消費者に知られていなかった老舗企業が「米粉パンケーキ」で選んだPR方法
福岡県直方市を流れる遠賀川の清らかな水が育んだ米粉用米「ふくのこ」。この米粉から創業230年の老舗製薬会社が「米粉パンケーキミックス」を開発したもののPRに悩んでいました。中小企業の相談所である直鞍ビジネス支援センターが提案したのは、食育や地産地消といったストーリーを想起させる方法でした。
福岡県直方市を流れる遠賀川の清らかな水が育んだ米粉用米「ふくのこ」。この米粉から創業230年の老舗製薬会社が「米粉パンケーキミックス」を開発したもののPRに悩んでいました。中小企業の相談所である直鞍ビジネス支援センターが提案したのは、食育や地産地消といったストーリーを想起させる方法でした。
福岡県直方市にある占部大観堂製薬の創業は江戸時代、1790年(寛政2年)から230年続いている老舗企業です。主に、医薬品や医療部外品、化粧品、健康食品などを手掛けていますが、これまで業界紙以外への広告は出稿しておらず、一般の消費者にはあまり知られていない存在でした。同社にとって企業の認知度を高めることは長年の課題でした。
そこで訪れたのが、直鞍ビジネス支援センターです。筆者(岡田センター長)は「直方市と農家が一丸となって取り組んでいる米粉用米『ふくのこ』が商品開発のヒントになれば」と、直方市が開催する米粉セミナーや商品開発を得意とする地元商社を紹介しました。
ふくのことは、2015年(平成27年)に誕生した米の品種。直方市とJA直鞍が力を入れて生産を拡大。年間生産量は約90トンに上ります。血糖値の上昇抑制が期待できるレジスタントスターチが8%含まれているほか、デンプンの一種のアミロースも多く含み、麺などへの加工も適しているとされています。
研究熱心で行動力のある営業課長の占部康浩さんは、「ふくのこ」が血糖値の上昇抑制が期待できるレジスタントスターチを含んでいることに着目し、幅広い年代の方や小麦アレルギーの方にも安心して食べられる「米粉パンケーキミックス」を作ることを思い立ちます。製薬業で取得している「GMP(医薬品の製造管理・および品質管理に関する基準)」に準じた本社の工場で製造できることは同社の強みです。試行錯誤の末の2019年、ついに小麦粉を一切使用しないグルテンフリーの「米粉パンケーキミックス」を完成させました。
占部大観堂製薬が食品事業に参入した理由には、企業の認知度向上だけでなく、創業230年を迎えるにあたり食育への貢献を視野に入れていたことがあります。占部さんは「地元の老舗企業として直方市で生まれた原材料を使った特産品を作るため、一緒にチャレンジしたかった」と当時を振り返ります。
ところが、「米粉パンケーキミックス」は出来上がったものの、これまで手掛けてきた製薬事業や健康食品事業とは異なり、一般食品事業の販路開拓や商品PRなどは未経験で、具体的な方法が思い浮かびません。占部さんは再び、直鞍ビジネス支援センターを訪れました。
筆者が提案したのが「パンケーキを保育園で焼く試食会」でした。占部さんにとっては目から鱗でした。これまでおこなってきたPR方法は、ドラッグストアなど店舗への営業や展示会への出展が中心で、占部さんは試食会の開催などまったく考えにありませんでした。
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「そもそも保育園に協力していただけるのだろうか? 園児たちはおいしいと言って食べてくれるのだろうか?」
考えれば考えるほど不安が広がりました。しかし、試食会を提案したのには、ある狙いがありました。
筆者は、「ふくのこ」を使用した「米粉パンケーキミックス」のPRには、消費者に地域に根差した、間違いのない商品であることを伝えることが重要と考えていました。
また、すでに類似品もあるなかで、消費者が占部大観堂製薬の「米粉パンケーキミックス」を積極的に手に取るための仕掛けが必要という考えから、原材料や容量などのスペックばかりを伝えようとするのではなく、消費者に商品の持つ物語を想起させる方法を選択しました。それが、保育園で行うパンケーキの試食会だったのです。
「ふくのこ」は筑豊平野ですくすくと育ち、実りの時期を迎えたときに地元の園児たちが刈り入れを手伝ってきました。自分たちが刈り入れた米粉用米がサラサラの粉になって「米粉パンケーキミックス」が出来上がり、自分たちで焼いて食べるのです。占部さんが思い描いていた地域貢献や、子どもたちの食育にもつながります。占部さんと筆者は早速プレスリリースの準備を進め、タイトルは「園児が刈り入れた米粉を使用したパンケーキ試食会」と打ち出しました。
すると試食会当日、テレビ局1社と新聞3社が取材に入り、保育園は大賑わいとなりました。
「米粉パンケーキミックス」は牛乳や卵を混ぜてホットプレートで焼くと、甘い匂いが広がり、ふっくらもちもちのパンケーキができあがります。また微量の塩が沖縄県産黒糖のやさしい甘みを引き立てます。できあがったパンケーキに地元のはちみつやいちごを乗せ、大きな口を開けてほおばる園児たちの笑顔は夕方のニュースで大きく取り上げられ、直方市報の表紙も飾りました。
反響はすぐにあり、小麦アレルギーのお子さんを持つ方から販売場所を尋ねる問い合わせが相次ぎました。中には「小麦粉不使用の商品は少ないので、近くで買えるのは助かります」という切実な声もあり、占部さんの次なる商品開発への意欲を後押ししました。以前から「米粉パンケーキミックス」を納入していた地元の小売店でも「新聞・テレビで紹介された商品です!」とPRすることで、販売数が順調に伸びているそうです。
「試食会で子どもたちが目の前でおいしそうにパンケーキを食べている姿を見て、今後の商品開発にも自信が付きました」と語る占部さん。お金をかける方法ではなく、自分たちにできる方法でPRできたことや、製薬会社のこれまでの取り組みが認知されたことにも感謝の気持ちを語っていました。
また直方市のふるさと納税返礼品にも加えられ、さらに自社通販を開始してAmazonでも購入できるようになり販売数量は順調に増加しているとのことです。占部さんは今も直鞍ビジネス支援センターを訪れ、販路拡大や次なる商品開発に向けて挑戦を続けています。
直鞍ビジネス支援センターにとっても、直方市の特産品と老舗製薬会社を結んだことにより、地方が課題としている産業活性化や地産地消などの問題解決につながるなど相乗効果を生んでいます。直鞍ビジネス支援センターではこれからも、中小企業のみなさんの声に耳を傾け、一つひとつの事案と真摯に向き合いながらサポートしていきます。
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