経営には、価値ある商品・サービスを「つくる力」、それを必要とする人と「つなげる力」、環境変化に「もちこたえる力」の三つが必要と言われます。エコ建築考房の喜多さんは「つくる力」を社員に任せ、「つなげる力」と「もちこたえる力」に特化。年商は約5億円から約12億円に、社員数を10人から60人に伸ばしました。
創業者は喜多さんの義父・髙間利雄さんです。ハウスメーカーのトップセールスマンでしたが「100年住める健康的な家を作ろう」と、建築士と2人で1998年に立ち上げました。
一般的な住宅は壁の仕上げにビニールクロスを用いますが、エコ建築考房では自然素材の漆喰・珪藻土で仕上げています。建物には国産材を用いて、合板や集成材といった新建材は使いません。これによって、湿気が通り、結露や人体に悪影響のある化学物質の充満を抑えられるといいます。
ハウスメーカーの多くは工業化された部材を大量に生産し、組み上げて家をつくります。しかし、エコ建築考房では大工が昔ながらの手仕事で作り上げ、鴨居や階段も一本一本手作りです。
2016年の熊本地震を教訓に耐震性も強化。耐震等級3(消防署などの耐震性に相当)の住宅を無垢材で作るため研究を重ね、2018年、合板・ベニア・面材を一切使わず、国産の無垢材を利用した国内では珍しい耐震等級3の標準化を実現しました。
34歳で妻の家業に
京都市出身で野球少年の喜多さんは、強豪の京都外大西高校で白球を追いました。しかし大学進学後は、野球ばかりしていた反動でやりたいことが見つかりません。米国に留学し、ニューヨークの障がい者社会復帰センターでインターンを経験。帰国後も子どもたちの支援に関わり、笑顔を見ることに喜びを感じました。
卒業後、大阪の研究開発型化学メーカーの営業マンとしてトヨタグループを担当します。このころ、エコ建築考房の経理を務めていた髙間さんの長女絢子さんと出会い、2009年に結婚しました。
大学時代の経験から、エンドユーザーの喜ぶ顔を直接見られるBtoCが自分に合っていると感じ、義父からも「後継者に」と望まれ、34歳でエコ建築考房に入社しました。
2012年当時の写真(後列右から2人目が喜多さん)
「どんぶり勘定」を見える化で改善
エコ建築考房の住宅は、着工から引き渡しまで6~7カ月かかります。これは、一般的な住宅の1.5倍といいます。価格もその分高くなりますが、社員は「早く安く売りたい」とは考えていません。「健康的な暮らしが100年続く家」には工期がかかるからです。
顧客の10%が住宅のプロである同業者という数字が、品質の高さを証明しています。
エコ建築考房の施工現場
喜多さんが入社した時、社員数は10人でした。「仕組みや広報、PR力の不足が課題でした」。建築は素人の喜多さんは、高品質の住宅をどう世間に広げるかが仕事と思い定めます。
まず着目したのが「もちこたえる力」です。当時の自己資本比率は8%と低く、経営基盤は脆弱でした。
案件別や月次の損益管理ができておらず、期末に締めて初めて利益水準がわかるというどんぶり勘定でした。喜多さんは会計士の力を借り、案件別や月別の利益を「見える化」します。
すると上期終了時点で、目標利益に少し届かないことがわかりました。下期に工期が短いリフォーム案件を受注するといった工夫で、安定的に黒字を生む仕組みを作りました。現在の自己資本比率は50%超に上がっています。
住宅の単価を大手並みに引き上げ
資金の余力を作った後は、「つなげる力」の強化に動きました。
当時、エコ建築考房の住宅の平均価格は約2700万円。同規模の工務店より200万円ほど高く、価格ゆえに失注することもしばしばでした。
喜多さんの頭に浮かんだのは、「粗利益=数量×単価×利益率」という方程式です。粗利益を確保するには、数量、単価、利益率のいずれかを伸ばすことが必要です。多くの会社は数を伸ばし、単価や利益率はある程度下げる方法を取ります。
