SUNDIOS

 1985年、静岡県沼津市で創業。広告企画制作、ポスター、パンフレットなどのグラフィックデザイン、マーケティングによる販促支援を手がけている。津賀由布子さんは2013年に2代目社長に就任。2017年、沼津市の民間支援まちづくりファンド採択事業として「沼津マーケティング&プレゼン塾」を開講、この事業は2018年グッドデザインしずおか特別賞を受賞。

長い反抗期で親と疎遠に

――SUNDIOSの事業内容を教えて下さい。

 広告全般のデザインや制作に関わっている会社です。パンフレットやホームページ、新聞のチラシ、商品パッケージなど、様々な広告商品を扱っています。マーケティングによる販売促進支援を行い、クライアントと一緒に商品開発に取り組むこともあります。

ーー津賀さんの父親は起業する前、静岡県のご当地パンである「のっぽパン」のデザインを手がけたことで知られています。

静岡県のご当地パンである「のっぽパン」

 販売開始から40年以上が過ぎた今も、のっぽパンは目にとまる商品であり続けています。父にとって、ものすごく幸せな仕事だったのではないでしょうか。「SUNDIOS=のっぽパン」みたいに覚えてもらえるので、ありがたいです。

ーー子どもの頃は父親の仕事について、どのように感じていましたか。

 父は製パンメーカーで、商品開発やパッケージデザインを手がけ、その後に独立しました。独立したときは、子ども部屋が仕事場になり、姉と私は四畳半一間に移りました。帰りも遅くて、家では部屋に引きこもり、楽しそうには見えなかったのですが、父がデザインした商品パッケージを見かけると、すごい仕事をしていると何となく思っていました。

 ところが、思春期に入ったら、両親のことが嫌でたまらなくなって・・・。長い反抗期に入ってしまい、父親の仕事を継ぐなんて、学生時代はこれっぽっちも思いませんでした。

ーーSUNDIOS入社までは、どんなキャリアを積みましたか。

 高校を卒業後、フラワーデザインの専門学校を1年で飛び出して、実家からも離れて両親と疎遠になった時期もありました。花屋やハーブ園で働くなど職を渡り歩きました。当時とてもショックなことがあり、精神的にも大変落ち込みました。見かねた母親から「サンディオスの校正担当が退職するので、手伝ってほしい」と誘われました。それまで両親に対する反発心が大きく家業を手伝うことなど到底考えられませんでしたが、これが大きな転換点となりました。29歳のころでした。

経営者勉強会で芽生えた覚悟

ーー入社後はどんな仕事をしていたのですか。

 広告の文字校正から始めました。例えば、販売日を1日間違えただけで、クライアントに損害を与えます。広告で訴えたいことを正確に届けるための文字や画像のチェックに力を入れました。

 最初は腰掛けのつもりでしたが、デザインの仕事を横目で見て、校正の合間にダイレクトメールなどのデザインを手がけたのが、制作に足を突っ込むきっかけになりました。一度、業績がすごく落ちた時、社長の父が「このままでは会社が持たなくなるので、申し訳ないが減給させて下さい」と社員に申し出ました。娘としてこの会社にいて、私なりに何ができるかを考え始めました。さらに、もともと経営者には向かないと話していた父が病気になりました。それでも継ぐのは嫌で嫌で……。当時の従業員は7人くらいでしたが、私の経営判断でみんなを路頭に迷わせたらどうしようというのが、正直な気持ちでした。

ーーそれでも2代目経営者を引き受けたのは、どうしてだったのですか。

 会社を承継する予定のクライアントに「継がなければいけないかもしれないけど、自信がありません」と相談したら、中小企業家同友会の経営者勉強会に誘われました。事業承継を考えている同年代が集まり、みんな悩んでいました。でも、仲間と1年間、経営理念をつくり、経営の羅針盤を描くようなことを学びました。社員が生きがいを持って仕事をすることにフォーカスしたいと思うようになり、経営に対する責任や覚悟を持ちました。

三つ子出産で気づいた視点

ーー事業承継した直後に、三つ子の妊娠が分かりました。社長業はどうされたのですか。

 7年前に父から経営を引き継ぎましたが、その2カ月後に妊娠が分かりました。人生って何が起こるか分からないと思いましたね。承継直後だったので、会長になっていた父に最終決裁者を頼みました。

 三つ子を妊娠したので、会社を長期で休む必要があります。社員には「会社を継いだばかりだけど、今は命を守ることに注力したい」と言いました。不安に思う社員には個人面談をして、あとは全面的にお願いしました。三つ子を産んでからも大変で、激しい産後うつにもかかり、病院に通って薬を飲み続ける生活でした。

 会社に戻るまでに1年半休養し、その間外からの情報は一切遮断しました。生まれてからは業務にもほぼ関われませんでしたが、スタッフが仕事をスムーズに引き継いでくれて、売り上げもほぼ落ちませんでした。みんなへの感謝は計り知れないです。今は両親に子どもの面倒を見てもらったり、シルバー人材センターを利用したりして、育児と仕事を両立しています。

