顧客が喜ぶ姿に心を打たれた父は「我々のジュエリーでお客様をこれだけ喜ばせ、幸せにできるのなら、日本中、世界中の人々をジュエリーで幸せにしたい」と、2004年に婚約指輪や結婚指輪をメインに取り扱うブライダルジュエリーブランド「AFFLUX」を立ち上げました。
AFFLUXの指輪は、受注生産制です。ダイヤモンドの大きさや数、素材、指輪の幅などをオーダーでき、オリジナルの指輪をつくれます。また、一つひとつに愛する人への想いが込められた「ゆびわ言葉」や、購入後も指輪のクリーニングやサイズ直しなどに無制限・無料で対応する「永久保証」がついています。
小学4年生で「後を継ぐ」と決意
安本さんは、父から後を継ぐことについて何も言われずに育ちました。
理由は覚えていませんが、明確に「後を継ごう」と思ったのは小学4年生のとき。早速伝えると「え、継ぐの?」と父の方が躊躇していたそうです。
高校生になると、AFFLUXの店舗でアルバイトを経験。父から改めて意思を確認され、ようやく継ぐことを受け入れてもらえました。
高校3年生になった安本さんは、日本で大学に進学する意味を見出せずにいました。そこで、両親に「私に投資してほしい」と直談判。予備校を辞め、その分のお金を留学費用にあててもらい、高校3年生の1月に渡米しました。
アメリカのニューヨークにある語学学校に通った後2年制大学に入学し、マーケティングと国際ビジネスの学士号を取得しました。
パスポートを取り上げられ 突然の入社
3年後の9月、アメリカで大学院に行くか就職するか悩んでいた安本さんは、一時帰国します。
「帰ってくると父にパスポートを取り上げられ、『2週間後に入社だ』と言われました」
理由は、会社が危機的な状況で支援ができないから入社して稼いでほしいということと、倒産していくかもしれない会社を間近で見られる経験はなかなかできないから今入社して見ておきなさい、ということでした。
突然の展開に戸惑いながらも、2007年に家業に入った安本さん。明姫という名前にちなんで小さいころから「姫、姫」と呼ばれていたこともあり、とてもアットホームな環境での入社でした。
安本さんはまず、商品の企画から製造までを行う「アトリエ研究室」に配属されます。続いて、店頭での販売・接客も経験。2年ほどかけて企画から販売までの流れを理解しました。
がむしゃらに仕事をしていた安本さんは、周りの社員に対して臆せず、ストレートな物言いで意見していたそうです。
「周りは非常にやりにくかったと思います。本当なら『ただの生意気な奴』で終わっていたと思うのですが、周りは『まぁまぁ、アメリカ帰りやし、こんな言い方になんのかな』と、すごくいいように捉えてくれました」
その後、AFFLUXの事業部部長や梅田本店店長を経験し、2023年8月に社長執行役員として社長業を引き継ぎました。
顧客に喜ばれる会社へ
日本では、ジュエリーの素材となる宝石類の仕入れを輸入に頼っています。そのため、ハイクラスの商業施設に入っているようなジュエリーショップと比較しても「原材料の価格や商品のクオリティーにおいて、ほとんど差がない」と安本さんは話します。
「他社との違いがあるとすれば、『ジュエリーでお客様に幸せになってほしい』という“思い”です。それこそが、AFFLUXやヤスエイの存在価値だと思っています」
「接客や商品はもちろん、お客様にとって人生の宝物になるようなハッピーな空間や体験もご提供したい。そうしてお客様に幸せになっていただいた上で、お金も頂戴し、『ありがとう』も言ってもらえることを追求しています」
“思い”を具体的な価値として顧客に届けるため、AFFLUXでは購入後のお付き合いも大切にしています。
例えば、結婚指輪を納品するときに行っている完全予約制の「ゆびわ言葉セレモニー」もその取り組みの一つ。
AFFLUXでは顧客との会話を大切にオーダーメイドで指輪を受注しているため、平均すると約90分、長い場合は7時間ほどかけて指輪を決めていきます。平均購入価格帯は25万~35万円と、決して安い買い物ではありません。
