目次

  1. テレビCMでおなじみの家業
  2. 進路は事業承継を意識
  3. 縮小しつつあるソース市場
  4. 「道満調味料研究所」で調味料の情報をデータベース化
  5. 効率を求める世の中での非効率
  6. 非効率を極めた「CLIMAX『神々の進化』」
  7. 日本のソースを海外へ

 イギリスから日本にウスターソースが伝わったのは、江戸時代後期だといわれています。オリバーソースは、醤油蔵の次男として生まれた道満さんの曽祖父が、1923年に自社製ソースの製造を開始したことから始まりました。

昭和に発売された「オリバーとんかつソース」

 その後、道満さんの祖父が社長を務めていた1948年に、サラサラのソースにとろみをつけた「オリバーとんかつソース」が発売されます。これが、肉料理のソースとしてだけでなくお好み焼きやたこ焼きのソースとして使われ始めたことで、「粉ものにソースをかけて食べる」文化が普及していきます。

 さらに、現在3代目の社長を務める道満さんの父が、野菜や果実、香辛料などウスターソースに使う原料の沈殿物が有効利用されていないの を「もったいない」と感じ、それらを活用する形で1993年に「どろソース」を発売。オリバーソースの看板となる商品を生み出します。関西を中心に広く知られる企業となった現在の社員数は52人、年商は約27億円です。

オリバーソースの看板商品となった「どろソース」

 「私が小学生の頃は、関西ローカルのテレビ番組でオリバーソースのCMが流れていました。家業が地元で広く知られていることは子供心にも誇らしく、将来は自分が父のあとを継いで、オリバーソースの4代目になるのだと心に決めていました」

 小学生の頃からオリバーソースを引き継ぐことを強く意識していた道満さんは、高校を卒業すると甲南大学に進学し、経営学を学びます。加えて大学時代は、語学留学のため、10カ月ほどアメリカ・ニューヨークに渡ったといいます。

 「語学を学んだのは、将来的に海外販路を開拓したいと考えていたためでした。オリバーソースの商品を海外で売るためには、自分自身が英語を習得する必要があると思ったんです」

 大学を卒業すると、埼玉県本庄市に本社を置き、オリバーソースとも縁が深いタカハシソースに入社。製造現場で、ケチャップやソースの作り方を一から学びます。

 「ソースは主に、砂糖と野菜、果実と塩、酢、香辛料などの原材料を窯に入れて作ります。タカハシソースでは、製造過程を現場でしっかり学びました。製造以外にも、味を決める開発部をはじめ、品質管理部など、いろいろな部署を回って勉強させてもらったんです。この時代に製造現場の忙しさや厳しさを知れたことは、のちにオリバーソースに入社したあともとても生きています」

兵庫県神戸市のオリバーソース本社ビル

 また、オリバーソースの認知度が、関西に比べると関東ではそこまで高くないと知れたことも、会社を客観的に見るいい機会になったと道満さんは話します。タカハシソースで製造現場を中心に2年間の修行を積んだあと、2010年、オリバーソースへ入社。製造部門に配属されます。

 オリバーソースは、調味料製造の99%をソースが占めています。道満さんが入社する前から、主力製品であるソースに頼ったこの経営体制を変えていかなければならないという声は、社内でも度々上がっていました。道満さんも、ソース以外にケチャップの製造も手掛けるタカハシソースでの仕事を経験したことで、この考えがより強くなっていったといいます。

オリバーソースの工場

 「ソース市場は、年々わずかながら縮小していっています。なんにでもドバドバとソースをかけて食べる人は減りましたし、ドレッシングや焼き肉のたれなど、調味料が多様化しています。他のソースメーカーもソース以外に目を向けている状況で、オリバーソースも調味料の定義の幅を広げていく必要があると思いました」

 ソースは、味のトレンドが大きく動くこともありません。このまま同じものを作り続け、縮小していく市場に対応できるのか。入社した道満さんは、早々に危機感を抱きます。

 主力製品をソースに頼った企業からの脱却を図り、ソースメーカーから総合調味料メーカーへと生まれ変わりたい。しかし、オリバーソースがドレッシングなどの商品をただ新しく作るだけでは、おそらく売れないだろうと道満さんは考えます。入社以来危機感を抱きつつ考えあぐねていましたが、そこで思い浮かんだのが「道満調味料研究所」構想でした。

