個人事業主の事業承継手続きを解説 書類提出や税金対策の注意点は
個人で事業を営む「個人事業主」の親族から事業を引き継ぐ際は、法人とは大きく異なる手続きがあります。スムーズに進めるために、必要となる書類手続きのポイント、個人版事業承継税制の利用など税金対策の注意点、借入金への対応などについて、基本から解説します。
個人で事業を営む「個人事業主」の親族から事業を引き継ぐ際は、法人とは大きく異なる手続きがあります。スムーズに進めるために、必要となる書類手続きのポイント、個人版事業承継税制の利用など税金対策の注意点、借入金への対応などについて、基本から解説します。
目次
法人(株式会社を前提とします)の事業承継手続きは、経営の承継(人的承継)と自社株の承継(物的承継)の2つを併行して進めます。先代から代表取締役の地位を引き継ぎ、自社株の承継で支配権を得ることで形式的に手続きが完了します。
個人事業の場合、代表取締役という法的な地位も株式もなく、法人とは手続きが異なります。個人事業主の承継は、後継者が事業を開業することで人的承継が行われ、先代から事業用資産・債務を引き継ぐことで物的承継が完了します。
個人事業主の事業用資産・債務を引き継ぐ方法は、売買、贈与、相続のいずれかに当てはまります。
先代事業者の事業用資産・債務を、親族である後継者もしくは第三者に売却する方法です。先代には売却資金が入るメリットがあります。M&Aで第三者に売却する場合、交渉で高い価額を狙うことになります。先代が得た利益は、譲渡所得として所得税の課税対象になります。
先代の事業用資産・債務を存命のうちに、後継者に無償で譲るのが贈与です。先代に資金的余裕がある場合や、後継者が若く資金力が乏しい場合に選ぶ傾向があります。
贈与により、先代から後継者へと個人間で経済的価値が移転するので、受贈者の後継者に贈与税が課されます。ただし、一時に多額の事業用資産の贈与を受ける場合、相続税よりも少額の移転で高い累進税率(最高税率55%)が課税されるので、年数をかけての贈与移転、または、後述する相続時精算課税制度、個人版事業承継税制を適用するなどの対策が必要です。
先代が死亡し、相続または遺言による遺贈で、事業用資産・債務が移転する場合になります。相続人または受遺者たる後継者に相続税が課されます。
相続発生後は、遺言に基づく財産分割、遺言が無い場合は遺産分割協議が必要になるとともに、小規模宅地等の特例や個人版事業承継税制の適用等で税負担を軽減する対応を検討することになります。
売買や贈与は後継者に購入資金や贈与税の負担が生じることから、特に事業用不動産については、先代が後継者に無償で貸与(使用貸借)し、相続発生時に承継することも考えられます。
一般的に、先代の経験と信用で成り立っていた事業を短期間で承継するのは、容易ではありません。先代が5~10年以上の余裕を持って、後継者を監督・教育しながら事業を引き継ぐことが望まれます。取引先等の人脈や営業面での対応、事業用資産の関連書類、会計・税務面での引き継ぎ等、一つひとつ後継者に教えることをお勧めします。
先代が承継のために個人事業主を廃業する場合、税務面の手続きは次のとおりです。
所轄税務署
都道府県
(都道府県ごとに書類名や期限が定められます。下記は東京都の場合)
後継者が個人事業主として承継し、開業する場合の税務面の手続きは、次のとおりです。
所轄税務署
都道府県
(都道府県ごとに書類名や期限が定められます。下記は東京都の場合)
いずれの場合も、労働保険(労災保険・雇用保険)は所轄の労働基準監督署やハローワーク、社会保険については、所轄の年金事務所で廃業、開業の手続きが必要です。
事業用資産・債務を売買、贈与、相続によって承継者に移転する際、先代事業者個人の名義のものは承継者名義に変更する必要があります。
先代が屋号を商号登記している場合は、法務局で変更の手続きを要します。許認可が必要な事業を承継する場合は、所轄行政庁に対して後継者として改めて許認可を求める必要があります。