「オーダーされるときは不安と希望が入り混じっていたお二人の表情が、できあがった指輪を見た瞬間にパーっと明るくなるんです」
近年は、結納や結婚式などをしないカップルが増えていて、『おめでとう』と言われる機会が減っています。
「だからこそ、お客様にとって一番うれしい瞬間を一緒に祝って差し上げられたら、と思っています。そして、もしお二人に辛いことがあったとき、『左手薬指を見てハッピーだった瞬間を思い出してもらい、支えになれたら』という思いで、ささやかですがセレモニーをさせていただいています」
主力商品以外の購入にもつながるお付き合い
購入後の納品やお付き合いにあまり時間をかけられないブランドもあるなか、AFFLUXでは「ゆびわ言葉セレモニー」に加えて、記念月には毎年、電話などで指輪のメンテナンスの案内をしています。
「結婚指輪はずっとつけているので汚れるんですよね。でも、家ではなかなか指輪のケアができず『怖いからちゃんとお任せしたい』という方が多いんです」
そのような顧客のため、安本さんは大阪梅田本店に商談スペースとは別に、顧客のためのカフェスペースを作りました。テーブルには携帯電話やパソコンの充電用のコンセントも完備しており、毎年の記念月や梅田に来るたびにメンテナンスに訪れる顧客もいるそうです。
購入前はもちろん、購入後も時間をかけて丁寧に信頼関係を築いていくことで、ブランドやスタッフのファンが増えていきました。安本さんが産休に入る前には、10人ほどの顧客がお祝いに駆けつけたといいます。
また、AFFLUXではネックレスやブレスレット、ピアス、親子でお揃いのデザインで作れるベビーリングなども取り扱っているため、誕生日や結婚記念日、出産などの記念日にもジュエリーを購入する顧客が増えています。
購入後のお付き合いを大切にすることは、主力商品である婚約・結婚指輪以外での売上にもつながっているのです。
お叱りも真摯に受け止め次に生かす
日々やりがいを持って仕事に励む安本さんですが、顧客に叱られたり、教わったりすることも多くあります。
「指輪をつくるのに時間がかかるため、私たちはお客様のご入籍や挙式のスケジュールについても伺っています。
あるお客様に店頭で対応したスタッフが、ご両親がいないことに気づかず『ご両家のお打ち合わせ』といった言葉を何回か言ってしまいました。
お客様はただ察して欲しかったのに、繰り返し申し上げてしまったために『配慮がない』と怒られたのです。
一番ハッピーな空間のご提供をめざしているのに、真逆のお気持ちにさせてしまった…本当に申し訳なく、謝罪しかできませんでした」
一方で、その顧客に感謝していると安本さんは続けます。
「お客様にとっては言わなくても良かったのに、あえてわざわざ時間をとって話してくださったことはとてもありがたいと思っています。言ってくださらなければ気づけず、他のお客様にも同じ思いをさせてしまったかもしれないので」
「時間は巻き戻せないけれど、この学びを無駄にしてはいけない」と、安本さんは改善策を考え、社内やパートナー企業との勉強会で共有。同じことを繰り返さないように、学びとして還元しています。
社内や取引先からも反対 でもジュエリーポットを開発
安本さんは、顧客の声を生かした取り組みもしています。新しく導入したケース「アースフレンドリーポット」は、まさに顧客の声から生まれたものです。
婚約・結婚指輪は高価なものであり、以前は結納や結婚式を行うカップルも多かったため、見栄えの良いしっかりとしたケース(箱)が長く必要とされてきました。
しかし、時代が変わりそれらを行うカップルが減少。さらに、「ケースが経年劣化してしまった」「外した指輪をどう持ち運んだらいいか分からない」などの声が問い合わせ窓口に届くようになりました。
