TikTokフォロワー数7.5万人超のスーパーマーケット
金曜のお昼時、店の扉をくぐるとそこには、スーパーというより、テーマパークとも感じるにぎやかな空間が広がっていました。店内に、ウルトラセブンの歌が響きわたり、至るところにクスッと笑える茶目っ気たっぷりのポップが施されています。
店内のお惣菜売り場に貼られた、等身大より大きな副社長・温史さんのポップ
Googleの口コミには2025年4月時点で、378件のコメントが寄せられ、県外から高速道路を使って4〜5時間かけて来店するお客さんも。最近では、伊万里への移住ツアーのバスが立ち寄るそうです。
「ファインズたけだ」がある伊万里市山代町の人口総数は、2025年3月の調査によるとおよそ4119人。対して、「ファインズたけだ」のTikTokのフォロワー数は2025年3月時点で、7.5万人を超えています。町の人口の16倍以上もの人が、地方のスーパーマーケットをフォローしていることになります。
お店の雰囲気を作っている店内を彩る賑やかなポップ
取材に訪れた日は「7」のつく日に開催される「ウルトラセブン」のイベントデイ。創業時から開催されており、特別価格の商品が並び、平日でも1200人ほどの客が訪れるといいます。
通常の来店客数は1000〜2000人ほど。日商は約180万円、年商7.5億円、パート、アルバイトも合わせた従業員数は36人規模となります。
「将来の夢はたけだの社長」
「ファインズたけだを有名にしてくれたのは、パフォーマンスです」と現社長の竹田智史さんは語ります。
「ファインズたけだ」は、1985年に智史さんの父が立ち上げたお店です。三輪車でオープン前の店内を走り回っていたことを今でも覚えているという智史さん。保育園のころから「将来の夢は、たけだの社長」と語っていました。
現副社長である5つ年下の弟・温史さんとともに小学生のころから、社内研修や忘年会の出し物に参加。ダンスやモノマネといったパフォーマンスで観客を楽しませる喜びを覚えました。
今でも続く「ウルトラセブン」の特売デーや「ラーメン積み上げ大会」など、店独自のイベントも、近隣に大手競合店があった父の代から開催されていました。
大学卒業後、大手スーパー「ハローデイ」で経験を積んでいた矢先の2012年、父が病により他界。当時、24歳だった智史さんは、会社を辞めて実家のスーパーに戻ることになりました。
佐賀県伊万里市にあるスーパー「ファインズたけだ」。食料品から生活雑貨、お花まで幅広い商品が揃い、地域住民のライフラインとなっている
Google検索でも出てこなかった店名
母が父の後を継ぎ2代目に就任すると、智史さんは店長として、弟の温史さんは部長として母を支えることになりました。
地域のケーブルテレビの5分間生放送番組にも週3回、家族で出演。特売情報とともに、温史さんが即興でモノマネを披露するなど、パフォーマンスで視聴者を楽しませる工夫をしました。
「まだYouTubeなどの動画がない時代、他のお店がやらないからと声をかけられたことがきっかけでした。コストをかけずにできるプロモーションは、今のSNS戦略にも通じています」
母が店を継いだころのファインズたけだは、「鮮魚を買うならたけだ」と言われていました。平戸から仕入れた新鮮な魚を強みに、年商9億円ほどと業績は好調でした。
しかし、その状況も長くは続きません。長年勤めてきた社員が退職し、智史さんが市場に足を運ぶことに。ベテランの職人たちがひしめく仕入れの世界で立ち回るのは、一筋縄ではいきませんでした。
2018年、転機が訪れます。商工会議所の無料相談で母がネット対応の遅れを指摘されたことがきっかけでした。
「Googleで『ファインズたけだ』と検索すると、同じ住所で異なる店名が表示されたり、営業時間がバラバラだったり。スマホ検索が当たり前の時代に、完全に取り残されていました」
温史さんがホームページ担当、智史さんがSNS担当としてデジタル改革に動き出し、スーパーではまだ珍しかったYouTubeに着目します。
「せっかくお店で面白いイベントをやっているんだから、もっと多くの人に見てもらおう」と、それまで店舗で開催していたイベントの様子を動画撮影し投稿を開始します。
2019年、社長交代のタイミングを見計らっていた母からバトンを受け継いだ智史さんは、3代目社長に就任します。
「日本一面白いスーパーマーケット」と宣言
社長に就任した智史さんは、「日本一面白いスーパーマーケット」というコンセプトを掲げ、パフォーマンスを武器にSNS戦略を加速させていきます。
「最初のころは本当に反応が薄かったんです。でも辞めるという選択肢はありませんでした」と智史さんは振り返ります。
2018〜2019年ごろ、部数が減少していく新聞の折込チラシを目の当たりにしていたからです。地域の幅広い年齢層の方にも動画を見てもらえるように、スポット的に伊万里地区でのGoogle広告を打つなど、コンセプトを掲げるほかにも小さな実験を重ねていきました。
「うちが宣言することで、『うちの方がもっと面白い!』という他のスーパーとコラボできるんじゃないかと思ったんです」と智史さん。「煽った感はありますね」と温史さんも嬉しそうに語ります。
スーパーにとどまらず、プロバスケットボールチーム「佐賀バルーナーズ」やYouTuberとの多様なコラボレーションを実現。観光スポットや地域施設も紹介し、ファインズたけだのYouTubeチャンネルは、地域情報を発信する役割も担うようになります。
「うちのように小さな規模の会社が、自分たちだけで続けていくには限界があります。他のところと手を組むことで企画のバリエーションも広がり、視聴者にも楽しんでもらえるのが嬉しいですね」
動画投稿を始めて3年目、YouTubeがショート動画機能を導入するという情報をキャッチした智史さんは、先手を打ってインスタグラムのリール投稿を開始します。