銀行口座については、後継者名義の口座開設が必要になります。その他、リース物件契約の名義変更、広告・看板・封筒他各種事務書類、パンフレット、ホームページ等、先代事業者の名義の書き換えは多岐にわたります。取引先との契約も承継者名義に変更することになります。
先代事業者の存命中に、後継者が無償で資産・債務を承継する場合、1~12月の1年間の贈与額(贈与財産の価額から債務負担額を控除した金額)が基礎控除の110万円を超えると、贈与税が課されます(暦年課税制度)。
先代が60歳以上で後継者が20歳(2022年4月1日以降は18歳)以上の子や孫であれば、相続時精算課税制度による贈与も選択できます。贈与者ごとに累積で2,500万円の特別控除額かつ、税率は一律20%の適用なので、多額の資産を少ない贈与税負担で移転できるメリットがありますが、相続時に同制度適用後の贈与金額全てを贈与時点の評価額をもって相続財産に持ち戻し、相続税を計算します。同制度によって既に支払った贈与税は相続税から控除されます。
贈与税の申告及び納税の期限は、贈与した翌年の3月15日となります。
先代の死亡で財産・債務を承継する場合は相続税が課されます。申告と納税は、死亡したことを知った日の翌日から10カ月以内に行う必要があります。
後継者が事業を引き継いだ年の所得については、先代、後継者ともに翌年の3月15日までに確定申告・納税を行う必要があります。ただし、先代事業者が死亡した場合、1月1日から死亡日までの所得については、死亡したことを知った日の翌日から4カ月以内の確定申告(準確定申告)が必要です。
消費税は2年前の年間の課税対象となる売上高が1,000万円を超えると、納税義務が生じます。
先代の生前に事業を継いだ場合は、原則として開業後2年以内は消費税の納税義務はありません。一方で相続の場合、先代事業者の2年前の年間課税対象となる売上高をもとに、納税義務が判定されます。そのため、課税対象となる売上高が1,000万円を超える事業を相続で承継した場合、後継者は承継1年目から消費税の納税義務が生じます。
固定資産税は、固定資産を所有している人にかかる市町村税(東京23区内は、都が都税として課税)です。1月1日現在、土地、家屋及び償却資産の所有者として、固定資産課税台帳に登録されている人に、固定資産税評価額をもとに課税されます(標準税率1.4%)。市街化区域内の不動産には別途都市計画税も課税されます(制限税率0.3%)。資産が承継された翌年から、後継者に課税対象が切り替わります。
先代事業者から承継する時、事業が資産のみであれば理想的です。しかし、設備投資や運転資金として調達した借入債務も引き継がざるを得ないケースが、多く見られます。先代が廃業して後継者が事業を継ぐ際、債務に関しては金融機関との関係上、個人保証も後継者が引き継ぐのが通例です。
投資資産の売却資金で借入債務の返済ができなければ、事業で得た資金からの返済が必要です。少しでも資金に余裕を持たせるために、収益力の向上、原価や販管費コストの削減、税金対策による税負担の削減等の努力を要します。
個人版事業承継税制とは、後継者が先代事業者から一定の事業用資産を贈与、相続、遺贈で取得した場合に、経営承継円滑化法に基づく都道府県知事の認定を受けることで、その事業用資産への贈与税または相続税の100%について納税が猶予され、一定の要件を満たせば免除される制度です。
贈与によって贈与税が猶予され、その後に贈与者である先代が死亡した場合、猶予された贈与税は免除されますが、事業用資産は先代から相続で取得したとみなし、改めて相続税の課税対象となります。
相続税の納税猶予で一定の要件を満たしていることについて都道府県知事の確認を受けたうえで、相続税申告をした場合、その事業用資産について相続税の納税猶予の適用が受けられます。
そして、納税猶予された2代目後継者は、次世代の3代目後継者に、同税制を適用して、事業用資産を承継できます。もしくは2代目後継者が死亡した場合、その2代目について猶予されていた相続税が免除されます。
【個人版事業承継税制の適用対象資産】
事業用資産で確定申告書の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されているのものになります。
