三方よしとは?企業にもたらすメリットや実践する思考プロセスを解説
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江戸時代に生まれたと言われる「三方よし」は、古くて新しい概念であるといえます。この記事では、三方よしが現代でも通用する概念なのか、実践することで企業にもたらすメリットはどのようなものがあるのかを、掘り下げながら解説します。
江戸時代に生まれたと言われる「三方よし」は、古くて新しい概念であるといえます。この記事では、三方よしが現代でも通用する概念なのか、実践することで企業にもたらすメリットはどのようなものがあるのかを、掘り下げながら解説します。
目次
三方よしは「さんぽうよし」もしくは「さんぼうよし」と読み、「売り手によし、買い手によし、世間によし」という近江商人の経営哲学として古くから親しまれているとともに、現代でも多くの経営者や企業の目指す指針となっている考え方です。
SDGs(持続可能な開発目標)やウェルビーイング(Well-being:身体的、精神的、社会的に良好で満たされた状態)などにもつながっていく理念であることを、この記事の中で掘り下げながら考えていきたいと思います。
売り手とは現代のビジネスで考えると、商品やサービスを提供する企業側とみることができるでしょう。慈善事業やボランティアとは異なり、ビジネスとして成り立つためには企業側、すなわち売り手にとってメリットがなければなりません。売り手にとって利益が得られることは、ビジネスを継続していくために不可欠な要件です。
ただし、会社としては多額の利益を計上していても、従業員に過重労働や低賃金を強いていては、従業員のモチベーションが下がり、作業効率や安全性も低下してしまいます。ひいては商品やサービスの質にも影響が出てしまうため、企業の安定的な継続は望めないでしょう。
そのため「売り手によし」には、単に利益を生んでいるだけでなく、企業で働く従業員が幸せだと感じられる十分な報酬や就労環境を整えていて、株主に対しても満足できる配当や企業の成長を感じさせていること、さらには、ステークホルダー全員へ貢献していることまでを含めるべきかもしれません。
買い手とは、商品やサービスを購入してくれる消費者や取引相手、いわゆる顧客です。ビジネスが成立する条件は、顧客が満足しているからであるといえます。顧客が満足する条件は、もちろん単に価格が安いからというケースもあるかもしれませんが、多くの場合、顧客は単に価格だけではなく品質と価格のバランスをみているのではないかと思います。
例えば、100円ショップと300円ショップの双方が成立している環境は、100円で納得できる商品と300円でより高い満足を得たい商品において、顧客が無意識のうちに選別しているからだといえるでしょう。
顧客の満足を引き出すためには、売り手は商品・サービスの特性を研ぎ澄ませ、品質に比してメリットがあると感じてもらえる価格を設定し、手に入れやすい販売ルートを検討し、顧客に知ってもらうための広告宣伝の努力をする。いわゆる「4P:Product(商品)・Price(価格)・Place(販路)・Promotion(広告宣伝)」というマーケティングの根幹を確かめながら、買い手の満足度を上げていく必要があるでしょう。
世間とは、企業を取り巻く社会全体を示します。売り手である企業と買い手である顧客の間は良好な関係ができていても、世の中にとってよくないものは長続きしません。
さまざまな企業が、企業理念になんらかの形での社会貢献を謳っています。これには、企業が社会(世間)をよくする存在でありたいという思いが基盤にあるといえるでしょう。
売り手によく、買い手によいだけではなく、世間にもよい影響を与え、世の中を豊かに循環させていく仕組みのひとつになれることこそが企業の存在意義であり、商売を成功に導くカギなのではないでしょうか。
三方よしの起源は近江商人であるとされています。近江商人とは近江地方(現在の滋賀県)を拠点として全国に行商で商売をしていた商人の総称です。頭に菅笠(すげがさ)をかぶり、縞の合羽を羽織って、天秤棒を担いだスタイルで江戸から明治に至る時代で活躍した商人集団です。
