目次

  1. 手形の支払い期日が次々と…
  2. 120日・150日・180日手形が当たり前だった
  3. まずは自社の手形から廃止 反対されても進めたかった
  4. 最初は「玉砕」 新規顧客から交渉開始
  5. 「いくらまでなら投資しても大丈夫」に変わった
  6. 下請法改正、手形払等を禁止

 支払手形2000万円。2012年7月~2013年6月の第30期の決算資料に書き込まれたこの一行の重みを、事業承継したばかりの2代目社長杉山耕治さんは実感できていなかったといいます。

 そこから半年のうちに、数百万円単位の手形の支払い期日が次々と迫ってきました。

 「まるで時限爆弾のようでした」。出入金のタイミング次第では、いつ現預金が不足するかが分かりません。しばらくの間、帳簿手形受払帳と格闘する日々が続きました。

 金融機関に運転資金の融資を申し入れました。すると、提示された金利は従来の2.4%よりもさらに0.3%高いものでした。その金利を見て、杉山さんは「金融機関からは代替わりしたばかりでまだ信用は得られていないんだろうな」と受け止めたといいます。

 ミヨシには継続的に仕事があるのに、なぜ資金繰りがきびしいのか。詳しく調べると、当時の商慣習が大きく影響していました。

ミヨシはプラスチック製品の試作金型や射出成形を手がける工場です(同社提供)

 アルミを用いた簡易・試作金型製作と小ロット成形を主軸に、部品加工や治具製作を手掛けてきたミヨシは、仕事を受注すると、まず部材を仕入れるところから始まります。

(続きは会員登録で読めます)

ツギノジダイに会員登録をすると、記事全文をお読みいただけます。
おすすめ記事をまとめたメールマガジンも受信できます。