事業成長させた経営者から学ぶ家業の伸ばし方 家業ラボが交流イベント
杉本崇
(最終更新:)
家業ラボ in 湘南を主催した田城功揮さん(左から2番目)
家業をどう進化させるか、新たなビジネスの可能性をどこに見出すかを考えようと、家業イノベーション・ラボに参加している精密板金加工業「タシロ」の代表取締役社長の田城功揮さんが主体となって2025年5月24日、神奈川県でイベントを開催しました。1日を通じたイベントのうち、由紀ホールディングス代表取締役社長の大坪正人さんや、三星グループ5代目社長の岩田真吾さんらを招いた交流イベントでは、集まった後継ぎ・経営者たちからたくさんの質問が寄せられました。
盛り上がった大坪さん・岩田さんへの質問タイム
家業イノベーション・ラボは、家業を持ち、その家業を成長させるためにイノベーションを起こそうとする次世代の挑戦者たちを応援する活動です。この日、神奈川県のJR藤沢駅前にあるロボット企業交流拠点「ロボリンク」で開かれた交流イベントには家業持ち、スタートアップ、官公庁の職員らが参加しました。
交流イベントのうち、とくに盛り上がったのが大坪さんや岩田さんへの質問タイムです。
大坪さん「ほかでは作れないものにこだわる」
由紀ホールディングス代表取締役社長の大坪正人さん
大坪さんは、まず自社の経緯を紹介しました。ネジ中心の金属加工で創業した由紀精密は、公衆電話の部品などを受託していましたが、時代の流れとともに売り上げが落ち込んでいました。
樹脂製品が増えて、接着剤の性能が上がるなか、大坪さんは「ネジが残るところはどこだろう」と考え、航空、宇宙、医療分野に事業を絞っていきます。3分野を同時に進めて動き続けた結果、2008年のリーマンショック後からコロナ禍に突入するころまで全体として利益を出し続けられる体制になったといいます。
航空分野については5,6年が過ぎたころから利益が出せるようになりました。「短期で売上目標の達成が求められる上場企業と比べると、家業はもう少し先を見て進んでいくことができます。マイルストーンは数字ではなく、この分野を取るという思いでやってきました」
話を聞いていた参加者から「50代に入り、今後実現させたいものは?」について尋ねられると、次のように話しました。
「日本は隣の会社と争っている場合ではありません。アジアと製造の実力差はどんどん縮まっています。いまはまだ日本の技術がリスペクトされていますが、もうギリギリではないでしょうか。だから、この10年で日本を強くしたいのです。私はいま、核融合分野や超電導などに取り組んでいます。こんな加工、誰がやるんだというもの、ほかでは作れないものにこだわり、それがビジネスとして成立するかを仮説検証したいと考えています」
由紀精密はホールディングス化し、同業のM&Aで事業を拡大してきました。2022年度にグループ単純合算で100億円を超えるところまで成長しました。政府はいま、100億円企業を増やそうとしています。
由紀ホールディングスは100億円を目指していたのかについて、山口県から来た経営者から質問されると「売上のみ大きくすることに関心なかったのですが、一度100億円に到達するとどうなるんだろうということには興味ありました。体験してみると、私のリソースが開発からオペレーションに使われ、身動きがとりづらくなりました。100億円に到達したことは、グループ各社にとって良かったですし、グループ化してよかったところも見えてきました。2023年にはグループ企業の1社を前向きに他のグループに譲渡しました。これはその会社にもっと大きなフィールドで伸びてもらいたいという意図と、グループポートフォリオの見直しを意識していました」と答えました。
岩田さん「とにかくアクションすることが大事」
岐阜県羽島市の三星(みつぼし)グループ5代目社長の岩田真吾さん
28歳で岐阜県羽島市の三星(みつぼし)グループの社長に就いた岩田真吾さん。元々は社員向けに毎月書いていた社内報を「いつか仲間になってくれるかもしれないお客様や取引先、地域の方々などにも届けたい」と考え、noteで公開するようになりました。
8年書き続けたnoteを生成AIに学習させて「AI Shingo」を作成しました。この日は、「AI Shingo」が書いた台本を、岩田真吾さんが代読しました。
- 自己紹介
- 距離感:アトツギは、近すぎず遠すぎず
- 越境:産地を超えて、人と交わる
- 推し活:仕事を「好き」で語ろう
- おわりに
「地元に戻ってきた頃、東京で戦ってきた自負もあり、地域に埋もれてしまうのが怖かったんです。でも、それって実は無関心と紙一重だったと、今なら思います」という流れで話しはじめ、「ひつじサミット尾州」というイベントを立ち上げたことで、考えが大きく変わったこと、ただし、地域だけにとどまらず「外」との交流も必要なこと、そして仕事で成果を出すには自分の仕事を「推せる」ようにならないといけない、という流れへと続いていきました。
続いて参加者からの質問を受け付けました。岩田さんは家業の三星グループだけでなく、地元の同業者を巻き込んだ大規模イベント「ひつじサミット尾州」や、老舗企業のアトツギとスタートアップが交流し、共創することを目指すコミュニティ「タキビコ」のイベントなどを開催しています。
地方企業の後継ぎからは岩田さんに対し「関係人口は増えている実感があるが、地域の人ももっと巻き込むにはどうすればよいか」という質問が寄せられました。
岩田さんは「地域でコミュニティを作って終わりではなく、イベントなど、とにかくアクションすることが大事です」とアドバイスしました。というのも、イベントを開催することでいっしょに動いてくれる仲間ができたのだといいます。
さらに、仲間を募るときに大切なことの一つは「先輩経営者には自分から積極的に声をかけること」だと続けました。
「イベントがメディアで取り上げられるようになってから、私が声をかけに行くと『待っとった』と言われました。年下の人が集まるコミュニティに加わりたいと言うと迷惑ではないかと遠慮している人もいるんだと思います」
AI先代プロジェクトを提案
イベントでは、参加者同士でAI活用について話し合う機会もありました。たとえば、ダンボール箱や紙製販促ディスプレイなどの販促什器・展示会用ディスプレイの製造販売会社「五十嵐製箱」の五十嵐寛之さんは、大切な取引先に送るダイレクトメールのアイデア出しに活用していることを紹介しました。
そのなかで岩田さんは「イベントを開催するだけではなく、集まった人たちで行動することが大切です」と話し、「AI先代」をつくるプロジェクトを提案しました。
事業承継するなかで、後継ぎはなかなか先代にアドバイスをもらいづらい場面も出てきます。そこで、「AI先代100個作ろう。AIを活用してスムーズな事業承継を後押しするのはどうか」という企画です。
実験台になったのが、「タシロ」2代目の田城裕司会長。2023年9月に3代目の功揮さんに事業承継したばかりです。岩田さんが100問の質問をぶつけて、経営判断や事業をするうえで大切にしていることなどを回答した内容を学習させた「AI裕司」をつくりました。
AIの音声機能を使ってスマホ経由でスピーチする様子
「AI裕司」は、自身の事業承継直後に、業態転換のために1億円の設備投資を決断し、そのリスクテイクを支えたのが直観とスピード感を大切にした意思決定だと振り返りました。
一番の成功は意欲のあるうちにスムーズにバトンタッチできた事業承継だったと振り返り、事業承継のポイントは、エネルギーがあるうちに後を託すという考えを紹介しました。
AI裕司の回答に対し、3代目の功揮さんは「じつは、創業者である祖父と話をしたとき、祖父が事業で最も成功したことは(2代目の裕司さんに)事業承継できたことだと言っていました。こういうところはファミリービジネスならではなんだと思います」とコメントしていました。