事業承継でぶち当たる三つの壁とは 家業経営のヒントをまとめた白書
全国の家業後継者を支援する団体「家業イノベーション・ラボ」が2020年末、「家業イノベーション・ラボ白書2020」を発行しました。初めて企画された白書には、事業承継に向けた課題の整理のほか、承継に詳しい専門家からのアドバイスや成果を出している後継者の体験談など、経営のヒントが詰まっています。
全国の家業後継者を支援する団体「家業イノベーション・ラボ」が2020年末、「家業イノベーション・ラボ白書2020」を発行しました。初めて企画された白書には、事業承継に向けた課題の整理のほか、承継に詳しい専門家からのアドバイスや成果を出している後継者の体験談など、経営のヒントが詰まっています。
家業イノベーション・ラボは2017年に発足し、全国の後継者を対象にセミナーやイベント、アイデアソンなどを定期的に開いています。ラボの共同運営者を務め、神奈川県藤沢市で養豚業を営む宮治勇輔さんと、栃木県さくら市のゴルフ場運営会社セブンハンドレッド社長の小林忠広さんが、白書の編集に関わりました。
白書はラボの3年間の活動で得た知見をまとめたものです。2020年末には白書の発表イベントが開かれ、宮治さんは「日本は堂々たる老舗企業大国ですが、親の代のビジネスモデルで食べていけるほど、家業は甘くありません。家業を継ぐ者だからこそ知っている情報を白書にまとめました」と話しました。
白書のプロローグでは、民間調査機関などのデータを用いながら、日本の法人に占めるファミリービジネスの割合が97%を占めることや、創業100年以上の老舗企業が全国に約3万3000社も存在していることを紹介しています。
白書では「事業承継の課題」と題し、後継者がぶち当たる三つの壁について整理し、解決への道筋を提示しました。
「先代への提案が通らない」、「先代が決算書を見せてくれない」など、主に先代との間に隔たる壁になります。例えば提案が通らないケースについて、白書では次のような対処法を提示しています。
「自分がやりたいことを先代に納得してもらえるよう、意思決定を助ける説得材料や根拠を用意するなど、理解を得られる努力をすること。中には、まずはスモールスタートで進めて結果を出して事後報告すると、先代からOKをもらえることもある」
後継者自身の考え方や行動に課題がある場合を想定しています。白書では相続と事業承継を混同していたり、事業承継は親の仕事と考えて自らは積極的に動かなかったりといったケースを紹介しました。
また、後継者が陥りやすい「罠」について、一般社団法人軍師アカデミーの資料を用いながら詳しく説明しています。
軍師アカデミー代表理事の神崎充さんは、白書の発表イベントにも登壇。「世の中の多くが後継者の存在価値に気づいておらず、後継者自身も肯定感を持っていません。しかし、事業承継の覚悟を固めた瞬間に後継者には価値が生まれ、家業の可能性が広がります」と鼓舞しながらも、次のような課題を指摘しました。
「後継者が問題を放置しても、日々の仕事が動いてしまうような会社はやっかいです。多くの後継者は未熟なところからスタートしますが、誰よりも強い覚悟を持って現状を理解し、どんな経験が足りないかを見つめる必要があります」
事業承継の時点で、先代のビジネスモデルなどが賞味期限切れになり、イノベーションの妨げになっているケースがあります。白書では、イノベーションの課題として、以下の四つを取り上げました。
過去の成功体験に縛られたり、既存のブランドにとらわれてしまったりするなど、ビジネスモデルが時代に対応していないという問題を指します。
高齢化が進み、イノベーションを阻む社員がいるなど、企業が硬直化してスピード感や権限委譲が少なくなった状態になります。
同業者や同じ地域の知り合いだけで固まってしまうなど、内向きの志向による弊害を挙げています。
DXを取り入れて事業に活かすノウハウがない、生産性向上に取り組むリソースがないなど、進化するテクノロジーへの対応が遅れているという問題点を指摘しています。
白書では、事業承継を後押しする専門家へのインタビューも掲載しています。前述した軍師アカデミーの神崎さんに加え、中小企業経営を研究している桜美林大学教授の堀潔さんが、家業の可能性について、次のようなコメントを寄せています。
「一人でビジネスをゼロから始めるのは大変ですが、先代から受け継いだビジネスは既に経営資源があり、従業員がいます。既存社員は抵抗勢力になる可能性もありますが、応援してくれる可能性だって十分にある存在です。親の時代の赤字があったとしても、代々受け継いだビジネスは、積み重ねの中で競争に勝つ力を秘めているかもしれません」
堀さんは白書の発表イベントで後継者に向けて、横のつながりを持つことの大切さを強調しました。「先代が亡くなってから借金が分かるなど、マイナスからスタートする会社もありますが、そこから這い上がる後継者もいます。そういった経験をみんなで共有していくのが大切ではないでしょうか」
白書の後半では、2人の家業後継者が自身の体験談を寄せました。
横浜市の発泡スチロール加工会社「第一フォーム」代表取締役の澁谷正明さんは、JTBなどを経て2002年に家業に入りました。同社は澁谷さんの父の代から、薄利多売競争に乗らず、オブジェや企業の出展ブースなどに使う、デザイン性の高い発泡スチロールを製造していました。澁谷さんは白書の中で、他業種と協業しながら新規事業を進めたり、製造現場への権限委譲を図ったりした経験を紹介しました。
白書の発表会にも登壇した澁谷さんは「通常の発泡スチロール製品は、1個売っても1円くらいしか儲かりません。アイデアや加工技術を活かした製品を追及し、自分で価格を決められるようにして、利益構造を変えようと思いました」と話しました。
和歌山県海南市の「平和酒造」は日本酒「紀土」で知られています。4代目の山本典正さんは、白書の中で「家業に戻って最初に実家の酒を飲んだらおいしくなかった」と語っています。東京のマーケットでも支持される商品を造ろうと、主力だったパック酒からの転換を図り、5年くらいかけて納得のできる日本酒を造りました。
山本さんは発表会で、組織文化の改革についても触れ、「以前は新人に技が共有されにくい面がありましたが、グループメッセンジャーなどのツールを使いながら、もろみの発酵経過など、製造技術の見える化に努めています」と話しました。
セブンハンドレッド社長の小林さんは、編集に関わる中で「家業はイノベーションを起こして、業界を変え得る可能性があるということを実感しました」と言います。「承継するために知っておきたいことや、承継意思のある方を応援する内容とともに、自分の立ち位置を知ることで、家業を継ぐ本気度を少しでも高める白書になっていれば嬉しいです」と話しています。
全36ページに及ぶ白書では、家業イノベーション・ラボの事業内容や今後の取り組みについても紹介しています。内容は無料でダウンロードできます。
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