近江商人には天秤棒1本から財を築き、豪商と呼ばれるまでに発展していく者もいました。地元関西の商品を全国へ売り歩くとともに、地方のめずらしい産品を関西へ持ち帰ることもあり、各地の需要や価格差の情報をベースに全国的な商品の流通を行い、日本経済の発展の基礎の一端を担った、今でいう商社のような存在といえます。
この近江商人の教えのひとつとして、商売において売り手と買い手が満足するのは当然のことだが、社会に貢献できてこそよい商売であるという「三方よし」が知られるようになりました。近江商人の経営哲学をわかりやすく一言で表現したものだと感じます。
現代の私たちは経済発展の恩恵を受けて、豊かな生活を送っています。お金さえ払えば何の苦労もなく空腹を満たすことができ、夏は涼しい冷房・冬は暖かな暖房がある環境は当たり前で、自動車を運転すればどこへでも移動できます。
その一方で、豊かな生活を維持するためにさまざまな歪みが生まれています。例えば、工場や家庭で排出される温室効果ガスの増大は、このままでは世界の破綻を予測できるまでの甚大な影響をおよぼしています。
売り手と買い手の満足にとどまらず、世間にもよい行動を起こさなければ、私たちの生活というよりも人類の生存が脅かされる状況となってきているのです。そのような状況下、三方よしの考え方がいかに注目されているのかを考えてみたいと思います。
SDGsは貧困や飢餓、気候変動、環境問題、世界平和などさまざまな問題に取り組み、すべての人々が安全で安心できる世界を実現しようとする国際目標です。
18世紀後半の産業革命以降、手作業を機械に代える圧倒的な生産性の向上を背景に、世界中の人たちは大量生産された商品を使い捨てる便利な生活スタイルが主流となりました。現代でも、「持ち運びに便利なペットボトル」「どこの商店でも提供している無料のレジ袋」「商品をプラスチック包装材で輸送時の衝撃を受けない仕組みで、さらにフィルムで包装されている」といったことが当たり前の時代でした。
しかし世界的にみると、商品を安く提供するために、生産地では子どもたちを含めて厳しい環境での労働が強いられ飢餓で苦しむ人たちがいる一方で、先進国では大量の食品ロスを発生させる不平等な環境を生み出しています。いまの私たちにとって便利な経済環境は、世間によしという状況ではありません。
持てる者(先進地域・消費者)には便利な状況ですが、持たない者(発展途上地域・生産地域)にしわ寄せがおよぶ、さらには環境への悪影響を見て見ぬふりをするような、かなり歪んだ状況ではないかと思います。この状況では、いつか地球環境は破綻し、持続的な成長は望めなくなる日がすぐそこに来ている。その反省から生まれた概念がSDGsだといえます。
売り手にも買い手にも世間にもよい三方よしの概念はSDGsの根幹であるといえますし、企業を取り巻くステークホルダーは世間を細分化したものであるとも考えられます。
世間によいことを究極的に発展させていくと、三方よしの概念はSDGsにたどり着きます。地球上のすべての人々にウェルビーイングがもたらされ、誰一人取り残さないという状態こそが、究極の世間によしだと言い換えることができるでしょう。
現代では、さまざまな概念で企業の進むべき方向性が議論されています。
SDGs(Sustainable Development Goals:持続可能な開発目標) | 2030年に向けて世界が合意した、持続可能な開発のための17の目標 |
CSR(Corporate Social Responsibility:企業の社会的責任) | 企業が利益を追求するだけでなく、環境保護や社会貢献など、さまざまな社会的責任を果たすべきという考え方 |
CSV(Creating Shared Value:共有価値の創造) | 企業の事業活動を通じて、経済的価値と社会的価値の両立を目指す経営概念 |
ESG(Environment〈環境〉, Social〈社会〉, Governance〈企業統治〉:環境、社会、企業統治を考慮した経営や投資) | 企業の持続的発展のために環境や社会への配慮および企業統治の向上を目指すというもの、あるいはそれらを実現している企業に対して投資を行おうとする考え方 |
三方よしはこれらの考えをシンプルに説明したものであるともいえます。三方よしに取り組むことが企業にもたらすメリットを考えてみましょう。