しかし、喜多さんは単価のアップを選びました。ターゲットを大手ハウスメーカーの顧客に定め直し、平均価格を大手並みの3500万円に引き上げたのです。大手の購入層は価格が高くても品質を評価し、一定の割合で購入につながるという狙いでした。
大手が並ぶ住宅展示場に進出
では、どうすれば大手ハウスメーカーの購入層とつながるのでしょうか。喜多さんは大胆な手を打ちます。それは、大手が居並ぶ住宅展示場にモデルハウスを建てるというものでした。
同業者からは口々に「失敗するぞ」と言われました。「ハウスメーカーの営業マンは強烈で、競合したら勝てない」というのが、その理由です。
それでも喜多さんはひるみません。全国の展示場を見て「このような家に本当に住みたいのだろうか」という疑問が浮かんだからです。
展示場は豪邸ばかりのイメージですが、庭や駐車場は全くありません。モデルハウスである以上、「人の暮らしに寄り添う提案でなければ」と考えました。
エコ建築考房が建てた創業以来初のモデルハウス
2016年、創業以来初のモデルハウスを、神宮東中日ハウジングセンター(名古屋市)にオープン。敷地は約80坪、建物は40坪という現実的なサイズの家を建てました。
その家は駐車場や庭を備える一方、のぼりや看板はありません。それでもオープン初日に成約が1件生まれました。喜多さんと社員による知恵と努力の賜物でした。
更地の段階からビラ配り
モデルハウス建設は数カ月かかりますが、家賃は展示場を借りた時点で発生します。家賃を無駄にしないため、喜多さんと社員は更地の段階から、モデルハウスのビラを来場者に配りました。
建設中も「家の中身が見られるのは当社だけ」とうたい文句に、 室内へと呼び込みます。
エコ建築考房が施工した住宅の内装
そうして、種をまき続けた成果がオープン初日に出た形です。翌2017年には売り上げ、利益ともに過去最高を更新しました。
「以前は地元の工務店と競合し、利益率が低い状況で契約するケースもありました。大手ハウスメーカーが中心の住宅展示場で、予算に余力のあるお客さまと出会い、利益率も改善しました。工業化された大手メーカーの家と、自然素材の手作りの家を同じ会場で比べてもらうことで、当社の魅力が広まりやすくなったと思います」
「つなげる力」も強くした喜多さんは2017年、2代目社長となりました。
展示場閉鎖でモデルハウス移築
神宮東中日ハウジングセンターは、2019年に閉鎖されました。ほとんどのハウスメーカーはモデルハウスを取り壊しました。それでも喜多さんはモデルハウスを壊さず、一宮市の本社の隣に移築しました。
「100年経っても住める家をゴミの山にするのは、エコ建築考房の仕事ではありません」
本社に移築したモデルハウス
モデルハウスを全てばらし、一つひとつのパーツを磨き上げて倉庫に保管。2021年に再オープンしました。現在は本社のほか、名古屋市と愛知県春日井市の住宅展示場の計3カ所にモデルハウスを出しています。
社員の5分の1が「お客さま」
実はエコ建築考房の社員のうち、5人に1人が「お客さま」でもあります。自分の家が気に入り「その良さを伝えたい」と就職を希望したのです。
そうした社員は単なるセールスマンではなくオーナーです。展示場の来場者に「私、オーナーなんです。この家が大好きで入社しました」と伝えることで親しみやすさを出し、成約へとつなげています。
また、社員の7割は職人、仕入れ先、顧客など関係者からの紹介で入社するため、ミスマッチも少ないといいます。
高品質の住宅を提案する「つなげる力」を高めました
「気づきの朝礼」で情報共有
喜多さんは売れる仕組みと同様に、働きやすい職場づくりを大切にしてきました。
