目次

  1. 社長のやる気だけでは限界が来る
  2. ノルマを課さない「社員主導」の営業
  3. 会社主導の5Sをやめてから
  4. 「社員主導」の製造現場で生まれた「KISEKI:」
  5. 正社員率は100%

 福田刃物工業は、1896年に福田吉蔵さんが福田製作所を創業し、日本で初めてのポケットナイフを制作したことから始まりました。

 1921年に日本で初めて紙断裁包丁の製造に成功すると、それからは工業用機械刃物に事業転換しました。現在は、紙、木工、半導体製造装置向け部品など、1万5000種類以上のあらゆる刃物を作っています。社員数は161人です。

福田刃物工業は、明治創業。日本初のポケットナイフを作りました

 福田さんは、高校中退後、アメリカの高校へ留学。現地では「生徒による学校運営」が行われ、日本とはまったく違う考え方の学校のあり方に衝撃を受けたといいます。この留学時の体験が、福田さんの経営の原点となりました。そのままアメリカのボストンカレッジに進学し、卒業後は帰国してNECに入社。さらに5年の社会人経験を経て1997年、福田刃物工業に入社しました。

 入社時、福田さんは、社内が整理整頓されていないことに驚いたといいます。そこで、まずは整理整頓をして会社を整えることから始めようと、会社主導で5S(整理、整頓、清掃、清潔、しつけ)と、製品およびマネジメントシステムの国際規格を制定するISO取得を進めていきました。

 「5Sの徹底とISO取得で社内は整っていきましたが、当時は会社主導で社員を動かそうとしていました。社員のモチベーションは低いまま、会社の体質そのものは大きく変わっていませんでした」と福田さんは振り返ります。

 そんな福田さんの考えに大きな影響を与えたのは未来工業の創業者の山田昭男さんとの出会いでした。

 「『中小企業に大切なことは差別化と社員のやる気だぞ』と言われました。社長がやる気を出しているだけではいつか限界が来ると、考えを改めたんです」

2024年、幻冬舎から『利益を生み出す「放任主義経営」 刃物メーカー5代目の経営戦略』を出版した福田さん

 社長がやる気を出しているだけではいつか限界が来る。そう考えた福田さんは、2013年に5代目社長に就任してから、社員主導の経営に切り替えました。まずは、会社が強いる形で実施していた5Sをやめ、社員の自主性に任せることにしました。

 そして、これまでは代理店に多くを任せていた営業を自社でやるようにし、10人程度だった営業担当者を、30人ほどに増やしました。

広々とした空間のオフィスはきれいに整っています

 営業も、「社員主導」の考えは同じです。福田さんは、営業において一番大切なことは「ノルマを課さない」ことだと語ります。

 「自由にできることが営業担当者にとっては一番いいんです。ノルマを課さず、営業をかける企業はどこでもいい。場所も業種も問わず、自由に営業をかけてもらうようにしています」

 福田刃物工業は新規顧客を毎年300件以上更新しています。それが大きな売り上げの伸びにつながっているといいます。

 「新規顧客が300件ということは1万を超える営業をかけているということです。遠方に営業に行って契約が取れなくてもいいんです。『あんな遠いところまで行ってくれてありがとう』と、営業担当にはそれだけ伝えます。契約が取れなかったときに『新幹線代がもったいない』などと目先の利益だけを考えて声かけすると、社員はやる気を失ってしまいます」

 交通費、出張費、ホテル代などは社員が決めた通りに会社が提供し、自由に営業に駆け回れるような環境を整えます。

 ノルマや会社の方針がないと結果が出せないのではという周囲の人からの疑問に、福田さんはこう答えます。

 「営業マンは基本的に営業が好きです。子ども時代に好きなものに夢中になっているのと似ています。当社の社員は力のある人ばかりなので、彼らが力を自由に発揮できる環境を整えています」

 実際、営業部の担当者からは、「何をやってもいいところが気に入っている」「縛られないことでやりがいを感じられる」という声が上がっているといいます。

 「会社の方針や経営理念にあたる部分も、社員の考えに任せています。中途で入社した社員たちからは、最初は驚かれます。しかし、基本的な判断は最前線で仕事をしている人がするのが一番いいんです」

 こうして、ノルマも朝礼も営業日誌もなくなりましたが、売り上げは毎年成長し、福田さんが社長に就任した当初の10億円から38億円へと伸びました。

インパクトのあるカラーが印象的な会議室

 福田さんは、工場やオフィスの塗り替え、建て替えを積極的に進めています。赤や青など原色を使った広々としたオフィスは会社主導の5Sをやめてからもきれいな状態に保たれています。