三方よしに取り組むことは、企業に求められる社会的責任の第一歩を踏み出すことだといえます。その結果、企業としてのブランド価値が高まり、顧客や社会からの信頼を得るに至るということは、お金を出しても買えない強力な経営資源を保有することになります。
極めてシンプルでわかりやすい三方よしの実践から始めることにより、社会が求めるさまざまな概念に自社が合致できているかを一歩ずつ確認しながら進めます。世間によいことを正しく実践していけば、SDGsウォッシュのように、実際には取り組めていないにもかかわらず、取り組めているように見せかける必要もなく、企業の信頼を損なう懸念もないでしょう。
三方よしの実践は、世間によいことに踏み出していくことです。企業は社会とそれを構成する人々に貢献するために在ります。社会と人々の役に立てることこそが、企業の存在価値であると言い換えることもでき、多くの企業が理念に掲げている「社会貢献」につながっているといえるでしょう。
また、自社の事業そのものが社会の役に立っている、社会貢献につながっているということは、そこで働く従業員に対してもよい影響を生み出していきます。
三方よしを実践することが社会のために貢献する仕事につながり、社会のためになる仕事をしている従業員は、やりがいや幸せを感じているでしょう。米国で幸福についての研究を続けているショーン・エイカーは、「幸福感の高い社員はそうでない社員と比べ、創造性、生産性、売上が3割以上高く、欠勤率、離職率さらには業務上の事故率も極めて低い」と述べています。
なぜ幸福感の高い人は生産性も高いのか。それは、幸せを感じる人は自らよりよい方向を考え、楽しみながら仕事に集中できるからだと考えます。幸せな気持ちを抱き、わくわくしながら行う仕事は楽しくて、もっとよくするにはどうすればよいだろうかと考え、その商品を手にする人のことを想いながら働きます。さぼったり、離職したりせず、集中して仕事に取り組むため、事故につながるような他のことに意識が向くといった状況には至りません。
やらされている作業の結果作られる商品が多い中で、このように幸せを感じている人が創る商品が売れていくのは当然の帰結だと感じます。
ビジネスの成功とはなんでしょうか。大きな利益や世の中での知名度など、さまざまな要素が考えられますが、筆者は「事業が継続できていること」ではないかと思います。
大きな利益を上げながらも、あっという間に消えていく企業は少なくありません。継続できないのはお客様にずっと愛されるものではなかったということで、成功とはいえません。一方、小さくて無名な商店でも長年継続できているのは、ビジネスとして大成功しているといえるのではないかと考えます。お客様に愛され続けている結果だからです。
「三方よし」はまさに事業を継続するために重要な考え方といえます。では、具体的にどのようなことを考えればいいのでしょうか。
会社は何のために存在するかを考えることによって、進むべき方向性を見つけられます。会社の存在意義とは、まさに企業理念で謳われるべきことです。格好よく言うと、会社というものは「誰かに幸せを届ける」ために存在するのだと考えます。
誰かの役に立つこと、社会の役に立つこと、それらはすなわち「社会貢献」なのです。誰かに喜んでもらう・誰かに幸せになってもらう、私たちはそのために仕事をするし、そのために仕事をする人の集合体としての会社が存在すべきだと思っています。
商品やサービスを購入してよかった、幸せだと感じてもらえるから、お客様がリピートしてくれる、お客様が増えていってくれる、企業が存続するのはその結果であると考えます。私たちの商品・サービスはどんな幸せをお客様に届けられるのかを商品開発の段階からしっかりと考える必要があるでしょう。
大きな利益をもたらしてくれる商品も、一瞬で忘れ去られてしまえば私たちの届ける価値はそれだけのものだったと考えざるを得ません。長く継続して愛してもらえるような商品やサービスを届けられれば、ビジネス自体も長く続くこととなり、成功といえるのではないかと考えます。
常に三方よしであるように考えるには、自分の利益を重視するだけでなく、他人の利益を気遣う「利他の心」を忘れないことが大切です。社会にも、世界にも、未来にもよいと思えるような商品・サービスを開発していくことを考えるようにすれば、それは必ずSDGsの考え方にも合致するはずです。行動指針を三方よしであるとしておけば、無理なく自然と正しい方向に向くことができるわけです。
