目次

  1. サンクコスト(埋没費用)とは
    1. サンクコスト効果とは
    2. サンクコスト効果の問題点
    3. サンクコスト効果とコンコルド効果の違い
  2. サンクコスト効果の例
    1. ビジネス
    2. マーケティング
    3. 投資
    4. 日常生活
  3. サンクコスト効果が起こる心理的背景
    1. 損失を回避したいという心理
    2. 自身の選択肢を維持し一貫性を持たせたいという心理
    3. 責任を感じる心理
  4. サンクコスト効果に陥らないための対策法
    1. サンクコスト効果を理解する
    2. 判断基準を持つ
    3. 意思決定プロセスを強化する
    4. 組織文化と考え方の柔軟性を高める
  5. サンクコスト効果を理解し合理的な判断を行うために

 サンクコスト(埋没費用)とは過去に負担し回収できない費用のことです。金銭的なものだけでなく、費やした時間や労力なども含まれます。たとえば、新規事業に投資したお金や労力、恋愛で費やした時間など、もう取り戻せない過去のコストがサンクコストです。

 ビジネスにおけるサンクコストの具体例には、新規事業のための研究開発やマーケティングなどに会社や社員が費やしたお金、時間、労力などが該当します。これらのコストの多くは、新規事業の中止を判断した時点でサンクコストとなります。

 サンクコスト自体は、経営していれば多かれ少なかれほとんどの企業で発生します。問題となるのは、サンクコストの存在が人間の意思決定をゆがめる要因となる可能性があるということです。このことを理解していないと、間違った判断をしてしまい損失を拡大し続ける結果を招く恐れがあります。

 サンクコスト効果とは、認知バイアス(物事の判断が、直感やこれまでの経験にもとづく先入観によって非合理的になる心理現象のこと)の一種で、サンクコストに囚われてしまい、経済的に不合理な意思決定を行うことです。

 つまり、すでに投資したコストを「もったいない」と感じ、過去の投資だけでなく今後の投資も回収できる見込みがなくても、さらに投資を続けてしまうような状況を指します。

 このような、過去の投資に基づいて未来の決断を下す際の認知バイアスや思考の誤りのことを「サンクコストバイアス」や「サンクコストの誤謬(ごびゅう)」と呼びます。

 合理的に考えれば、こうしたサンクコストは、私たちの未来に関する決定には無関係です。なぜなら、将来のための意思決定は、回収不能な過去のコストではなく、今後投資するコストに見合うリターンが得られるかどうかのみに基づいて下すべきだからです。

 しかし、サンクコスト効果に陥ってしまうと、将来のリスクや機会損失を無視して過去の投資を正当化しようとしてしまいます。すると、有益な代替案を見過ごし、非効率的または損害を招く決定を下すリスクが高まってしまうのです。

 サンクコスト効果とコンコルド効果とは、サンクコストに囚われることによって不合理な意思決定を行ってしまうという意味で同じです。

 コンコルド効果とは、1970年前後にフランスとイギリスの両国が協力して開発したコンコルド(超音速旅客機)が由来となっています。開発には想定の数倍の費用が掛かり、さらにはさまざまな問題で収益が見込めないことが開発中から明らかになっていました。それでも、運行まで計画が継続された結果、巨額の損失を出して運行を終了することとなります。

 この事実は世界的に知られており、サンクコスト効果により不合理な意思決定をした代表例として多く紹介され、「コンコルド効果」という名称までつけられています。

 投資を継続する限り、サンクコストは“確定”しません。そのため、さまざまな場面でサンクコストに囚われて継続する判断をすることがあります。

サンクコスト効果の例
ビジネス ・開発プロジェクトの継続
・不採算部門の存続
・スキルの継続使用
マーケティング ・コレクション付録雑誌の継続購入
・利用量に応じてランクが上下する会員制度の継続
投資  ・保有株式の売却
日常生活 ・映画や本などの完読
・恋愛関係の維持

 ここでは、さまざまなシーンでのサンクコスト効果の例を紹介します。

 ビジネスにおけるサンクコスト効果の例として、「開発プロジェクトの継続」や「不採算部門の存続」の判断をする場面が考えられます。

①開発プロジェクトの継続

 企業が新製品の開発に数年間と大量の資金を投じたものの、プロジェクトの進行が遅く、競合他社にも大きく遅れをとっているにも関わらず、さらに追加投資を決定する例が挙げられます。