社長就任後に取り入れたのが「気づきの朝礼」です。1人1~2分程度、仕事でもプライベートでも、気づいたことを伝え合っています。
喜多さんが始めた「気づきの朝礼」
例えば「ぺッドの具合が悪いので休みます」という社員がいても、同社では問題になりません。その社員にとってペットがどれだけ大切か、気づきの朝礼で理解しているからです。
朝礼で自分が発言した内容はドキュメントに書き込むため、誰が何を話したかをスマホやiPadで見られます。喜多さんも社員の状態を毎日把握し、コミュニケーションに生かしています。
雑談も混じえて、良好な人間関係を築くことで、業務上の問題をタイムリーにシェアし、解決法を一緒に考え、励まし合うことにつなげています。コミュニケーション力の強化が、人材育成やコンプライアンス順守という「もちこたえる力」を高めるのです。
「離職理由の多くは人間関係にあると言われます。各自の不安や悩みを理解し寛容になることが必要です。仲間だからこそプライベートのことも助け合う文化を大切にしています。そんな組織風土が、企業戦略や素晴らしい家づくりにつながると考えています」
「木の遊び場」を核に年3万人を集める
エコ建築考房の本社は、複合交流施設「econos」(えこのす)としても知られています。モデルハウスはもちろん、2022年にオープンした室内の遊び場「つなぐの森 ハリプー」が牽引しています。
本社敷地内に作った「econos」
ハリプーは木に囲まれた遊び場です。階段、スロープ、トンネル、動物をモチーフにしたオブジェなどを備え、子どもたちは何時間でも遊べます。
「社会問題になっている家族間の痛ましい事件を何とかしたい」という喜多さんの思いから、ハリプーは生まれました。
ハリプー単体での収益化は考えていません。木の空間が好きな人たちが集まれば、隣のモデルハウスにも興味を持ってくれる。そんな相乗効果で建築費は回収できると考えました。
木に囲まれた遊び場「ハリプー」
デザインを手がけたのは、金沢市で遊び場のプロデュース・設計・遊具施工を手がける「やまのおうち」です。 喜多さんの思いや木造住宅への愛情が、デザイナーの心を動かし、エコ建築考房の社員と一緒に設計・施工しました。
マルシェや子ども食堂も定期的に開催。モデルハウスは書道教室やベビーマッサージ教室などのセミナースペースとしても貸し出し、稼働率は80%にのぼります。銀行やコンサルティング会社などからの視察も相次いでいます。
地元テレビ局で取り上げられて知名度は広がり、えこのすの来場者は年間3万人に達しました。「モデルハウスの来場者数も急増し、契約につながるケースもしばしばあります」。
えこのすの子ども食堂やアート活動などでつながった人のうち、7人が入社。結果的に採用にもつながりました。
ベクトルを合わせて組織をまとめる
えこのすをまちづくりの中核にーー。それが、喜多さんの願いです。今後は社員食堂や多目的ホール、里山エリアなどを構想しています。
一宮市は名古屋市のベッドタウンですが、喜多さんは「寝るために帰るだけではなく、暮らしても楽しい『ベット&ライフタウン』にしたいです」と意気込みます。
「ハリプー」などの施設でまちづくりへの貢献も目指します
エコ建築考房はもともと「つくる力」に優れていました。2代目の喜多さんは、どんぶり勘定を排して「もちこたえる力」を高め、得られた利益を社員に還元したり、モデルハウスやえこのすの投資に充てたりして「つなげる力」を伸ばし、業績アップにつなげました。
そうした好循環を生み出すポイントは何でしょうか。
「社員が増える中でも、ベクトルを合わせて組織がまとまることが重要です。他社にはない家づくりをしながらお客さまに喜ばれ、時にはお客さまが同僚になって家づくりを広めることで、働くモチベーションが高まり、パフォーマンスも上がる。そのようなスパイラルが成長につながっていると思います」