個人版事業承継税制は、後継者が先代から贈与または相続によって事業用資産を承継する際の納税負担が猶予で軽減でき、要件を満たせば免除もされることが何よりのメリットです。
【個人版事業承継税制利用の注意点】
1. 10年間の時限措置であり、適用するためには2024年3月末までに提出が必要な書類がある
2019年1月1日~2028年12月31年の間に行われる相続または贈与が対象です。なお、後継者は2024年3月31日までに「個人事業承継計画」を都道府県に提出することが必要です。
2. 全ての事業用資産を一括して贈与・相続することが必要
先代の事業用資産で、確定申告書の事業所得に係る青色申告書の貸借対照表に計上されているものを全て取得する必要があります。例えば、土地は取得せずに建物や機械のみを相続・贈与で得る場合、同税制の適用は受けられません。
3. 小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)との併用はできない
相続の際に一定の要件を満たすと400㎡まで事業用土地の80%の評価減が適用される小規模宅地等の特例(特定事業用宅地等)とは、選択適用となっています。比較検討して有利な方を選びます。
4. 猶予期間中は3年ごとに継続届出書の提出が必要
納税猶予の適用を受け続けるには、「継続届出書」に一定の書類を添付して3年ごとに税務署に出す必要があります。後継者が生涯猶予の適用を受け続けるなら、3年ごとに継続して出す必要があり、怠れば猶予税額全額と利子税を納付する必要があります。
生命保険については、その保険料を先代事業者が負担していたものは、相続税の課税対象です。死亡保険金の受取人が相続人なら、全ての相続人が受け取った保険金の合計額に対して、非課税限度額である500万円×法定相続人の数について、相続税の課税対象から外れます。受取人も相続人である後継者にすることで、相続時の納税負担を軽減できます。
先代からの相続時に発生する相続税よりも、少ない贈与税の負担で財産を後継者に移転できるなら実行すべきです。そのためには、仮に相続が発生した場合の相続税額を試算し、その相続税率を下回る税率で贈与額を決定します。
小規模宅地等の特例適用や上述の死亡保険金の非課税枠は、贈与に適用されず、相続のみ適用されます。財産額によっては、贈与によるメリットを得るには、少額の贈与を長期間行うことになるかもしれません。先代が若くして、計画的に贈与を行うならば10年、20年とコツコツ贈与することで、確実に相続税の軽減が実現できます。
ただし、生前贈与は実質的に相続財産の分割を先行するという側面もあります。相続時に後継者以外の相続人から「特別受益」として、遺産分割の争いを招く可能性もあるので注意が必要です。
先代事業者から売買、贈与、相続によって資産を引き継ぐ際は、資産の評価、納税等の手続き、届出書の提出について専門家への依頼をお勧めします。
特に届出書については「青色申告承認申請書」のように提出期限を過ぎると、承継した年分の確定申告について適用されないものがあります。消費税の届出書の選択も複雑な上に、選択によって納税額に大きな差が生じる場合があります。自分では難しいと思う方は、税理士に依頼した方が安心かつスムーズです。
事業承継対応の経験が豊富な税理士などに、承継実行前の計画段階からフォローしてもらうのも良いでしょう。過去の成功・失敗の経験からのアドバイスや、先代と後継者とのコミュニケーションを円滑にする役割も期待できます。
事業承継は先代の資産承継の側面もあります。相続税対策(財産評価対策・納税財源の確保対策・財産の移転対策・遺産分割対策)も併せて依頼することをお勧めします。
税理士法人山田&パートナーズ パートナー 税理士
1995年慶應義塾大学総合政策学部卒業。大手不動産会社に勤務後、中央大学大学院商学研究科博士前期課程修了を経て現職。不動産オーナー等富裕層への相続対策コンサルティング、自社株問題を抱えるオーナー社長への事業承継コンサルティングを得意分野とする。
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