 この場合、サンクコストを強く意識するあまり、市場の現状やプロジェクトの現実的な成功可能性を冷静に評価できず、さらにコストを増加させてしまう可能性があります。

②不採算部門の存続

 企業が長年特定の事業部門に投資を行ってきたものの、その部門が近年慢性的な赤字にもかかわらず、さらなる資金を注ぎ込む決定をする場合です。これは、経営環境が変化しているにも関わらず過去のコストに囚われた結果、より有益な代替投資機会を見逃してしまうことにつながります。

③スキルの継続使用

 社内研修や業務で培ったスキルがサンクコストとして意識されることもあります。社員が獲得した特定の技術やノウハウが、市場環境の変化で必要とされなくなっているにも関わらず、その技術やノウハウを使う戦略を選択する場合です。

 これは、自社の持つ経営資源としてスキルなどを強く意識するあまり、変化する市場環境や技術進化への適応ができず損失を増加させることにつながります。

 消費者心理の面からサンクコスト効果がみられる例として、継続してすべてを購入すると完成するコレクション付録のついた雑誌の購入、利用量などに従ってランクが上下する会員制度などの継続といった場面が考えられます。

 これらは、消費者がサンクコストを意識し、今やめれば「もったいない」と感じることで維持・継続を促す仕組みともいえます。

 投資においてサンクコスト効果が意識される例として、そのものズバリですが株式などの投資対象の保有・売却の判断場面が考えられます。保有株式などの価格が下落した場合に、サンクコストを確定させたくない意識や、いずれ価格が上がるのではないかという根拠のない予想によって売却を躊躇してしまうシーンが挙げられます。

 これは、新たな有益な株への代替投資機会を見逃してしまうことにつながります。

 日常生活でのサンクコスト効果の例として、「映画や本などの完読」や「恋愛関係の継続」を判断する場面が考えられます。

①映画や本などの完読

 自分のためになりそうな本を購入し読み始めたものの、期待通りの価値を持っていないことが判明したにもかかわらず、最後まで完読する例が挙げられます。これは、すでに支払った費用を無駄にしたくないという意識により、もっと有益なものに振り分けられる時間を消費してしまうことにつながります。

②恋愛関係の継続

 カップルが長い期間共に過ごした後、関係が良好でなくなっているにもかかわらず関係を継続する場合です。これは、これまで共に費やしてきた時間や労力、楽しかった思い出などの感情を無駄にしたくないという思いから、今後二人が別の道を歩むことで幸福に過ごせる可能性を排除してしまうことにつながります。

 サンクコスト効果にはさまざまな心理的背景があり、それらの心理的な背景が相まって認知バイアスとして作用し不合理な判断に導いてしまいます。

 ここでは、サンクコスト効果を引き起こす心理的背景について説明します。なお、以下で説明するそれぞれの心理的背景は単独ではなく、それぞれが絡み合いながらサンクコスト効果に影響を与えている点に留意しましょう。

 人の意思決定時には「損失回避的な選択肢を過大評価する」傾向があるといわれています。「損失回避」とは、得をすることよりも失うこと(損)を避ける心理的傾向のことです。つまり、「過去に投じたお金、時間、労力などが無駄にならないような選択肢」を選んでしまいやすいということです。

 また、人は自らの将来に対して楽観的な見方をする傾向も持っています。そのため、過去の投資が未来にもたらす成果について過度に楽観的な予想を立て、さらにその予想を過大に評価してしまいます。それにより、合理的な判断ができなくなってしまいやすいというわけです。

 人は自らが行った選択に一貫性を持たせるため、一度コミットした選択肢や努力を伴った行動を変更することに抵抗を感じます。これは「コミットメントと一貫性の原理」といわれています。

 別の人の選択結果を判断する場合と、自身の選択結果を判断する場合を比較するとわかりやすいかもしれません。自身の選択は「間違ってなかった」と思いたいあまり、認知の歪みが生じ不合理な選択を続けることになってしまいやすいということです。

 人は自身が当事者として決断に関わり、サンクコストになりうる過去のコストの責任を感じている場合、コストを取り戻したいと考え、決断の延長線上での試行錯誤を繰り返すことがあります。

