嘱託社員の給与相場 賃金の決め方と雇用時の注意点を社労士が解説
嘱託社員は、定年退職後の再雇用や一定の業務に委嘱を受けた人材を指します。社労士が、嘱託社員のうち勤務していた企業で定年後に有期雇用契約で就労する嘱託社員に焦点を当て、雇用形態の特徴や給与の決め方、雇用の注意事項を解説します。
嘱託社員は、定年退職後の再雇用や一定の業務に委嘱を受けた人材を指します。社労士が、嘱託社員のうち勤務していた企業で定年後に有期雇用契約で就労する嘱託社員に焦点を当て、雇用形態の特徴や給与の決め方、雇用の注意事項を解説します。
目次
嘱託(しょくたく)社員とは、定年退職した社員が、引き続き一定の業務に従事するために再雇用されたり、特定の業務を遂行するために雇用されたりする社員のことです。
嘱託社員は法に定められた定義はなく、企業や業界によってもさまざまに定義されています。例えば、定年後に有期雇用契約にて就労する嘱託社員の場合、実質的に行う業務は定年前と相違がなく、労働時間や待遇だけが変更される場合もあります。
また、外部専門家や非常勤の講師など、特定のプロジェクトの遂行のために雇用される社員を嘱託社員として扱う場合もあります。後者は、雇用契約ではなく請負契約になる場合もあります。
この記事では、勤務していた企業で定年後に「有期雇用契約」にて就労する嘱託社員について焦点を当てて解説します。
嘱託社員の労働条件は、正社員の定年退職後の再雇用という特殊な位置づけに応じて、柔軟に設定されるケースがほとんどです。契約内容は企業ごと・個人ごとに異なる点が多いため、嘱託社員を雇用する場合は具体的に条件を設定し、契約書を締結することが重要です。
嘱託職員の雇用契約期間は1年を基準とする企業が多いものの、3カ月や半年などの短期間で定める場合もあります。なお、1回当たりの契約期間の上限は一定の場合を除いて3年ですが、満60歳以上の労働者との間に締結される労働契約は、上限を5年とすることが認められています。
また、多くの場合、更新が可能となる上限の年齢が設定されています。高年齢者雇用安定法では高年齢者の65歳までの安定した雇用を確保することを義務付けているため、定年年齢が65歳未満になっている企業の場合は継続雇用制度として嘱託社員制度を運用している場合も多く、更新上限年齢を65歳以上に定める場合が多いでしょう(参照:65歳までの「高年齢者雇用確保措置」|厚生労働省)。
なお、勤務時間や福利厚生、休日、給与体系は、正社員と異なる定めをしても構いません。嘱託職員のみに適用される就業規則の作成も、一般的に行われています。
契約社員とは、一般には労働契約によってあらかじめ雇用期間が定められている有期雇用契約の労働者を指します。ただし、契約社員も法律上明確な定義があるわけではありません。そのため、両者の明快な線引きは、それぞれの企業によって異なります。
嘱託社員と契約社員の違いになりやすい点は、下記のとおりです。
条件 | 嘱託社員 | 契約社員 |
---|---|---|
就労時の年齢 | 定年後 | 定めはない |
もともと自社の正社員か | もともと自社の正社員 | 関係ない |
労働時間が正社員と同様か | 契約による | 契約による |
パート・アルバイトの社員とは、1週間の所定労働時間が、同じ事業所に雇用されている正社員と比べて短い労働者のことです(参照:短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律|e-gov)。有期雇用契約であるか常用雇用であるかは、企業とパート・アルバイト社員の雇用契約により定められています。
有期雇用契約のパート・アルバイトの社員と嘱託社員、両者の明快な線引きはそれぞれの企業によって異なりますが、違いになりやすい点は下記のとおりです。
条件 | 嘱託社員 | パート・アルバイトの社員 |
---|---|---|
与えられる業務範囲 | 契約による | 限定的 |
業務ごとの責任範囲 | 契約による | 限定的 |
給与の決定要因 | 月給制・日給制・年棒制・時給制 | 時給制・日給制 |
社会保険の加入の有無 | 契約による | 契約による |
嘱託社員とその他の社員との雇用形態の違いによる比較は下記のとおりです。なお、下記は一般的な比較であり、特に給与形態や勤務時間、福利厚生の範囲は会社によって大きく異なるため参考情報としてご覧ください。
分類 | 雇用形態 | 雇用関係 | 雇用期間 | 勤務時間 | 給与体系 | 社会保険 |
---|---|---|---|---|---|---|
正規雇用 | 正社員 | あり | 無期 | フルタイム | 月給制・日給制・年棒制など | 加入 |
