目次

  1. 移動時間が労働時間に含まれないのはおかしいのか
    1. 労働時間の定義
    2. 移動時間に該当するもの
  2. 移動時間が労働時間に該当する具体的なケース
    1. 所定労働時間内に移動するケース
    2. 移動中に業務指示があるケース
  3. 移動時間が労働時間に該当しない具体的なケース
    1. 自由時間が確保されているケース
    2. 業務指示にすぐ対応しなくてもよいケース
  4. 移動時間を労働時間として正しく管理する方法
    1. 業務内容を適切に把握する
    2. 移動手段やルートを指定する
    3. タイムカードや勤怠記録を適切に運用する
  5. 移動時間と労働時間に関するトラブルを防止するポイント
    1. 社内規程を見直す
    2. 従業員と前向きなコミュニケーションを図る
    3. 管理職に教育を行う
    4. 未払い分があった場合は支払う
  6. 移動時間と労働時間に関して困ったときの相談先
  7. 移動時間と労働時間の関係を正しく把握しよう

 従業員を雇用している経営者から、「移動時間が労働時間に含まれないのはおかしいと従業員に言われてしまった」という声をしばしば聞きます。そうかもしれないと悩む経営者も少なくありませんが、すべての移動時間が労働時間に含まれるわけではありません。それでは、労働時間に含まれるかどうかの判断基準とは何でしょうか。

 まず、労働基準法には、労働時間の定義は明確に定められていません。

 裁判例では、移動時間が労働時間に該当するかは、使用者の指揮命令下に置かれたものであったかどうかで判断され、労働契約や就業規則、労働協約などにより決まるものではないとされています(参照:最高裁判所 平成12年3月9日 第一小法廷判決 集民197号75頁丨裁判所)。

 また、厚生労働省の定めたガイドラインには、労働時間とは使用者の指揮命令下に置かれている時間のことで、使用者の指示によって労働者が業務に従事する時間は、労働時間に当たると記載されています(参照:労働時間の適正な把握のために使用者が講ずべき措置に関するガイドライン p.1丨厚生労働省)。

 つまり、移動時間が労働時間に含まれるかどうかは「使用者の指揮命令下に置かれていたかどうか」が基準となり、個別具体的に判断されます。

 業務上発生する移動時間の代表例は、以下の通りです。

  • 会社と自宅を往復する通勤時間
  • 出張に伴う中長距離の移動時間
  • 取引先などに直行直帰する場合の移動時間

 これらの移動時間は「労働時間」に含まれるでしょうか。「使用者の指揮命令下に置かれていたかどうか」という判断基準に当てはめて、確認をしていきましょう。

 「使用者の指揮命令下に置かれていたかどうか」が判断基準ですので、移動中に業務の指示を受けていたのか、業務に従事していたのかがポイントとなります。

 所定労働時間とは、会社と従業員が働く約束をしている時間であり、原則、使用者の指揮命令下に置かれています。よって、下記のような所定労働時間内の移動は、労働時間に含まれます。

  • 始業時間8時に会社に出社した後、9時に訪問の約束をしている取引先(A社)を訪問するために会社の指示で移動する
  • A社訪問後、11時に打ち合わせの約束をしているB社を訪問するために移動する
  • B社訪問後、14時からの社内会議に間に合うように移動する

 同じ日に複数の取引先を訪問するような場合、各訪問先間の移動も労働時間として扱われます。

 下記のような、移動中に会社の指示で業務を行う、または移動自体が業務にあたる場合には、移動時間が労働時間に含まれる可能性が高くなります。

  • 上司と商談の打ち合わせをしながら、直行先に移動する
  • 会社の指示でメールチェックや資料作成をしながら出張先に移動する
  • 自宅から取引先に直行する際、会社の指示で、経路上にある他の社員の自宅に寄り、同乗させ移動する
  • 顧客に渡す重要な物品を管理、運搬をしながら出張先に移動する

 移動時間のすべてが労働時間に含まれるわけではありません。判断のポイントとなるのは「移動時間を自由に使えるかどうか」です。

 移動時間が労働時間には該当しないものの代表例は「通勤時間」です。自宅から会社への移動時間や勤務終了後の帰宅のための移動時間は、読書をしたりスマートフォンでゲームをしたりと従業員が自由に時間を使うことができるため、一般的に労働時間には含まれません。

 また、取引先訪問に伴う直行直帰、出張に伴う移動も同様です。移動手段を会社から具体的に指示されておらず、移動時間を自由に使えるのであれば、労働時間には該当しません。

 裁判例でも「出張の際の往復に要する時間は、労働者が日常の出勤に費やす時間と同一性質である」とし、「(出張時の往復に要する)所要時間は労働時間に算入されない」としています(参照:横浜地裁 昭和49年1月26日決定丨裁判所)。