 「今は年間約2000人が会社に見学に来てくれます。訪れる人を、いつでもふさわしい状態で迎えられるようにしています」

 訪問者がある日はウェルカムボードを用意し、いつでも快く受け入れる体制が整えられています。

ウェルカムボードで取材を迎えてくれました
「KISEKI:」は2024年、5億円分の受注がありました

 製造も現場に任せたことで、「よく切れる」「切れ味が続く」を両立した、福田刃物工業の看板商品である超硬合金包丁「KISEKI:」が誕生しました。「包丁だけは昭和から変わっていない。どうせなら今の世の中にないものを作ろう」と、弟の福田恵介さん主導で開発を進めました。

 恵介さんは不二越とトヨタを経た技術者。同社が持つ機械刃物技術を、消費者向けの商品へ応用し、開発を進めました。

 ダイヤモンドに次ぐ硬さといわれる超硬合金の包丁「KISEKI:」は2023年、ステンレスでも鋼でもセラミックでもない新しい包丁として、三徳包丁、ペティナイフを販売しました。

 「量産する技術を確立するため、成分の配合から考えました。品質のバラつきを限りなくゼロに近づけ、誤差を1000分の1ミリ以内にまで抑えた、厚さ1.2mmの軽い製品です。手の木工部分も自社開発です」

 食材の切断面は組織の傷みを減らし、うまみや水分の流出を抑えるよう開発。第三者機関の検査でも、にんじんは甘く、玉ねぎは苦みが抑えられるという結果が出ました。

 「『KISEKI:』でキャベツを切ると、素材のキャベツ自体をおいしいものに変えたのかと驚かれます」

開発には2年かかりました

 売り方も、開発者である恵介さんの考えで、代理店を介さずオンラインのみで販売することにしました。2022年にクラウドファンディングで先行販売し、新聞の取材なども積極的に受けました。

 「オンラインだけで販売することに反対する従業員もいました。高齢者は特に、通販サイトが使えないんじゃという声もありましたが、開発者の恵介が『それは、俺が電話出るわ』と。問い合わせたときに電話に出るのが開発者というのも面白いのではないかと思い、オンライン販売のみに踏み切ったんです」

 「KISEKI:」の三徳包丁は3万4650円と高価格です。しかし、ステンレスでも鋼でもない新しい包丁で、切れ味の鋭さと耐久性を両立した商品であれば売れるという予測は当たり、ヒット商品となりました。テレビで放映された日には、1日に5000本も売れることがあったといいます。

 「代理店を介さないオンライン販売のいいところは、お客さんと直接つながり、感動や喜びの声が送られてくることです」

エンジニアが作る包丁はバラつきを1000分の1ミリ以内に収め、限りなくゼロに近づけています

 現在も、福田さんは弟の恵介さんと、毎日のようにランチに行く仲だといいます。

 「『KISEKI:』がヒット商品となったので、給料を上げようかと言ったことがありました。しかし弟の恵介は、『給料は上げなくていい。ただ、これから先も口を出さないで』と言いましたね」

 技術者がその能力を発揮するには、上からの指示ではなく、技術者の思う通りに開発を進めることが大切だと福田さんは考えます。担当者が持つ力を存分に発揮できることが何より大事という考えは、営業だけでなく、「KISEKI:」の開発にも現れていました。実力を持つ恵介さんが思うがまま商品開発を進めたことが、成功の秘訣だったと福田さんは振り返ります。

福田刃物工業は100%正社員です

 「社員は全員、正社員のほうがいい」と福田さんは考えています。

 「やっぱり会社は人なんです。いかに社員のやる気を引き出すか、人が活躍できる場をつくるか。差をつけないために、当社は全員が正社員です。一般的には簡単な基礎の仕事をパート従業員に渡すことを考えると思いますが、仕事で重要なことは、その基礎の仕事を徹底することだと考えています」

 正社員率100%であると同時に、売り上げを社員のインセンティブに反映しないこともこだわりの一つです。

 「営業マンが売り上げを上げると、インセンティブは一気に跳ね上がり、モチベーションにつながりそうですよね。しかし、それは結果が出ないときは80点などとして、評価を下げるということです。当社はインセンティブも評価制度もありません。営業部が契約を取れるのは、技術部がいい製品を作ったからかもしれません。チームワークを重視し、その分全員平等に賃金を上げるなど公平な給与体系です。それが社員のやる気につながると考えます」

 また、2025年には年間休日を130日にしました。福田さんが入社した当初は105日だったところを、大幅に増加しました。

 「年間休日を増やすことで、社員が自由な時間を確保できるようにしています」

 社員を大切にしながら結果を出し続けていることから、入社希望者が後を断ちません。近年は毎年10人を採用しています。

福田さんは、社員に任せることが一番だと語ります

 「社員がやる気になるにはどうすればいいか、これからも考え続けたいです。それがうまくいっているかどうか判断するには『やる気に満ちて』『業績につながって』『継続的に繰り返されている』かということです」

 放任主義経営で実際に結果につなげている福田さん。

 「景気が悪い、物価高などは関係ありません。営業することで、売り上げにつながります。そのためにも、社長がやる気を出すのではなく、社員のやる気が出ることを考えるようにしています」