業績低下のメーカーを変えた「ありがとう経営」 信頼を得た商品の特徴
岐阜県関市の部品メーカー・マツバラは、コロナ禍でありながら躍進を続けています。2017年に原材料高騰の影響で業績が落ち込みましたが、3代目は顧客や社員から「ありがとう」と言われる経営を目指し、自社の強みを生かした製品の差別化や働き方改革などを進めた結果、V字回復を果たしました。
岐阜県関市の部品メーカー・マツバラは、コロナ禍でありながら躍進を続けています。2017年に原材料高騰の影響で業績が落ち込みましたが、3代目は顧客や社員から「ありがとう」と言われる経営を目指し、自社の強みを生かした製品の差別化や働き方改革などを進めた結果、V字回復を果たしました。
マツバラは1950年に創業した鋳物製品メーカーです。主に自動車や建設、農業機械などの部品を製造し、創業者の次男で3代目の松原史尚さん(54)が、2009年から経営を担っています。2020年度は公益社団法人・日本鋳造工学会で2つの賞に輝くなど、技術力は高く評価されています。しかし、少し前にはピンチに直面していました。
2017年、鋳造業界は繁忙期を迎えていましたが、松原さんの顔は曇ったままでした。景気回復に比例して原材料の価格も高騰したからです。納める部品の価格に少々上乗せしても、原材料の値上げの波は止まらず、人件費の高騰も起きました。その結果、売上が伸びているのに、2017年度は毎月赤字が続く状態になっていました。
「働いても、働いても会社が赤字」という状態は、社員の心にも影を落とします。残業や休日手当で一人ひとりの収入は増えたものの、離職者も多いという状態でした。松原さんは「社員の顔が暗い」と気がつき、何か手を打たねば…と思うものの、方向性を見いだせずにいました。
そんなとき、松原さんは女性スタッフから次のように言われ、ハッとしました。「社長、最近下を向いていることが多いですよ、顔を上げてください。社長が不安そうだと、皆が不安になります」
社員の暗い顔の原因は、なんと自分の表情だったのです。「社長はいつも元気で明るくないといけない」と気づきました。暗い気持ちを明るくするのは簡単ではありませんが、松原さんは「心の描写ワーク」という取り組みを行ったことで、意識が変わり、後に顧客や社員の満足度を高め、業績回復につながったのです。「心の描写ワーク」とは一体どんなものなのでしょうか。
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「心の描写ワーク」は、創業者の父から成功するための習慣として教わったもので、作業自体は単純です。ノートの左半分に「子どもの頃から嬉しかったこと、感動したこと(思い出)」を、右半分には「辛かったこと、腹が立ったこと、悔しかったこと」を書き出します。
すると、松原さんのノートの左側には、「人から感謝されたこと」「『ありがとう』と心から言われたこと」が多く並びました。逆に右側には「人を悲しませたこと」や「誰かに叱られたこと」が多く並びました。
中でも、松原さんが辛く、悔しく、腹が立ったのは「わが社の社員がお客様に叱られている姿を見ること」でした。
同じ頃、松原さんは参加していた経営者塾で、東京ディズニーリゾートのアルバイトに一番人気のあるキャストが、掃除担当のカストーディアルだと知りました。担当者は掃除だけでなく、ゲストに道案内をしたり、写真を撮ってあげたりして、一番「ありがとう」と言われるから、というのが理由でした。
松原さんは強く共感し、自分も社員も明るくするために「『ありがとう』と言われる仕事の実践」を経営方針にしようと思いました。
まず、「働き方改革」を行って社員が生き生きと働く姿を見ることで、自分の暗い顔を明るくしようと考えました。
松原さんは、国が2019年に義務化した年5日の有給休暇取得を、2017年度に前倒しして実現しました。社内には「計画有給」という言葉が定着。2019年度には全社員の平均有給消化率が7割を超えて年15日以上を取得し、2020年度は8割を超えるペースで進んでいます。残業時間の月40時間以下の厳守、女性管理職の登用、育休・産休の取得も進めました。
もちろん、その分のコストがかかります。原材料費の高騰も含めて、全ての費用を明確にして、顧客に「値上げ」のお願いをしました。 しかし、これは低価格の部品の大量生産を続けてきた同社のビジネスを根本から見直すことを意味しました。
マツバラの主力である自動車部品のほとんどは、他社でもできる商品です。そして、10万個に1個でも不良ができると叱られます。まして不具合が再発した場合などは、社員が発注元から大変なお叱りを受けます。それは松原さんにとって、悔しく悲しい経験でした。
正確な品が求められる一方、自動車部品業界は永遠にコストダウンとの戦いでもあります。戦いに勝って受注しても、同業者のどこかが失注しているわけです。価格競争に勝っても、松原さんは、顧客から「ありがとう」と言われている気がしませんでした。
価格の安さではなく、「お客様に『ありがとう』と言われ、喜んで買っていただける仕事がしたい」。そのためには、これまで以上に自社にしかできない仕事に特化する必要がありました。