短時間正社員 | あり | 無期 | 短時間 | 月給制・日給制・年棒制など | 加入 | |
非正規雇用 | 嘱託社員 | あり | 有期 | フルタイムまたは短時間 | 月給制・日給制・年棒制・時給制 | 労働時間・契約期間によって加入 |
契約社員 | あり | 有期 | フルタイムまたは短時間 | 月給制・日給制・時給制 | 労働時間・契約期間によって加入 | |
パート・アルバイト | あり | 有期または無期 | フルタイムまたは短時間 | 時給制 | 企業規模、労働時間・契約期間によって加入 | |
委任契約・準委任契約(業務委託) | フリーランス・個人事業主 | なし | なし | なし | 契約により報酬を受ける | なし |
嘱託社員の給与制度は、正社員とさまざまな面で異なります。ここでは、代表的な特徴を解説します。
嘱託社員は、正社員の定年後における65歳までの雇用の確保という目的があります。高年齢者雇用安定法の定めにより、この制度は希望者全員を対象としなければなりません。
しかし、企業は社員の年齢構成を調整したり、人材育成を優先しなければならなかったりします。そのため、定年前の雇用条件と同じ雇用条件で嘱託社員を雇用する場合は少なく、多くの場合、降格や職務の変更、労働時間の短縮によって給与を引き下げる傾向にあります。
実際、令和4年度の政府調査では、55~59歳層と60~64歳層の賃金比較では60~64歳層が79.9%に低下しており、契約締結時に賃金が引き下げになっていることがうかがえます(参照:高年齢雇用継続給付について p.3|厚生労働省)。
国税庁の調査でも、正社員とそれ以外の身分では給与平均給与額に差があることが現れています。正社員の年平均給与額は523 万円ですが、正社員 (正職員)以外では201 万円にとどまります(参照:令和4年分 民間給与実態統計調査 p.17 |国税庁)。
嘱託社員のボーナスについては、雇用契約により支給の有無が定められることが多いでしょう。ボーナス(賞与)は法に定められたものではなく、支払うことそれ自体は必ずしも義務ではないからです。
また、ボ―ナスがどのような性格をもっているのかは、企業ごとに異なります。嘱託社員にボーナスを支給するか否かは、企業ごとに自社のボーナスの役割や意義を明確化し、それが嘱託社員にも必要なものなので支給するという方法がよいでしょう。
なお、ボーナスが「会社の業績等への労働者の貢献」に応じて支給するものである場合、嘱託社員にも同一の貢献には同一の、違いがあれば違いに応じた支給を行わなければならないとされています(参照:「同一労働同一賃金ガイドライン」の概要① p.2|厚生労働省)。
そのほか、ボーナスの役割や意義としては、下記のようなものがあります。
また、嘱託社員にボーナスを支給する場合は、下記のような支給の仕方が考えられます。
ボーナスを支給する場合でも必ずしも正社員と同じ日に支給しなければならないわけではなく、企業の運用の負荷を考えて設定するとよいでしょう。
嘱託社員の退職金についてはボーナス同様、雇用契約により支給の有無が定められることが多いでしょう。退職金は法に定められたものではなく、支払うことそれ自体は必ずしも義務ではないからです。
嘱託社員として勤務継続する場合は退職金の支払いが留保され、そこでの勤務年数や貢献度が嘱託社員としての退職時に退職金に反映されて支給を受けられる場合もあります。
一方、定年時に退職金の支払いを受けている場合は、嘱託社員としての雇用契約が修了した際に退職金の支払いはない場合が一般的です。
独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査によると、継続雇用を採用している企業の60歳直前の平均賃金は35.4万円であるのに対し、60歳前半では27.1万円に減額されています。
減額幅は継続雇用を採用する企業では20〜40%未満が最も多く、40%以上減少する企業も20%近く存在しています(参照:労働政策研究報告書 No.211「70歳就業時代の展望と課題」第4章 p.4‐5|独立行政法人労働政策研究・研修機構)。
このように嘱託社員の給与減額を検討する場合、下記のような要素を総合的に勘案して決定します。
嘱託社員の給与を決める要素 | |
---|---|
職務の内容と責任の程度 | 正社員時の給与と比較して合理的な範囲内での変更とする必要がある |
勤務日数や1日の所定労働時間 | 勤務日数や勤務時間の減少による給与の減額は認められる |
各種保険の加入の有無 | 社会保険及び雇用保険に関する費用負担を考慮して給与額を決定する |
嘱託社員の立場でも定年前と職務と同一の職務を行う場合は、同一労働同一賃金の原則を鑑み、正社員時の給与と比較して合理的な範囲内での変更とする必要があります。