 移動中に業務指示がある場合は労働時間に含まれる可能性が高いですが、下記のようなケースではどうでしょうか。

  • 上司から「明日の会議用資料の準備」をするよう業務の指示が移動中にあったが、対応は急ぎではない
  • 業務指示のメールが移動中に届いたが、確認のみに留め、移動後に返信する

 このようなケースであれば、移動時間中の業務を命じられたわけではなく、業務を行う必要はないので労働時間に該当しないとされる可能性が高まります。

 具体例で確認したように、出張に伴う移動時間でも労働時間に含まれる場合と含まれない場合があり、その判断は移動時間ごとの実態に応じて分かれます。業務指示はあったのか 、移動中に業務に従事していたかどうか、移動時間中は自由だったかなど、判断のポイントの記録を残しておく必要があります。

 業務内容や移動の目的を把握しておくために、各従業員のスケジュール管理が必要となります。取引先とのアポイントの時間や打ち合わせに要する時間のスケジュール登録、同行者の氏名を記録しておきます。

 また、上司は部下が登録したスケジュールを確認し、出張や直行直帰に伴う移動では自由な時間を過ごせるように、移動中の部下に過剰な業務指示を行わないようにしましょう。もし、移動中の業務を命じるのであれば、移動時間も労働時間に含め、給与を支払う必要があります。

 移動時間を労働時間に含めるのであれば、移動を社有車に限定したり、会社に資料を取りに来てから取引先に向かうように指示したりするなど、移動手段やルートを指定しておくと、移動時間の把握と管理がしやすくなります。また、移動にかかるコスト(交通費)のコントロールを会社ができるので、経費削減にもつながります。

 一方、移動手段やルートを指定することで、渋滞や電車の遅延などの突発的なトラブルへの対応がしにくくなります。基本的なルールを設けたうえで、状況に応じて例外も認めるような柔軟性を持たせるといいでしょう。

 移動時間が労働時間に含まれるかどうかの判断においては、適切な記録が重要となります。直行直帰や出張の場合でも勤怠管理システムを使用することで、始業・終業時刻を正しく記録できます。また、GPS打刻で勤怠管理を行うと「どこで」出退勤をしたかを位置情報に基づいて正確に把握できるため、直行直帰が多い営業や、建設業のように現場で業務する従業員が多い会社におすすめです。

 移動時間の取り扱いにおいて、以下の点を注意することでトラブルを防げます。

 就業規則や個別の労働契約などに移動時間の取り扱いを明記しましょう。例えば「通勤時間は労働時間に含まない」や「出張に伴う移動中は、原則業務を行わないものとし、労働時間に含めない」と記載します。

 業務上発生する移動時間について具体的に記載することで、労使間の認識の違いを防げます。さらに、従業員や各部署の意見を聞いたうえで見直しをすれば、より誤解が生じにくい規程となります。

 見直した規程の内容や、移動時間が労働時間として認められる条件を説明し、労働者に理解してもらうことが重要です。出張に伴う移動は労働時間に含めないとすると、出張が多い部署と少ない部署では不公平感が生まれる恐れがあります。そういった場合は、不公平感解消のために、出張時に手当を支給するなどの工夫が必要です。

 せっかく規程の見直しを行い、社内ルールを整備したとしても、管理職の理解が足りなければ正しい運用ができません。管理職に対して、労働時間の定義や移動時間の扱いに関する正しい知識を教育し、現場でのトラブルを最小限に抑えます。

 従業員が労働基準監督署などに相談すると、労働時間に含まれる移動時間に対して給与が支払われていないとして、未払い賃金を指摘される可能性があります。明らかに労働時間に含まれるはずの移動時間に対して給与を支払っていなかった場合には、未払い額を算出し支払うなど、迅速に対応しましょう。

 移動時間や労働時間に関して、「このようなケースでは、労働時間に含まれるか?」「従業員から移動時間について質問を受けたが、どのように回答したらいいかわからない」などの困りごとが出てきたら、専門家に相談することをおすすめします。

 移動時間が労働時間に含まれるかどうか、または移動時間に関する労務管理方法を知りたいときは社会保険労務士、従業員から未払い賃金の請求があり訴訟となる可能性がある場合は弁護士が適切な相談先となります。

 未払賃金の請求は突然訪れます。自社の規程や取り扱いについて不安がある場合は、早めに相談してください。

 移動時間が労働時間に含まれるかどうかは、「使用者の指揮命令下に置かれていたかどうか」によって判断されます。適切な労務管理を行い、トラブルを防止するためには、就業規則の整備や正確な勤怠記録、労働者とのコミュニケーションが不可欠です。

 従業員の関心も高い重要な問題であるため、裁判例や厚生労働省のガイドラインを参考にしながら、対応を進めていくことが求められます。