値上げ交渉に臨んだ松原さんは、3~4割の顧客から断られることを覚悟していました。しかし、85%以上が、値上げ要請を受け入れてくれたのです。「中小企業にはハードルが高い働き方改革を実現している貴社なら、安心して仕事をお願いできます」。こんな温かい言葉をかけてくれる顧客もいました。
当時の取引先約200社への値上げ要請を終えて、松原さんはあることに気が付きました。
値上げを断られて転注されたり、受注量を大きく減らされたりしたのは「マツバラでなくてもいい商品」 ばかりでした。一方、温かい言葉をかけていただけた顧客からは、「ありがとう」と言われる商品の注文がどんどん増え、転注の穴を塞いだのです。
「ありがとう商品」には以下の特徴がありました。
①ロットが小さい
②不良が出やすい
③種類が多い
④納期が短い
いわば手間がかかり、造るのが難しい商品ばかりです。その一つに、遠洋漁業に出る船で使う冷凍庫のコンプレッサーの部品があります。獲った魚が台無しになってしまうため、絶対に壊れてはいけません。円形の部品の直径はわずか5ミリ。これを鋳物で製造するには大変に高い技術が必要です。
それらの商品を発注する顧客は、マツバラに難しいお願いをしていることが分かっているので、完成したときには「ありがとう」と言ってくれるのです。
「ありがとう商品」は、途上国で用いられるケースが多いことにも気づきました。例えばベトナムでは技術移転が進んで、大量生産の部品は製造される一方、少量多品種の手間がかかる商品はつくられていませんでした。
しかし、道路建設でも新設と拡張では、必要な機械が異なります。また、全ての人が新車に乗れるわけではありません。経済的理由から古い中古車に乗り、壊れたら修理して利用する人は世界中に大勢います。リペアパーツのニーズは高く、種類は膨大になりますが、それを現地で入手するのは容易ではありません。
途上国の様々なニーズを満たすには、小ロット多品種な鋳物部品が必要でした。松原さんは、こうした分野の部品を受注・生産することで、持続可能な開発目標(SDGs)の実現に貢献できると考え、「SDGs部品製造業」と名乗るようになったのです。
「ありがとう商品」のウエイトが高まるにつれ、収益性も上がっていきました。もちろん、小ロット多品種の生産は造りにくいので、働き方改革と両立させるには、生産量を絞り込む必要があります。
そこで、営業担当は「マツバラでなくてもいい商品」 のオーダーがあった場合、同業他社を勧めました。マツバラは小ロット多品種であるがゆえに、製造が難しく厳しい納期を要求される建機や農業機械の部品、中古車のリペアパーツなど、ライバルが嫌がる「ありがとう商品」を積極的に受けるようにしました。
顧客からの「ありがとう」には、社員のやる気を引き出す大きな力がありました。造った製品が世界中で喜ばれ、SDGsに直接貢献できるという事実は、社員の誇りを高めました。現場からは、良い改善提案が次々と出てくるようになり、2019年度は生産量は前年比20%減ながらも、増収増益を実現しました。
松原さんは、「ありがとう商品」に込めた思いについて、次のようにコメントしています。
「ありがとう」と言っていただくためには、単に得意分野、SDGs、小ロット多品種への移行だけでなく、お客様が「困った」と言う問題の解決に、徹底して取り組む必要がありました。海外からの平均単価が10年で2倍以上に上がった背景から、鋳物の日本国内への輸入総重量は20万トンから、11年で10万トンまで半減しました。
しかし、鋳物製品は分野に限らず、一方的に海外からの仕入れ先に値段を上げられても、受け入れるしか手段がなく、お客様が困っておられました。心から「ありがとう」と言っていただくために、初期費用を安く、初品認定のためのデータを速やかに提出。小ロット品の生産性向上と改善を重ね、納得して当社を選んでいただける仕組みを確立しました。その結果、海外から日本に回帰した部品を受け入れ、お客様に心から「ありがとう」と言っていただいたことが多くありました。
「ありがとう商品」のマーケットは予想以上に大きなものがありました。効率重視の同業他社がやりたくない商品や、中国製品の値上げの影響で、顧客の困り事は増える一方です。
マツバラでは造型機の購入など新たな設備投資で、「ありがとう商品」をさらに受注できる体制を整えつつあります。それができるのは、「手間のかかる商品の生産を、知恵と工夫で改善し続けている社員と、応援していただけるお客様のおかげです」と松原さんは言います。
コロナ禍に見舞われた5~6月には、社長と部長クラスが中心となった「製造部元気プロジェクト」を起ち上げました。工場の稼働日数の低下で空いた時間を使い、現場社員と面談して社内の課題を洗い出し、生産性の向上につなげました。
松原さんは「最近怒らなくなりましたね」などと言われることが多くなったといいます。「社長、顔を上げてください」という女性社員のひと言が、松原さんと会社を変えたのです。同社の離職率は大きく下がり、2021年は6人の新卒社員が入社予定です。
「ありがとう経営」は、どの社長でも実践可能な経営です。経営改革に夢中で取り組むうち、松原さんのような危機突破ができるはずです。
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