「同一労働同一賃金」とは、正社員であるか、非正規社員であるかどうかにかかわらず、企業・団体内で同一の仕事をしていれば、同一の賃金を支給するという考え方です。そのため、同一の職務内容や責任の程度の仕事を任せるのであれば同一額での給与の支給が基本になります(参照:有期労働契約法のあらまし「不合理な労働条件の禁止」|厚生労働省)。
嘱託社員としての勤務日数は、フルタイムと同等に毎日出勤する場合から、週1~3回程度に変更される場合などさまざまです。また、1日の所定労働時間も契約で定められるため、企業の実情や嘱託社員自身の意向・体力などに応じて定めることができます。
職務の内容や責任の程度が定年前と同一であっても、勤務日数や勤務時間が減少することによる給与額の減額は、ノーワーク・ノーペイの原則から認められます。
嘱託社員であっても、契約期間や週の所定労働時間により社会保険(健康保険・厚生年金保険)及び雇用保険の加入が必要になります。また、企業負担では労災保険も加入になるため、こうした保険に関する費用負担を考慮して給与額を決定していく必要があります。
嘱託社員はもともと正社員であったという性格から、労働条件の変更によってさまざまなトラブルが起こります。トラブルを防止するため、嘱託社員を雇用する場合に注意しておきたいポイントについて解説します。
嘱託社員を雇用するときの注意点 | |
---|---|
労働条件の明示化の重要性 | 賃金、勤務時間、職務内容など、労働契約に含まれる全ての条件を明確にし、契約書に記載する |
有期労働契約の更新と無期転換ルール | 5年の雇用期間で契約する(または更新を繰り返して5年に至る)場合は、無期契約への転換に関する対応を検討しておく |
嘱託社員の昇給や評価制度の整備 | 適切な評価制度と昇給の仕組みを整備し、適切な報酬を提供する |
個別の労働条件設定と手当等への対応 | 残業をお願いすることが想定される場合や、各種手当が正社員と異なる場合は書面に残しておく |
嘱託社員を雇用する際でも、労働条件を明示することが法的に義務付けられています。賃金、勤務時間、職務内容など、労働契約に含まれる全ての条件を明確にし、契約書に記載しておけば、後のトラブルを防止できます。特に、定年後の再雇用においては、定年前との労働条件の違いを明確に説明することが重要です。
嘱託社員を有期労働契約にて雇用する場合、更新を繰り返し行うことが一般的です。この場合、通常の有期雇用契約と同様、無期転換ルールが働く点に注意しましょう。無期転換ルールとは、同一の企業で5年を超えて契約が更新された場合、嘱託社員は無期労働契約への転換を申し込む権利を有するというものです。
5年の雇用期間で契約する場合や、更新を繰り返して5年に至る場合などが想定される企業では、無期契約への転換に関する対応を事前に検討しておく必要があります。
嘱託社員にもモチベーションを維持してもらうためには、適切な評価制度と昇給の仕組みの設置が重要です。嘱託社員は正社員とは異なる労働条件ですが、適切な評価を行い、業績や貢献度に応じた報酬を提供することで、仕事に対する意欲を高められます。
嘱託社員の労働条件は、個別の状況に応じて柔軟に設定できます。ただし、残業をお願いすることが想定される場合には、その業務内容や勤務時間について、事前に明確に合意を得たうえで書面に残しておくことが重要です。
また、各種手当が正社員と異なる場合は、対象になる手当・ならない手当について整理したうえで雇用契約書や労働条件通知書などを作成しましょう。
嘱託社員は自社で定年まで勤めてくれた人材であり、貴重な経験やノウハウ、人脈を持っています。定年後も企業の持続的な成長に貢献してもらうため、このような注意事項を踏まえたうえで雇用契約を締結し、嘱託社員との健全な労働関係を築いていくことが重要です。
おすすめのニュース、取材余話、イベントの優先案内など「ツギノジダイ」を一層お楽しみいただける情報を定期的に配信しています。メルマガを購読したい方は、会員登録をお願いいたします。
朝日インタラクティブが運営する「ツギノジダイ」は、中小企業の経営者や後継者、後を継ごうか迷っている人たちに寄り添うメディアです。さまざまな事業承継の選択肢や必要な基礎知識を紹介します。
さらに会社を継いだ経営者のインタビューや売り上げアップ、経営改革に役立つ事例など、次の時代を勝ち抜くヒントをお届けします。企業が今ある理由は、顧客に選ばれて続けてきたからです。刻々と変化する経営環境に柔軟に対応し、それぞれの強みを生かせば、さらに成長できます。
ツギノジダイは後継者不足という社会課題の解決に向けて、みなさまと一緒に考えていきます。