Instagramへの投稿
「新しいことや流行っていることは、まず自分で試してみる」との智史さんの行動力が、新たな展開を生み出します。
2020年10月、アニメキャラクターの衣装を着た智史さんが、店内でブレイクダンスを披露。
その動画をインスタグラムのリールに投稿すると、スーパー店内でのキレのあるダンスパフォーマンスが予想外の反響を呼び、フォロワー数が400人から5000人へと急増しました。地方のスーパーが、SNSを通じて全国区になった瞬間でした。
「名物パフォーマンス」がヒット
ショート動画に手応えを感じた智史さんは翌月の11月、TikTokへの投稿も始めます。
あつあつセールのTikTok動画(ファインズたけだのアカウントから)
2021年1月、副社長・温史さんの店内マイクパフォーマンス動画が300万回再生を突破。SNSでの爆発的な人気を実感する出来事となりました。
この動画の背景には、コロナ禍での試食販売自粛という危機がありました。温史さんは、「あつあつセール」と名付けた替え歌パーフォマンスで揚げたてのお惣菜を販売。「お惣菜を買ってもらうために、なんとかしてお客様に足を止めてもらいたい」という課題から生まれた必死の策でもあったのです。
これを機に、福岡の人気情報番組をはじめ、テレビ局から取材依頼が相次ぐようになります。メディア露出の相乗効果もあり、SNSの登録者数はさらに増えていきました。
「動画投稿を始めて3年ほど経っていました。やっとでしたね......」と振り返る智史さん。流行りものは、一度自分で体験してみることで企画のヒントを得ているといいます。イベントのアイデアは、パートさんや社員さんから集まってくるそうです。
「もっと面白いことをやりたい」がモチベーション
「登録者数を増やすことよりも、もっと面白いことをやりたいとの気持ちがモチベーションになっています。自分たちが楽しみながらやるのが一番ですね」と智史さんは語ります。
テロップ制作に時間を要するYouTubeよりも、手軽に投稿できるショート動画に注力。投稿頻度や再生回数などの目標数も決めていません。動画制作の過程もいたってシンプル。智史さんが前日に企画を考案し、温史さんがアドリブでパフォーマンスを行っています。
「編集にこだわり過ぎるより、スピーディに編集して手数を打つことが大事です」と語る智史さんが動画編集にかける時間は、わずか10分です。
「社長に会いたい、副社長に会いたい、パフォーマンスを生で見たいとお店に足を運んでもらえることがうれしいです。SNSで楽しんでもらって、ポップや店内で流れる音楽でも特徴を出しながら、実際にお店に来ても面白いと思ってもらえるようにお店作りも工夫しています」
AIも使って店舗で作成しているオリジナリティあふれる店内のポップ
企業イメージの見える化が生んだ兆し
動画配信の影響は、遠方からの来客増加にとどまりません。
地方の中小スーパーでありながら、業界内での存在感が増しています。新規のメーカーや卸業者が営業に訪れるようになったのです。仕入れ交渉の場でも「動画見てます」と、取引交渉がよりスムーズに進むようになりました。
さらに、慢性的な課題となっていた採用にも兆しが見えてきました。
「ファインズたけだの動画に出たい」とアルバイト入社を希望する応募者が現れたのです。動画を見て面接に来てくれる人もいるといいます。
「どんな社長や副社長がいる会社なのかは、動画を観てもらえたらわかるので(笑)、面接を受けに来てくださる方の心理的ハードルは低いと思います」と副社長の温史さんは語ります。
SNSを介して商圏の拡大にチャレンジ
SNSでの人気を売上や収益にどう結びつけているのかをたずねると、智史さんは熱を込めて「今、そこを頑張っているところなんです」と答えました。お店の認知度が上がったことで、採用や業者との取り引きにおいて手応えを感じている一方、来店客数や売上は、動画投稿を始める前と比べても横ばいの状態が続いています。
その理由は明確です。フォロワーの多くが遠方に住んでおり、簡単には来店できないためです。さらに、ファインズたけだがある山代地区は高齢化が進み、65歳以上の人口が50%を超えています。このままでは、売上減少が避けられない現実に直面しているのです。
この課題を解決するため、2022年ごろからECサイトを立ち上げました。中国のライブコマースからヒントを得て、以前から販売に力を入れていたカタログギフトのライブ配信販売を開始。
SNSの反響と比例して売上は一時的に伸びるものの、安定的な成長にはまだ課題が残ります。現在、毎週日曜の定期ライブ配信を通じて、新規フォロワーの獲得と売上向上の好循環を生み出すべく、日々挑戦を続けています。
ここにしかない「オリジナル」を生かす
商圏の拡大と並行して、智史さんは自社商品の開発にも注力しています。「自信を持って販売できる自社商品を、ECサイトで全国に向けて展開していきたい」と未来を見据えます。
お店で作っている「お魚屋さんのたれ」を紹介する智史さん
2010年ごろから鮮魚部門で開発し、販売している「お魚屋さんのたれ(398円)」は、煮物から丼、つゆものまで幅広く活用できる万能調味料として定番商品となっています。
2024年に発売した「たけだの釜あげ(450円)」は、国産大豆の豆乳から店内で作る風味豊かな豆腐です。高価格にもかかわらず、発売以来1日平均20個が売れる人気商品に成長しました。
「大手との一番の違いは、社長や副社長の顔がわかることなんです。この人たちが作っているんだ、この人たちから買っているんだと安心してもらえる。もちろん商品の魅力や価格も大事ですが、そこで働く人の魅力をもっと引き出して伝えることができたら、もっとお客さんは来てくれるし、もっと長く愛されるお店になるんじゃないかなと思っています」