 プロジェクトの中止などを決断すると、サンクコストが確定します。そのため、そのコストに対する責任意識が働きます。また、一方で他人に無駄にしたと思われたくない意識も働くため、不合理とわかっていても継続する判断をしてしまいやすいということです。

 人は常に合理的な判断をするとは限りません。何かを避けたいという心理など人が一般的に抱いてしまう気持ちが合理的な判断を曇らせ、不合理な判断をしてしまうことがあります。これらを回避するためには、サンクコスト効果を理解し適切な対策を講じることが重要です。

 ここでは、サンクコスト効果にとらわれず合理的な判断を下すための対策法についてご説明します。

 サンクコスト効果がどのような心理的メカニズムに基づいて発生するのかを理解し、判断を下す際に認知バイアスについて意識することが重要です。

 人間は完璧ではなく、認知バイアスに影響されやすい存在です。自分の判断がバイアスによって曇っている可能性を認識すれば、それを考慮したうえで冷静に判断することが可能になります。

 合理的な判断を行うための「判断基準」を持っていると、サンクコスト効果に陥ってしまいそうなときでも冷静な判断ができるようになります。

今から始める場合でも開始するかを問いかける
過去に投資した時間や資源を完全に無視し、もし今から新たにこのプロジェクトや活動を始めるとしたら、その活動に価値があるかどうかを判断します。過去と未来を明確に切り分けることで、未来のリスクとリターンのみに着目した判断ができるようになります
第三者に聞く
客観的な第三者の視点を取り入れることで、自己の判断がサンクコスト効果によって歪んでいないかのチェックが可能です
データのみに基づいて判断する
可能な限り客観的なデータや事実に基づいて意思決定を行うことで、認知バイアスの入り込む余地を少なくします

 意思決定プロセスとは、経営判断などの意思決定を導くための一連の手順です。行動を起こす前にこの意思決定プロセスの枠組みを決めておく(強化する)ことで、サンクコスト効果の入り込む余地を減らすことができ、事実に基づいたリスクの判断がしやすくなります。 

事前に撤退基準を決めておく
プロジェクトや投資の開始時点で、どのような状況になったら撤退するかという明確な基準を設けておきます。この基準を厳格に守ることで、客観的な評価に基づいた判断ができます
定期的に評価する
定期的にプロジェクトや活動の進捗状況を評価し、事前に決めた撤退基準や市場環境に照らし合わせて、現在の方針を続けるかどうかを判断します。開始当初から継続的に確認することで認知の歪みが抑えられるため、冷静な判断がしすくなります

 組織文化とは、組織内で共有されている価値観や行動様式などを指します。メンバーが物事を前向きにとらえ、さまざまな意見を受け入れる柔軟な組織になることで、サンクコスト効果に気づき適切な意思決定が図れる可能性を高めます。

失敗を次につなげる思考を持つ
失敗を負の結果と捉えず、学びや成長の機会として捉え挑戦する文化を醸成します。組織だけでなく個人でもこのような意識を持つことで未来志向の考え方になり、冷静な判断で失敗を認め、次への挑戦に目を向けやすくなります
事由に意見の言い合える組織文化を醸成する
チームメンバーや組織内で自由に意見を交換し合える、オープンなコミュニケーション文化を醸成します。これにより、意思決定過程における認知バイアスのリスクを指摘し合えるようになり、より多角的な視点からの議論が可能になります

 サンクコスト効果は、人が陥りやすい認知バイアスです。そのため、その効果の影響下での判断は、不利益をもたらす誤った選択につながることが多いのです。

 論理的な判断をしなかった結果、時間や金銭、エネルギーを投資し続け、さらに引っ込みがつかなくなるという悪循環に陥ります。投資をすればするほど、私たちは深みにはまり、誤った判断にさらにリソースをつぎ込むことになります。

 サンクコスト効果の背後には、損失回避、過去の選択への執着心などがあります。これら認知バイアスを回避するためには、心理的背景を理解し、過去の投資に固執せず、客観的な判断基準を持ち、柔軟性を持った組織文化を醸成することが重要です。

 これらの対策を通じて、サンクコスト効果に陥るリスクを減らせるようになります。