クライアントから依頼を受けると、まずは会社のホームページで、製品や生産設備の情報を確認しています。どの工程で不都合が起きているか、何に困っているかなどの問題点が、ホームページの公表情報で見当がつきます。
工場を訪ねた際は、設備ではなく従業員の動き方を見ています。特にチェックしているのは歩き方ですね。他の従業員と違う動きをしている従業員は、ダラダラ歩いていたり、逆に走ったりしています。一方、効率的に作業をこなす従業員は、無駄なくスッと歩いています。
作業を改善する際、従業員には「しばらく社長には黙っていて」と言うこともあります。社長は今までのやり方が正しいと思って経営しているので、元に戻したがるんですね。なので、経営者にも「少しだけ我慢してほしい」と伝えています。
私が担当しているのは再生途上の企業が多く、設備投資の余力がありません。お金をかけず、やめてもいい作業を見つけるのが、最初の切り口です。
例えば、別々の場所にあるテーブルをくっつけるだけで、仕掛品をわざわざ台車に載せて(テーブル間を)運ぶ手間が無くなります。運ぶだけで製品が作れるわけではありません。だから、私は「運ぶな」と言っています。
作業場所が離れていれば、前工程と後工程の速度を合わせる必要が無いので、滞留や手持ちが発生します。単純にテーブルをくっつけるだけで、移動の手間が減り、無駄な山が無くなります。
わざと設備投資を止めることもあります。問題を解決しないまま設備投資をしても意味がありません。
例えば、物の移動を楽にするために自動運搬装置を導入しても、結局は空箱を戻すラインも必要になるので、中小企業には過大投資になりかねません。まずは生産工程で不要な作業を取り除いてから、機械化するべきでしょう。
委託加工で利益が出る仕組みに
ーー野添さんが再生に関わったなかで、生産性向上の参考になる事例を教えてください。
西日本の水産加工会社から、新工場の建設の相談を受けました。最初に設備メーカーから提案されたのは、かなり大きな冷蔵庫でしたが、出荷量から逆算して保管能力を細かく分析し、最適なサイズにして初期投資を抑えました。設備メーカーは大きめのサイズを提案しがちですが、経営者は投資が過大にならないようにセカンドオピニオンを求めることも必要です。
北海道で屋根材の板金加工を行う会社では、地域柄、夏場に仕事が集中し、冬場はほとんど注文が来ません。普通の暦通りの勤務カレンダーになっていましたので、夏場は休日出勤と長時間の時間外勤務が行われていました。
そこで1年間の変形労働時間制を採用し、生産量に比例した稼働カレンダーを作成しました。繁忙期は週6日稼働して1日の基準内労働時間を9時間に延ばし、冬場は週4日稼働で1日6時間に短縮しました。年間の労務費が激減したので、一部は従業員への賞与にしました。
同社は、屋根材の形状に合わせた加工機械を10台程度保有していましたが、一部の機械は経年劣化で、成型不良が頻発していました。成型不良品は廃棄損となり、再生産の材料費と人件費が必要となります。加工機械の修理代も無視できません。
ただ、同地区に同業者が3社いて、受注が重なると加工委託をしあう良好な関係にありました。各社とも加工機械については同様の悩みを抱えていたため、3社はそれぞれ劣化した加工機械を廃棄して、良品を作れる機械でお互いに委託加工しました。3社ともに利益が増える仕組みにできるよう助言しました。
インタビューに答える野添さん
手際の良い人に作業を合わせる
ーー労働生産性の向上には、従業員のスキルアップや負担軽減も欠かせません。経営者はどのように取り組めばいいのでしょうか。
多くの工場では生産工程が手順化されておらず、属人化しています。例えば、溶接作業では、人によって作業のスピードと仕上がりの品質が異なります。標準化された手順が無いため、教わる人によってやり方が異なり、伝わるたびにぐちゃぐちゃになっています。
不良品が出たときにどの作業に問題があるかが特定できず、生産速度や品質のコントロールなどの作業改善ができません。
生産性向上をめぐる失敗例もあります。ある工場では、4人で午後5時過ぎまで8時間を超えていた作業を、3人で午後3時までの6時間でできるようにしました。ただ、パート従業員が「労働時間が減って給料が下がったので、これでは生活できない」と辞めてしまったんです。スキルの高い方だったので、痛手でした。
一生懸命頑張って効率化した人の給料が下がってしまうというのは、どの会社にも起こりうるジレンマです。
ーーそうしたジレンマは、どうすれば解消できるのでしょうか。
