アカデミー受賞作「ウィキッド」とコラボ 老舗材木屋と石屋が生んだキセキ
杉本崇
(最終更新:)
岡崎製材5代目後継ぎの八田壮史さん(右)と、稲垣石材店4代目後継ぎの稲垣遼太さん(写真はいずれも本人提供)
第97回アカデミー賞で衣装デザイン賞や美術賞に選ばれ、2025年3月7日から日本でも上映される映画「ウィキッド ふたりの魔女」とコラボした食器やアクセサリーボックスが、愛知県岡崎市にある老舗の材木屋と石屋から生まれました。捨てられるはずの木と石の端材をアップサイクルした食器ブランド「Ki+Seki(キセキ)」のストーリーに共感した製作元の日本担当者から応援を得られました。コラボ商品の開発にかけたコストを考えると黒字化は難しいですが、それでもお金に代えられない価値があったといいます。
「ウィキッド」から共感得たKi+Seki(キセキ)
「ウィキッド」は、名作小説「オズの魔法使い」で少女がオズの国に迷い込んだ物語より前にさかのぼり、“悪い魔女”と“善い魔女”の過去をふたりの視点から描いています。ブロードウェイで20年以上続いているミュージカルが映画化され、日本では2025年3月7日から上映がはじまります。
そんな映画「ウィキッド」とのコラボ商品企画に参加したのは、愛知県岡崎市にある老舗材木屋と石屋の後継ぎです。
一人は、1917年に創業し、現在は木材の地域商社として高級ホテルなどにも木材を卸している岡崎製材5代目後継ぎの八田壮史さん(35)。
八田壮史さん
もう一人は、1927年に創業し墓石を本業としつつも御影石や大理石を活用した器のブランド「INASE(イナセ)」を広めている「稲垣石材店」4代目後継ぎの稲垣遼太さん(34)。
家業である稲垣石材店に戻ってきた稲垣遼太さん
ともに右肩下がりの業界のなかで、木の魅力・石の価値をもっと伝えたいと、2023年に木と石を組み合わせた食器ブランド「Ki+Seki(木石=キセキ)」の販売をMakuakeで始めました。
Ki+Sekiは、ミシュラン星付きレストランでも採用される石の器に高級ホテルなどで使われる木材を貼り合わせ、無着色で自然本来の色を生かした食器ブランドです。
木も石も本業のなかで生まれた端材を活用したアップサイクル品という共通点があります。Makuakeで発表したところ、138万円の応援購入がありました。
2024年の夏ごろ、Makuakeとウィキッド製作側の日本担当者がコラボ商品開発を進めるなかで、声がかかったプロジェクトの一つが、このKi+Sekiでした。昨今、映画製作でもサステナブルな取り組みに力を入れる流れが進むなか、Ki+Sekiのストーリーに共感が得られたのだといいます。
「チャレンジしよう」に立ちはだかる2つの課題
八田さんは「田舎の中小企業2社がハリウッド映画に声をかけていただいてコラボできるなんてめったにない。ハリウッド映画×サステナブル×地元の企業という掛け算で、地域の人たちや社員さんに喜んでもらうためにチャレンジしよう」と決心します。
依頼された商品のテーマは、ウィキッドの世界観を守りつつ、映画の主要顧客である女性目線でつくる「目新しいもの」でした。
映画のポスターは、2人の魔法使いエルファバとグリンダが、緑とピンクを背景に対照的に描かれています。
そんなウィキッドの世界観を表現しなければならない八田さんと稲垣さんにさっそく課題が立ちはだかります。
まずは、2人だけでは“女性目線”が分からなかったことです。さらに、2人とも映画はもちろん、ブロードウェイでも「ウィキッド」の舞台を見たことがなかったのです。
一度は、米ニューヨークまで見に行った方がいいんじゃないかと悩んだといいますが、物語のあらすじを読み込んだり、実際に観劇した妻の話を聞いたりと、あえて情報を絞ることで自分たちなりのイメージを膨らませることを選びます。さらに岡崎製材から2人の女性社員が企画段階から関わってくれることになりました。
試行錯誤から生まれた世界観「個としても確立」
石は、磨き方とコーティング剤の選び方で、色も質感も大きく変わります。様々な商品アイデアが出るなか、稲垣さんは職人とともに何十回と試作を重ねつつ、キャラクターのイメージに近づけるよう「さらっとした肌触り」を目指していきました。
黒御影石を使用した均一でしっとりとした黒色、黒色が混ざりあった御影石を使用した流れのある緑色、さらに白大理石を使用した発色の良い明るい白色を選びました。
一方の八田さんは、材料にピンクの色あいが出る朱里桜(シュリザクラ)を選びました。しかし、自然木なので、同じ朱里桜でも色味は様々です。よりグリンダのピンク色のイメージに近づけるよう社内で端材を一つも捨てないように集めていたといいます。
こうして、2人は徐々にイメージを固めていきます。木と石が、2人の魔法使いのように個として確立しつつも、交わったときには新しい世界観を表現できる商品を目指していきます。
こだわり抜いて表現できた「あたたかさ」
ウィキッドとコラボしたスタッキングプレートとマルチボックス
こうして生まれたのが、食卓でメインディッシュなどをより引き立たせるお皿「スタッキングプレート」です。木のプレートや石のプレートだけでも使えますが、組み合わせて使うことで食卓を一層彩ります。
稲垣さんは「石のお皿だけを重ねるよりも、木のお皿を間に挟んだ方がクッションの役割もはたしてくれるので長持ちもします」と解説します。
スタッキングプレートとマルチボックスの使用イメージ
さらに、大切なアクセサリーなどを収納できる小物入れ「マルチボックス」も作りました。木や石にはレーザー加工で、魔法使いの帽子や「TOSS TOSS」とかたどったワンポイントデザインも入れています。
サンプル品をNBCユニバーサルエンターテイメントジャパンの担当者に届けると「女性の手になじみ、あたたかな商品ですね」というメッセージが届いたといいます。
八田さんは「こだわり抜いたことを評価いただけました。最初にお声がけいただいたときから同じ方向を向いて開発に取り組めたのが大きかったと思います」とほっと胸をなでおろしました。
「お金に換えられない価値」感じたコラボ
端材を活用しているため量産は難しく、開発までの時間も含めたコストを考えると赤字です。それでも八田さんと稲垣さんは「やってよかった」と声をそろえます。
稲垣さんは「有名な映画の商品開発に携われたことは中長期的に生きると感じています。実験的なものづくりにも挑戦でき、今いる職人だけでなく、まもなく入社してくる未来の職人にも良い経験になると思います」と話しました。
商品について語り合う八田さんと稲垣さん
八田さんも「自社だけでは『できない』とあきらめがちだった作業も、石のプロである稲垣さんと一緒に仕事をするなかで、素材と向き合う研究開発が進んだと感じています。異業種コラボだからこそ、レーザー加工の質の高さや研磨の細やかさなど学ぶべき点も多かったです。なにより外の世界とコラボすることは、私も社員もワクワクし、モチベーションを高めるきっかけになりました」と手ごたえを感じていました。
マルチボックスは税込1万9800円〜、スタッキングプレート(3枚1セット)は税込2万6400円〜で、3月下旬にMakuakeで限定商品として販売開始予定です。