「結婚指輪はつけている時間が圧倒的に長いので、仕事やスポーツなどで外さなければならなくなったときに、取り扱いに悩む方が多かったんです。
それならば、普段使いできる『本当に使いやすいケース』を提供した方が喜ばれるのではないか…」そんな考えから、安本さんは新しいケースの開発に踏み切りました。
AFFLUXには父の代から「まずはやってみよう」とチャレンジする社風が浸透しています。そのため、試作品の完成まではスムーズに進みました。
けれども、本格的に商品として提供する段階になると、社員やパートナー企業から反対意見が出てきたのです。
そこで、2022年10月から5ヵ月にわたり数百組のカップルにWEBや店頭でアンケートを取りました。すると、6割以上から新ケースに好意的な意見が寄せられました。その結果を見て、社員もパートナー企業も納得してくれたといいます。
アンケート結果を見るまでは、従来のケースを廃止するつもりだった安本さん。しかし、以前のケースにも需要があると知りました。
「『日常的に使うもの』と『特別な日に使うもの』で使い分けている方が多かったのです。アースフレンドリーポットで指輪を納品し、希望者には有料で従来のケースをご購入いただけるようにしました」
現在は、2~3割の顧客が従来のケースを購入しているそうです。
“思い”に共感できる社員、パートナー企業を大切に
安本さんは採用でも“思い”への共感を重視しています。10年ほど前からは、採用ページにも自分たちの大切にしている“思い”を記載しはじめました。
というのも、中途採用で入社した人が考え方の違いから短期間で辞めていったことが度々あったからです。
「いくら能力が高く立派な経歴がある方でも、考え方が合わないと楽しく働けません。また、本人はもちろん、周りのスタッフ、お客様、会社など、みんなにとってもwin-winではないと分かりました。失敗を繰り返すうちに、同じ志をもった方とチームを作って成功したいと思うようになったんです」
“思い”への共感を一番重視して採用した結果、考え方の違いで退職する人はいなくなりました。スタッフとは「議論をすることがあっても、喧嘩をすることはなくなりました」と安本さんは話します。
パートナー企業に対しても、その軸がブレることはありません。「“思い”に賛同してもらえないお店には導入してもらわない」というポリシーを持って運営しています。
ジュエリーの枠を超えたチャレンジを
AFFLUXの売上比率は、結婚・婚約指輪が全体の8割。あとの2割はセレクトジュエリーや2024年7月に発表された新しいネームリングブランド「Zoë(ゾーエ)」、大学の卒業記念品である「カレッジリング」などです。
人口や婚姻組数の減少という社会課題に直面するなかで、安本さんは「ブライダルジュエリーにおいては今後、もっと自社集客に力をいれていかないといけない」と考えています。
AFFLUXへの来店きっかけは「ホームページ」「通りがかり」「SNSやちらし、口コミなど」がそれぞれ3分の1ずつ。新しい顧客獲得や自社PRのためにも、1年ほど前からスタッフの発案ではじめたSNS発信を強化していくつもりです。
「当社で購入されていないお客様でも、指輪を検討する時期になるとSNSをフォローする方がいると分かったのは、新たな気付きでした。ライブを見て次の日に来店され、ご成約になった方もいらっしゃいます」。まだまだフォロワーは少ないですが、「ファンの方には届いている」と手ごたえを感じています。
2024年9月からはビジネスの面白さを伝えるために地元大学や大学院とのとのコラボレーションもスタートしました。カレッジリングのデザイン企画からマーケティング、販売、集金方法などを学生が組み立て、安本さんがその実現をサポートする「カレッジリングプロジェクト」を進めています。
「5年後10年後には、海外に向けてAFFLUXという文化を広げていきたいです」と話す安本さん。その実現に向け、これからも父から受け継いだ“思い”を大切に、仲間とともに歩み続けます。