目次

  1. 38年ぶりの新しいゴンドラリフト
  2. 事業環境の厳しさとポテンシャル感じたスキー場運営
  3. 地域の活性化は「宝探しゲーム」
  4. 単なるマネはしない 広告よりも効果的
  5. 地域はスポットではなく面で変えていく
  6. 成功の秘訣は地元の信頼関係
「白馬岩岳」で38年ぶりに新設されたゴンドラリフト
「白馬岩岳」で38年ぶりに新設されたゴンドラリフト(岩岳リゾート提供)

 「白馬岩岳」で38年ぶりに新設されたゴンドラリフトが2024年12月20日、動き出しました。

 38年前の1980年代はスキーブームまっただなか。リフトやゴンドラの耐用年数は40年程度といわれ、スキーブームの時期に設置された日本各地のスキー場のリフトやゴンドラは更新の時期をむかえています。

 ただ、ピークの1993年に1860万人(日本生産性本部「レジャー白書」)だった日本のスキー・スノーボード人口はいま、4分の1程度にまで落ち込んでいます。加えて、少子高齢化が進むなかでスキー・スノーボードを楽しむ10〜40代の人口は、大きく減少することが予想されます。

 多くのスキー場は施設の老朽化が年々進んでいるのに、スキー場の稼ぎを考えると新たな設備投資は難しいのが現状です。

 白馬岩岳はそのような状況のなか、冬場に加えて4〜11月のグリーンシーズンの来訪者を増やし、約21億円かけてゴンドラリフトを新設しました。

 2014年、白馬岩岳のスキー場運営に携わるようになった和田寛さんは、その事業環境の厳しさに愕然としました。

 「国内のマーケットは急速に縮小する一方で、スキー場の数はそれほど減っていません。供給過多なんです」

 インバウンド需要の高まりによって値上げするスキー場も出てきましたが、まだ市場の大半は国内客です。

 「国内客は価格にセンシティブなので、多くのスキー場で安売り競争が起きています。冬の100日間ほどで稼ぐビジネスモデルでは、正規雇用の確保が難しい。訪日客が増え、マーケットが変わっているのに受け皿となる宿もレストランも、30〜40年前のマーケットに合わせてつくられたもので老朽化したものしかない。課題は山積みの状態です」

 こういった市場の縮小と既存設備の老朽化は白馬だけでなく、日本の産業全体の課題です。「圧倒的なポテンシャルの高さ」に魅せられ白馬で働き始めて10年、新設したゴンドラリフトの姿は和田さんにとって感慨ひとしおでした。

 地域活性化に向けて「とにかく手数を出し続けることが大事だ」と和田さんは言います。

白馬のグリーンシーズンのアクティビティ
白馬のグリーンシーズンのアクティビティ

 ウィンターシーズン以外にもゴンドラリフトに乗ってもらい稼げる仕組みをつくるため、2017年の「白馬岩岳マウンテンバイクパーク」復活を皮切りに、2018年の北アルプスを一望できる山頂の展望施設「白馬マウンテンハーバー」、2020年7月の絶景に飛び出すような大型ブランコ「ヤッホー!スウィング」、2021年のドイツ発祥のアクティビティ「マウンテンカート」、展望エリア「白馬ヒトトキノモリ」など、数々の取り組みを行って集客につなげてきました。

 「リピーター獲得のため、飽きられないように次々と仕掛けてきました。モノばかりだと設備投資が膨らんで大変なので、山頂でのヨガなど滞在時間と消費金額を増やすイベントなどにも取り組んでいます。2024年5月で開催4回目となった山頂での音楽フェスは、音楽好きの新たなお客さんにも訪れてもらい、冬以外のリピート客を増やす取り組みの1つです」

標高1100mの展望エリア「白馬ヒトトキノモリ」で開催したヨガ
標高1100mの展望エリア「白馬ヒトトキノモリ」で開催したヨガ(岩岳リゾート提供)