 「まずは、ソースだけではない他のさまざまな調味料を一同に集めておいしさの秘訣や製造工程を研究し、商品の特徴、原材料、合う料理やシーンなどの情報をデータベース化したいと考えました。さらにそれらの調味料を、ECショップをオープンしてセレクトショップのように販売します。そして、研究と販売の中で得た情報や知見をもとに、自社でもソース以外の魅力的な調味料を作れないかと思ったんです」

 「道満調味料研究所」は、オリバーソースの前身の社名でもあります。初代社長が考えた社名を冠したこの構想は、2024年、兵庫県とみなと銀行によるアトツギに特化した新事業開発支援プログラム「HOJO」の対象として選出されました。

道満調味料研究所のInstagram

 「この構想に『道満調味料研究所』と名付けた理由は、自社製ソースの製造を始めた、創業時の曽祖父のベンチャー精神を見習いたいと思ったためです。ソース以外の調味料をただ作るのではなく、世の中にあるさまざまな調味料の情報をデータベース化することで、まだ世の中では大きく話題になっていない『かっこいい調味料』を発掘したり、その時代のトレンドに合わせた調味料を製造したりできるのではないかと思いました」

 道満さんは「道満調味料研究所」において、時間と手間暇をかけて作られた調味料に、よりフォーカスしていくつもりだといいます。

 「たとえば、満潮のときにくみ上げた海水だけを使って製塩している塩は、味が複雑でおいしいんです。調べてみると、満潮のときにくみ上げた海水はミネラル分が豊富で、栄養価も高いことがわかりました。効率化が求められる世の中ではありますが、昔ならではの製法にこだわっていたり、あえて効率化していないことに意味があったりもします。そういった『かっこいい調味料』に注目していきたいと思っているんです」

 「道満調味料研究所」はフェーズ1として、さまざまな調味料の研究を始めています。

卵かけご飯に合う醤油を研究しています

 「卵かけご飯にもっとも合う醤油、サラダにもっとも合うドレッシングはどれかと、食べ比べてデータベースを作っています。我々がおいしいと思ったものの中には、SNSなどで話題になった調味料のほか、ほとんど話題になっておらず、世の中に知られていない調味料も数多くありました。こういった調味料を、『道満調味料研究所』が発掘していきたいと考えているんです」

 オリバーソースは、1995年1月17日に発生した阪神淡路大震災で甚大な被害を受けました。以来復興のシンボルとして、毎年1月17日に仕込み3年後にボトリングするウスターソースを販売していましたが、これを震災から30年のタイミングである2025年にフルリニューアルします。

 「CLIMAX『神々による進化』は、現在の私たちが考える最高品質のソースです。税込で3240円と高額ですが、その理由は、毎年1月17日から3年間熟成させるという、まさしく『道満調味料研究所』がフォーカスしていきたい、非効率ながらも伝統的な方法で製造しているから。コモディティ化によりパイの食い合いをしているソースマーケットとは離れて、価値創造型の高付加価値商品として販売するチャレンジです」

3年熟成ウスターソース CLIMAX「神々による進化」

 フルリニューアル版は、ソースの「熟成」により焦点を当てました。ソースがおいしく熟成するまでに至る変数や因子は、とても多く複雑であると道満さんはいいます。

 「『神々による進化』という商品名の由来は、ソースがおいしくなるまでに、まるで神様が原材料たちを進化させているように見えることからです。海外のお客様にも、日本の神道やアニミズム的な思想に魅力を感じてもらえるような商品名になっていると思います」

 江戸時代後期に、イギリスから日本に伝わったウスターソースから始まったといわれている日本のソース。始まりは外国由来ですが、その後国内で独自の進化を遂げ、現在日本で流通しているとんかつソースや中濃ソースは、イギリスから伝わったものとは似て非なるものであると道満さんはいいます。

 「海外販路を開拓したい理由は、国内市場が縮小しているからだけではありません。この日本独自の進化を遂げたソースを海外に輸出し、世界中の人に食べてもらいたいという思いがあるんです」

 道満さんは挑戦を続けます。