社長が激昂した「売れる」農機具のPR戦略とは?後継ぎが仕掛けた狙い
若杉誠司
(最終更新:)
長崎県のほぼ中央に位置する大村市は人口約9万7000人、2022年度に九州新幹線の新駅開設を予定しており、山海の自然に恵まれたコンパクトシティです。近年では人口減少が著しい長崎県の中でも、唯一人口増が続いています。そんななか、大村市産業支援センターO-biz(オービズ)は、無料の経営相談所として2017年7月に開設しました。今回は、その大村市で昨年、創業70年を迎えた農業用機器製造販売の田中工機の開発した農機「アガール」が、機能とネーミングで全国から注目されている事例を紹介します。
事業者の悩みは「自信作の農機が売れない」
長崎県は、北海道に次いで全国2番目のジャガイモ生産地です。田中工機は、創業以来、農産物収穫を効率化する機械の開発してきました。田中秀和副社長(相談当時、現在は社長)がオービズへ「ジャガイモや玉ねぎを楽に収穫できる機械を開発し、この1年間長崎県内で営業してきたが、まだ1台も売れない。自信作であるがなぜ売れないのか?」と相談に訪れました。長崎のジャガイモ農家では、土から掘り上げたジャガイモを手で拾い上げ収穫しているのがまだ一般的です。今回開発した機械は、ベルトコンベアで作物が傷つかないように丁寧に畑から拾い上げ、自走式収獲機に座ったまま選別できるという優れた性能を有し、農作業効率を上げることができる機械でした。(名称:iPK―1号:メーカ希望小売価格約400万円)
私は、「え!全然売れてないのですか?」と聞くと、「過去に熊本で2台売れた」とのことでした。ここでまず閃いたのが、①農作業の効率が上がるという強みをうまく伝えきれていないのではないかということ、又、②ターゲットは長崎ではなく、機械を導入したほうがよい、広い耕作面積を有する他県(全国)ではないかと思いました。
そこで、長崎近郊ではなく、機械導入により、農作業効率を上げる必要がある全国にターゲットを拡げてPRすることを提案しました。
プロモーション戦略は作業効率向上×女性
全国的に知名度が低いため、座ったまま楽に収穫・選別作業ができる性能の強みをうまくPRすること、そして会社のブランディングにもなるような新しいイメージプロモーション戦略を検討しました。また、高齢化が進む農業において、「女性・若者の就農促進」という時代のトレンドも取り入れたいと考えました。
「座って作業できるので農作業が楽になる」×「女性」でイメージを膨らせていく中で、「せわしくなく、穏やかな和服を着た女性がお茶を点てながらでもできそうな農作業」というイメージコンセプトが湧いてきました。その結果、これまでの農業界のイメージに捉われない「和服を着た女性が機械に乗っている」というイメージプロモーションで行くことに決定しました。また、同時にブランディング戦略の一環として、名称をiPK1号から、「農作業効率があがる」×「女性(ガール)」をかけた「AGIRL(アガール)」へ変更し、更に長崎から全国展開を目指す田中工機のチャレンジスピリッツを表現するために以下のコンセプトを提案しました。
「AGIRL:アガールの挑戦」
- ☆Agriculture(農業)の変革を目指す。
- ☆収穫作業の効率が断然アガール。
- ☆女性(ガール)の就農促進目指します。
2018年10月に幕張で開催された日本最大級の農業展示会に出展すると、全国から問合せ実演依頼が相次ぎ、その後売上は500%アップ、数千万円の売上とつながっていきました。また、同年、日刊工業新聞社が主催する「読者が選ぶアイデアネーミング賞」も大手上場企業がノミネートしているなか受賞しました。
その後、遠くは北海道からも受注があるなど、同社の全国展開の一助となりました。現在では、ジャガイモだけではなく、にんじん、たまねぎ、にんにく、コンニャク芋などアガールの活躍の場は広がり、様々な農業事業者から声をかけていただき、全国を忙しく飛び回っているとのことです。
ヒットの裏側に社長の後押し
アガールがヒットした理由として、「着物を着た女性」という農業の場には合わない意外性、そして、「アガール」というネーミングの組合せで「一体これは何の機械」と最初の関心を集めることができた結果だと考えています。全国的な展示会で、数多くの企業が出展するなか、いかに注目してもらい、農作業の効率を上げるという機能性をPRできるかに注力しました。
後日談として、アガールプロジェクトは最初の相談時から、田中秀和副社長(当時)と進めておりました。父である田中博社長(当時)は、オービズで提案した「着物を着た女性」のイメージプロモーション案を息子である副社長から初めて聞いたとき、「いったいこれは何なんだ!!!」と、激昂したとのことでした。田中副社長は「地方の長崎から出展する自分たちにとってまさに、「何なんだ!」と思ってもらうことが最初の狙いなんです」と説明し、田中博社長も「なるほど! まずは自分もその狙い通りにひっかかったわけだ!」と納得し、アガールプロジェクトにゴーサインを出してくれたとのことです。
農業展示会出展後、全国から実演依頼が舞い込んだ時、産業支援センターに、田中博社長(当時)が来てくれて、「本当にありがとう」と言っていただきました。今でも、相談事業者に大胆な挑戦を提案する場合は、田中工機のこのエピソードを話すことがあります。次世代の大胆な挑戦を後押ししてくれたことが、アガールのヒットの要因になったとも思います。
オービズは中小事業者に伴走します
オービズは、「できるだけお金をかけずに知恵をだして売上アップを目指す」をモットーに大村市のほか長崎県内の小売・製造・農業・介護・サービスなど幅広い業種の中小事業者の経営支援をしています。地方には、優れた魅力を持った中小事業者がまだまだ数多く存在します。これからもそのような企業を徹底的に伴走支援し、地域経済の活性化の役に立ちたいと思っています。
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この記事を書いた人
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若杉誠司
大村市産業支援センター長
1967年生まれ。政府開発援助(ODA)による途上国支援事業、大手人材ビジネスグループや九州地場企業でこれまで様々な新規事業立上げに従事。その後、2006年に海外企業とジョイントベンチャーでIT企業を設立、日本事業の立上げ拡大に貢献。2017年4月より大村市産業支援センター長に就任。
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