは私の選択を信じてついてくる社員たちがいたからこそ、良いシステムを構築できたと思っています。多くの中小企業経営者や経営者予備軍の皆さんも、自分の理念と描く未来を信じて進んでもらいたいと思います」

インタビューに答える伊藤さん

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