 こういった新しい取り組みを、和田さんは「宝探しゲーム」のようなものだと話します。

 地域に埋もれたままになっている資産を見つけ出し活用すれば、ゼロベースで作り出すよりコストも時間も少なくて済みます。

 加えて、和田さんは「どこにもない、ここにしかないモノを生み出せる」と胸を張ります。象徴的なのは、「白馬マウンテンハーバー」と「ヤッホー!スウィング」でしょう。この2つが建てられた場所は昔から、白馬三山を望める景観が地元の人にはよく知られていました。

 和田さんは、地域に隠れた資産を活用するときに気をつけている点があります。

 「どこかでうまくいっている事例を単にまねることはしないということです。もちろん、なぜうまくいっているのかは分析し、参考にします。ただ、私たちがやるときは新たな価値を付加します。白馬マウンテンハーバーは、白馬の絶景に東京都内で人気のベーカリーカフェ、THE CITY BAKERYのおいしい食事とコーヒーを組み合わせました。リフトやゴンドラで山の上まで上がって展望を楽しむ場所は日本各地にありますが、都内で人気のパンやコーヒーを山の上で楽しめるのは白馬だけです」

白馬マウンテンハーバーから見える景色
白馬マウンテンハーバーから見える景色(岩岳リゾート提供)

 「ヤッホー!スウィング」は、10年近く放置されて残骸となったリフトの支柱を活用しています。2020年のコロナ禍まっただなか、お金をかけず何かできないかを考えていて思いつきました。山々に飛び出すようなロケーションと支柱の回転部分をうまく活用したブランコです。

 「ブランコに乗るのにお金を払う人はいないと反対されましたが、約2分間1回500円を頂戴しています」。協賛金なども活用し低コストで作ることができたうえ、年間約4万人、概算で2000万円ほどの売り上げにつながっています。そうやって稼いだお金は、次につながる投資に回すのです。

大型ブランコ「ヤッホー!スウィング」
大型ブランコ「ヤッホー!スウィング」(岩岳リゾート提供)

 「絶景のなかでのブランコは、メディアとSNSで取り上げられ拡散しました。新聞やテレビ、Webニュースサイトなどメディア上で記事として掲載された際の露出成果や認知効果を、各媒体の広告費に換算し、成果測定をし続けています。広告を出すより、新しいモノを生み出す投資のほうがコスパがいいんですよ。メディアが何を取り上げるか、SNS上で何がうけるかはわかりませんが、白馬ならでは、国内唯一、国内初、国内いちばんをベースにおいて1年に1度は新しいモノを出すほうが、単に広告を出し続けるより効果があると考えています」

 2016年に2万5000人程度だった冬以外(4〜11月)の白馬岩岳の来場者数は、2024年には10倍の25万5000人にまで拡大しています。

 和田さんは社長を務めていた岩岳リゾートを2023年10月に退職。2023年12月からは、隠れた資産を発見し磨き上げていく会社「ズクトチエ」の共同代表となり、「白馬バレーから糸魚川まで」エリアを広げ取り組みを続けています。

 ともにズクトチエ共同代表を務めるのは、白馬生まれ、白馬育ち、白馬観光開発で白馬の活性化に努めてきた「地元っ子」です。

 「白馬のいいところ、遊び方は地元メンバーのほうが知っています。一方、素材をそのまま提供しても、ビジネスとして魅力的なものにはならないケースも多い。外から来た私は同じく外から来るお客さんにその魅力が伝わるように、隠れた資産に磨きをかけるのが仕事。地元メンバーに刺激を与えながらアイデアを引き出し、そのアイデアをブラッシュアップする。進捗管理をして完成に導く、いわばマーケターやプロジェクト・マネジャーのような立場だと考えています」

