目次

  1. ナチュラルビーフを求めて
  2. 肉のサンプルを届けて販路拡大
  3. コロナ禍で売り上げが9割減
  4. 消費者の声をフィードバック
  5. 社内で進めた意識改革
  6. 100年スパンで描く未来図

 コウキフーズは稲継さんが2009年に創業しました。「ナチュラルビーフ」を中心とした牛肉に加え、神戸ポーク、月のあかり、阿波尾鶏、但馬どりといった地元産の豚肉・鶏肉を扱っています。

 取引先数は約60件で、主な販路はレジャー施設、結婚式場、スポーツ施設、高齢者向け住宅、病院などになります。売上高は1億6900万円で、食肉の年間取扱量は約70トン。従業員数は8人です。

コウキフーズの店頭で販売している牛肉など
コウキフーズの店頭で販売している牛肉など

 稲継さんは前職の食肉卸会社で働いていたとき、家畜の一生について詳しく知り、食肉を安価に安定供給するためのシステム化が進んでいる現状に触れます。

 家畜はもっと自由に生活し、自然に大きく育つことが必要で、それがおいしい「お肉」につながるのではないかーー。そんな思いを抱いたそうです。

 環境への意識の高まりから、海外を中心に家畜の生育環境にも注目が集まっていました。稲継さんは、より自然に近い環境で育てた肉を広げたいという思いから、コウキフーズを立ち上げました。

 稲継さんは、ストレスの少ない自然な環境で飼育された肉牛を探し求める中で、ニュージーランド産の牛に出会います。生産者は農場保証プログラムの認証制度を順守し、ニュージーランドのアニマルウェルフェアの基準に準拠しており、取り扱いを始めました。

 通常は牛の餌の中身が食肉の風味や味わい、色味などに直結します。ニュージーランドでは、豊富な降雨と山脈の清らかな水資源が、栄養価の高い牧草を育みます。農家は良質な牧草を育てるため、土の栄養価を測定して自ら土壌を改良し、牛の健康と成長につながる牧草を育てていました。

 ただ、そうした牛は生産コストがかかり、一般的な輸入牛肉より2割ほど高くなるといいます。自然な生育に近い牛肉を扱うコウキフーズの思いに賛同した取引先も多くありましたが、販路を広めるのは容易ではありませんでした。

 実際、ホテル・レジャー施設・スポーツ施設・病院・保育・高齢者施設といった主要取引先に丁寧に説明していきましたが、ほとんど受け入れられませんでした。

 稲継さんは、ホテルや老舗旅館の料理長にサンプルを届けて調理してもらい、一般肉との違いを実感してもらいました。最初は期間限定で試してもらい、良質な肉の価値の高さへの納得を得ることで、徐々に取扱量を増やしてもらいました。

稲継さんは地道な販路拡大を進めました
稲継さんは地道な販路拡大を進めました

 稲継さんは前職の食肉卸会社の経験を生かして事業をスタートしたため、ホテル、レジャー施設、結婚式場などの規模の大きな取引がほとんどでした。しかし、新型コロナウイルスの流行により需要が減少し、取引先からの注文が激減。売り上げが約9割減少する危機的状況となりました。

 そこで、稲継さんは「提供している肉を口にする顧客の声を直接聞くことはできないか」と考えました。

コウキフーズが開いた「あゆみ牧場」
コウキフーズが開いた「あゆみ牧場」

 卸売りだけでなく、自社の個人顧客を獲得する好機として捉え、2022年7月、ニュージーランド産牧草牛・ナチュラルビーフの精肉や冷凍品を提供する「自然派精肉店あゆみ牧場」をオープンしました。

 一般消費者に販売開始すると評判を呼び、直近1年間の売り上げは477万円、購入者数は1258人になりました。

「caféこさじ」の店内
「caféこさじ」の店内

 さらに、同じく打撃を受けていたコウキフーズ運営のコーヒー店「caféこさじ」(兵庫県加古川市)でも、あゆみ牧場の肉を提供し始めました。

 これらの店では、消費者の生の声に触れることができました。稲継さんは「過去のニュージーランド産牛肉に対するイメージが良くないこと、『柔らかい=おいしい』という世間の評判が大半であることなど、販売戦略や経営戦略を見直す転機となるものが数多くありました」と言います。

 生産コストを価格に転嫁した良質な肉という付加価値を受け入れてもらうには、時間がかかることも理解できたといいます。

 良質な肉がどのように生産されて目の前にあるのかを、店内やホームページで地道に訴求し続け、消費者の声を食肉卸会社や生産者にもフィードバックしています。

 特にナチュラルビーフは年配者に好評でした。リピートで購入されることが数字として現れたため、これまで営業先として考えていなかった老人介護施設にも提案し、販路拡大につながりました。

 そのほか、ECサイトによる全国の消費者への販売、肉の自動販売機や冷凍ロッカーの導入による営業時間外での販売なども展開しました。その結果、売り上げはコロナ禍前の約60%まで回復しました。

 最近では、特に食肉の生育環境に関するSDGs(持続可能な開発目標)の意識が高まっています。ただ、稲継さんは「牛肉を生産すること=メタンガス排出」という認知だけが広まり、実際に取り組んでいる対策が十分伝わっていないと感じています。

 欧米では「生産コストはかかるが環境に配慮したお肉が当たり前」という考えがスタンダードといいます。稲継さんはそうした考え方を、何代にも渡って日本でも根づかせていくのが大切だと考えています。

社内の意識改革も進めていきました

 そのため、まず社内から意識を変える必要があると考えました。社内教育では、食肉業界の現状と今後あるべき姿の研修はもちろん、取り扱う食肉、生産者、消費者、生産設備などすべての経営資源に対する理解と尊重を深める研修を定期的に行っています。

 「その結果、お肉に対する新たな気づきや発見があり、社員の自己肯定感にもつながっています」

 稲継さんによると、ニュージーランド産の放牧牛は、畜産家の土壌改良やメタン排出量を削減する牛の遺伝子の改良などで、今後もストレスをかけずに育て環境にも優しいスーパービーフとして注目される可能性があるといいます。

 「日本でもニュージーランドのような認証制度が創設されれば、市場はさらに拡大するでしょう。牛肉食は決して悪ではなく、生き物の命を無駄なくいただき、次の命につなげるという意味があります。ヴィーガンやベジタリアンの考えも尊重しつつ、肉がどのように生産されてきたのかに目を向けることが重要です」

稲継さんは食肉の可能性を次代につなげる経営を目指します
稲継さんは食肉の可能性を次代につなげる経営を目指します

 今後は、卸業者への啓発活動だけでなく、消費者に対しても牧草牛イベントの開催や赤身肉に関連する情報の発信、NPOやコミュニティーなどでのワークショップの開講、実際に食べてもらう体験などで、牛肉食への理解を深めて、意識を変えたいといいます

 「SDGsの観点から代替肉への造詣も深め、可能性も追求しなければなりません。今後100年スパンで畜産の未来図を描き、私の次の経営者、そのまた次へとつなげ、自社だけでなく業界全体、社会全体からもみた経営方針を継承していきたいです」

 稲継さんは、これからも目の前の消費者からヒントを得ながら、長期スパンの経営を実践する決意です。