私は従業員の首を切ることは勧めません。経営者は会社のあるべき姿を説明し、手際の良い人の作業にスピードを合わせてもらえばいいのです。だらだら仕事をしていた人は自然淘汰され、好ましい手際の人だけが残るので労働生産性は上がります。
物を作るときの手の動かし方は、人によって違いますが、私は従業員に「早い人と同じ手順にしてほしい」と話しています。もちろん、異常に早いという意味ではなく、普通の従業員なら追いつけるくらいのスピードの人です。
大きな工場だと、製造ラインの速度に合わせればいいのですが、中小企業の製造現場の工程ごとの従業員は多くありません。「この人の動きの通りに作業して」という方が効率的です。
これを続ければ、100人で作っていたのが、80人で作れるようになり、給与を上げても大丈夫という状況になります。
そして、良質の従業員がやめてしまわないために、最も大切なことは、一人ひとりの従業員との、日頃からの良好なコミュニケーションです。
既存のシステムを使い倒す
ーー労働生産性を高めるためのDXも、中小企業の課題になっています。
クライアントには「導入しているシステムをもう少し使いこなしてほしい」と話しています。
販売管理システムはあっても、単に請求書をペーパーレス化するために使っているケースも少なくありません。ただ、そのシステムを仕入れに応用すれば、生産計画や製造原価計算は半分くらいできるようになります。
会計システムも、税務申告のためだけに使っている会社も見受けられます。経営のために役立てていないんです。税務会計だけではなく管理会計を行い、どの製品が儲かっているか、どの取引が損しているかをはじき出さないといけません。
ある農機具メーカーは扱う部品数が膨大で、調達に課題を抱えていました。しかし、販売管理システムを応用することで、必要な部品の調達量を算出でき、製造原価の計算が楽になりました。毎晩残業していた担当者は「暇になりました」と喜んでいました。
データのセットアップに時間をかけたので一時的な労務コストはかかりましたが、パッケージソフトには投資しなくても、改善できました。既存のものを徹底的に使い倒せば、小さな投資で大きく成長することが可能です。
補助金不採択でもやり遂げる覚悟を
ーー設備投資やシステム導入などを後押しする中小企業向けの補助金は、メニューも豊富です。補助金活用のポイントを教えてください。
補助金は交付後に数年の報告義務があり、その間は仮に導入した設備が邪魔になっても捨てられないという問題があります。補助金で導入したのはいいものの、工場のど真ん中でほこりをかぶって鎮座している機械をたくさん見てきました。
補助金を検討する経営者には「仮に申請が採択されなくても、借金してでもやり遂げる覚悟があるものにだけ投資してほしい」と伝えています。
申請が通らなかったらやめる程度の安直なアイデアでは、従業員から「補助金が欲しいだけだったのか」と思われ、経営者は信用を失います。
再生企業こそ改善のチャンス
ーー作業効率を高めるために、後継ぎ経営者が果たすべき役割は何でしょうか。
スピードアップを図るというより、不要な作業、つまり「金食い虫は何か」を見つけることが大切です。
例えば、高速でどんどん作って最終工程で全数検査して不良品を見つけ出すのは非効率です。前工程のどこで発生しているのかが分かれば、検査数を減らしても確実に不良品を抑えられます。
リソースが限られる中小企業は「ここだけは手を抜いてはいけない」というポイントをはっきりさせることが肝心です。
ーー円安などに伴う原材料高、賃上げ、人手不足、物流費高騰など、中小企業経営は厳しさを増しています。荒波に立ち向かう後継ぎ経営者へのアドバイスをお願いします。
現場を見て、他より勝っている分野は何かを探してほしいと思います。「名の知れた企業に納品しているのが強み」と考える経営者もいますが、そういう会社は儲かっていません。もし「品質が高いから大手と取引できている」と思っていたら、他社よりも高く売れているか確認してください。
営業部門は安くても売り上げが立ちやすい仕事を取ってきがちですが、製造業はやはり技術力で勝負です。儲かる部門に経営資源を集中できるよう、生産コストの構造を整理する必要があります。経営資源を遊ばせている会社も多いので、まずはあるものを使い倒してほしいです。
再生が必要な企業は仕事が減っているからこそ、時間があるので改善に取り組むチャンスと言えます。そういう企業は、今までのやり方がだめというのがすでに立証されています。だからこそ、経営者が必死になって考えなければいけません。