青木湖畔にある「ao LAKESIDE CAFE」
青木湖畔にある「ao LAKESIDE CAFE」

 活気を出す取り組みは、「スキー場経営という点ではなく周辺産業や領域といった面でとらえる必要がある」と和田さんは考えます。2024年6月には白馬を飛び出し、長野県大町市北部にある青木湖畔に、東京でレストランを展開する会社のプロデュースでカフェレストランをオープンしました。

 国内有数の透明度の青木湖という隠れた資産に東京で人気のレストランを組み合わせたほか、10月には水風呂代わりに青木湖へ入水することができるサウナ施設も併設しました。

青木湖畔にある白馬絶景サウナ「Hakuba Zekkei Sauna」
青木湖畔にある白馬絶景サウナ「Hakuba Zekkei Sauna」

 「100%成功すると言い切れる新しい取り組みなどありませんが、もともとの人の流れを把握できていれば、レストランカフェにどのくらいの人数が集まるか想定できます。ふたを開けてみたら、夏から秋にかけて当初想定を50%程度上回るお客さんが来ています。同じ面に存在する複数の隠れた資産を同時多発的に活用すれば、お客さんに強く訴求することができるし、どこかのモノマネにもなりません」

 ただ、点より面の取り組みはより難しくなります。

 土地を貸してもらう交渉など地元の方々との強い信頼関係が構築できているメンバーとの協力関係は欠かせません。

 「地元メンバーとの協力関係が欠かせない」という考えにいたるまでには、数々の失敗がありました。「すべて自分でアイデアを出さないと!結果を残して信頼してもらわないと!と気負いすぎて、独りよがりな取り組みをしたこともあります」

 そういった失敗を重ねて、地元のことをよく知っているメンバーからアイデアを引き出すことを大切にするようになったといいます。

 民宿などの廃業によって活気がなくなっていたエリアで2017年にスタートした「街並み活性化」の取り組みは、現在ズクトチエの共同代表となっている「地元っ子」が活躍しました。

民宿をリノベーションした宿泊施設「Square8」
民宿をリノベーションした宿泊施設「Square8」

 和田さんは、老朽化が進み廃業した民宿やこれから廃業する予定の民宿などを借り受け、リノベーションし、第三者に貸し出すスキームを考えました。レセプションの機能を持つ施設、ダイニングの機能を持つ施設などをつくり、街全体を1つのホテルや旅館のように一括運営します。そうすることで規模の経済が働くのです。

 「当時、資金面はファンドがバックについてくれました。今は我々が運営していますが、取り組みを始めたときにはノウハウやスキルがなかったので外部の企業に頼むことにしました」

 ただ、地元の人からはすぐには信用を得られなかったといいます。

 「ファンドやスキームなど聞き慣れない言葉で外の人である私が説明しても、不安になるのは当然だったと思います。間に立った地元っ子は、生まれも育ちもそのエリア。何回も訪問し雑談や昔話を交えながらスキームの説明を続け、不安を取り除き信頼を勝ち取ることができました」

 2024年12月には、白馬八方エリアにレストランを開業しました。長野県小諸市で350年の歴史ある信州味噌の会社がプロデュースを手掛け、地域の食文化を発信するとともに、ウィンターシーズンのインバウンド観光客の増加によって課題となっている飲食施設不足の解決を図ります。

エリアを巻き込んだ地域戦略について話す和田さん
エリアを巻き込んだ地域戦略について話す和田さん

 白馬の宿泊施設はこれまで2食付きが主流でしたが、小規模家族経営が多い旅館の多くでは、泊食分離のニーズが高まるなか、食事を準備し続けるのが大変でかつ非効率になっています。一方で、インバウンド観光客は宿泊施設以外で食事をする素泊まりニーズが高いものの、受け皿となる飲食店は不足しているのが現状です。

 そこで、宿泊施設内にある飲食部門をリニューアルし、企業の店舗づくりやレシピ開発、オペーレーション構築ノウハウを取り入れて、エリア全体の外食需要を取り込んでいく予定です。世界水準のオールシーズン・マウンテンリゾートに向けて、新しい取り組みは続きます。