無理なく、当たり前にやっていることが世界や未来の貢献につながっていれば、それは素晴らしいことだと感じられるでしょう。簡単でシンプルな三方よしを常に意識することで自然と未来に貢献できるようになる、これは企業としての理想でもあるのではないでしょうか。
日本には、三方よしを経営の基盤としている企業や、三方よしを心の支えとしている名経営者も多くいます。ここでは、代表的なものをいくつか紹介します。
伊藤忠商事は、創業者である伊藤忠兵衛がまさに近江商人であり、企業理念として「三方よし」を謳っています。自社の利益のみならず、取引先、株主、社員を始め周囲のさまざまなステークホルダーの期待に応え、結果として社会課題の解決に貢献したいとホームページにも明記されています。
同社は、「三方よしはサステナビリティの源流」とも述べており、日本を代表する総合商社を支える哲学となっています。
自らの商いにおける行動を自発的に考える幾多の使命を持つ商人を多く抱える同社が、同社の強みである個の力を発揮することで、売り手にも買い手にも世間にもよい商いを、よりよい未来に向けて進めていこうとしているのです。
サントリーの価値観のひとつに「利益三分主義」があります。事業活動で得たものは自社の再投資にとどまらず、お客様へのサービスや社会に還元することと説明されており、まさに三方よしの考え方が企業の根幹となっています。「やってみなはれ」の精神で失敗を恐れずに新しい挑戦を続け、人として、企業として、社会のために成長し、また成長し続けることで社会をよくする力を大きくしていくことも同社の価値観として謳われています。
「水と生きる」がサントリーのキャッチフレーズですが、人にとって欠くことのできない水を象徴して、社会にとってのかけがえのない水になっていこうとしているのかもしれません。
松下幸之助は「より豊かなくらしをおくりたい」という人々の願いを満たしていくところに、企業の役割や使命があると考えました。企業は経営者や企業自体のために存在するのではなく、「社会の公器」として人材・資金・物資などはすべて社会から預かったものであり、預かった資源を使って活動する以上、その活動から生み出したプラスで社会に貢献しなければならないと語っています。
買い手であるお客様に喜んでもらえる家電製品で売り手としての利益を得ながらも、社会の公器として、世間によいことを実践していこうという三方よしの精神が、松下幸之助という名経営者の考えに根差しています。
新一万円札や大河ドラマでおなじみの渋沢栄一は、明治時代の資本主義のリーダーであり、政財界を牽引する人物です。晩年にはビジネスや政治からは徐々に身を引いていき、その代わりに福祉に力を入れるようになったことでも知られています。
著書『論語と算盤』は道徳と経済の両立を説いた渋沢の思索の集大成です。その中で、道徳と経済は一見相矛盾した関係だが、両立させることで新しい価値を生み出せると述べています。また、正しい道理の富でなければ、その富は完全に永続することはできないという道徳経済合一説を説いています。この考え方はまさに売り手によく、買い手にもよくさらに世間にもよい三方よしの考え方そのものの体現であるといえます。
自社の利益のみを考える企業は少なくありません。企業は利益を追求するためにあると言い切る経営者が多いのも事実です。しかし、経営者が自己の利益や保身に走ると、企業全体がブラックに染まってしまいます。
「お金をもらう仕事はつらいに決まっている」と話す人もいます。一方で、楽しくやりがいをもって日々の仕事に取り組んでいる人たちもたくさんいます。三方よしの理念をもった経営者の下では、従業員も幸福感を感じながら仕事に取り組めるでしょう。
そうなれば、ショーン・エイカーが説くように、創造性、生産性、売上が高く、欠勤率、離職率、業務上の事故率が低い状態が生まれる。大胆に言い換えれば、経営者が三方よしの状態を実現できれば、幸福感を持った従業員が自らユニークな創造性で高い生産性と売上を上げる、すなわち売上と利益が自然と後からついてくるような素晴らしい状態が生まれることになります。これもまた決してお金では買えない貴重な経営資源なのです。
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