――出産から復帰して、育児をしながら社長業を務めています。経営者になって新しい視点で気づいたことはありますか。

 森を見る癖をつけるということですね。社長の私が枝葉にこだわると、物事が動かなくなります。もちろん数字は追いますが、広告制作はゼロからイチを作る仕事なので、人こそが生産力なんです。スタッフの状態が、ものすごく仕事に反映されます。「なぜそういうものを作ろうと思ったの?」と社員に問いかけ、モチベーションを引き出す方が、会社が生きることに気づきました。子育てとほぼ一緒の視点ですね。社員に「お前の子どもじゃないよ」と言われそうですが(笑)。

サンディオスでデザインした菓子「駿河ほろりん」
サンディオスでデザインした菓子「駿河ほろりん」

テレワークにLINEを活用

ーー経営者として、デザインはどんな力を与えられると考えていますか。

 第一印象で商品やサービスに興味を持ってもらえれば、「気になった」とか「食べてみたくなった」というようなコミュニケーションが始まります。相手に「好きだなあ」「面白いな」という印象を与えるのが、デザインが持つ大きな力だと考えています。

 経営者になってからは、起業した主婦の方と一緒に化粧ポーチの商品開発を手がけたのが印象に残ります。相談を受けてから、1カ月半でギフトショーに出品すると決めていたので、駆け足で販路開拓、商品設計、価格の設定からデザインまでやらせてもらい、結果を出せたのが、ものすごい勉強になりました。

ーー新型コロナウイルスの影響で、テレワークを導入したと伺っています。従業員とのコミュニケーションなど、どんな工夫をされましたか。

 在宅勤務は、3月20日ごろから準備を進めました。従業員は10人です。4月からは営業職をのぞいて、すべて在宅勤務になりました。広告業は事業転換に近いことが必要に迫られています。時間を大切にしようという意識が芽生えました。コロナ前には完全に戻らないという前提で考えています。

 経営者としては、在宅勤務を始めるにあたり、3つ気になっていたポイントがありました。意思の疎通ができるか、自宅で仕事のモチベーションをどう保つか。そして、コロナという不安の中で社員をどうやって支えていけるかということでした。

 まず、ビデオ通話で朝9時に集まることにしました。お互いに顔を見てあいさつし、お昼を食べた後に、雑談タイムを設けるようにしました。子どもを抱っこしながら会話に入る人もいました。私たちの仕事は扱うデータ量が多いので、社員はデザイン作成用のデスクトップパソコンを自宅に持ち帰りました。そのパソコンにLINEをインストールしてもらいました。社内のコミュニケーションはほぼLINEのグループチャットです。LINEはスタンプが使えるので、気軽に返事ができます。

LINE上の社員のコミュニケーション
LINE上の社員のコミュニケーション

 メッセージを受け取った人は、スタンプでもいいから返事を送るルールも設けました。ここを明文化することで、仕事内容が伝わっているかや、お互いへの気遣いを見える化できました。LINEで仕事のデータのやりとりもしていますが、画像を送ると粗くなります。そこで、高精度なものが必要なときは、Zoomを活用して確認しています。電話も転送設定サービスを利用しましたが、取引先もテレワークのためか、電話がかかってくる頻度が10分の1になりました。一方で、クライアントもSNSでつながり、プロジェクトごとにフェイスブックのメッセンジャーグループを作りました。

ーー在宅勤務で課題は見つかりましたか?

 急に始まったテレワークだったので、悩ましかったのが、みんなが納得できる業績の評価軸です。本来の目的は、社員の仕事へのモチベーションを上げるのが目的です。なので、完全な成果評価でいいのかどうか……。心理的安全性を担保しながら、成果よりチャレンジに評価したいと考えています。ここをどういう風に明確化するのが悩んでいます。ほかの経営者がどのような工夫をしているかぜひ聞きたいです。

面白い未来が待っている

ーー経営者として大切にしていることは何ですか。そして、後継ぎになろうとしている人たちに伝えたいメッセージはありますか。

サンディオスの津賀由布子さん

 大切にしているのは、みんながやりがいをもって仕事ができる環境を作ることです。私たちが倫理観を持って、どうやって社会と企業を結びつけて、人々の暮らしに役に立てるかを考えようと思っています。経営者は重責ですが、学び続けていきたいです。 

 コロナ禍によって、7年間の経営で初めて本当の苦境に立たされそうになっています。だからこそ、うちの会社に何ができるのかを、もう一度フラットに考え直したいと思っています。経営はシビアですが、自分で自分の会社の道を切り開くことができる立場です。怖いことはたくさんあるけど、たくさんの人が前に進む力をつけたら、面白い未来が待っていると信じています。ぜひ一緒にやりましょう。