注文激減からの出発 鋳造会社4代目が生んだ「おもいのフライパン」
2017年に発売された「おもいのフライパン」という名の調理器具が売れ続けています。開発したのは、愛知県碧南市の老舗鋳物メーカーの石川鋳造です。元々は自動車部品などを手がけていた同社が、畑違いの調理器具を製造することで得た気づきや工夫は何だったのでしょうか。
2017年に発売された「おもいのフライパン」という名の調理器具が売れ続けています。開発したのは、愛知県碧南市の老舗鋳物メーカーの石川鋳造です。元々は自動車部品などを手がけていた同社が、畑違いの調理器具を製造することで得た気づきや工夫は何だったのでしょうか。
石川鋳造は1938年に運送・精米業として創業し、時を経て鋳物業へと変わりました。4代目の石川鋼逸さんは30歳で社長を継ぎました。その頃は、水道や産業機械の部品、アルミ自動車部品を製造するために必要な消耗品を製造・販売していました。
しかし、電気自動車などのシェアが増えることが予想される中、代わりのオリジナル製品を作らなければならないと強く思ったといいます。
もうひとつの転機は、リーマン・ショックでした。自動車産業が一気に冷え込み、注文は激減。石川さんは時代に左右されることなく、自社の強みを活かして作っていける製品はないだろうかと思いました。社長になって4年目に、30代の若手社員を中心に4人でプロジェクトチームを組み、会社の「この先」を支える製品を考えることにしました。
鋳物は熱伝導率と蓄熱温度が高いことが特徴です。それを活かす調理器具を作りたいというアイデアはすぐに出てきました。中でも、家庭での使用頻度が高いフライパンの製造で意見は一致しましたが、同業他社が自社製品として既に調理器具を製造・販売していることがわかります。
同じ業界で他社と同じことをするのはタブーという雰囲気があったうえ、二番煎じと言われることへの躊躇もあり、フライパンの開発はいったん、中止にすることに。他のアイデアを絞りますが、調理器具に代わるものがなかなか見つかりません。
模索を続けるうち、先行する同業他社のメーカーが、今後は調理器具一本で生きていく決断をしたという情報が飛び込んできました。社長と会う機会を得た石川さんは、その会社の調理器具はヨーロッパのメーカーとデザインや機能性が似ているのではないか、という疑問を率直にぶつけてみました。
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そうしたら「これはメイドインジャパンであり、自分たちがこだわっている精密加工技術を駆使して作った製品。だからまったく別物だ」という答えが返ってきたのです。
そういう考え方があるのか、と驚いた石川さん。「同じものではなく、世の中にないフライパンを開発すればいい」と決意し、新たな市場を開拓することにしたのです。
石川さんはどんなフライパンを開発しようかと思案する中で、飲食店で食べる肉と、自宅食べる肉では、同じような食材でもおいしさに違いがあったことに気がつきます。肉が大好物の石川さんは、その理由は調理器具ではないかとひらめきました。
調べてみると、市販のフライパンはほとんどが軽さを求め、薄く作られていることがわかりました。しかし、肉をおいしく焼くためには厚くなくてはいけません。厚みがあれば、全体に素早く熱が回り、表面に焼き目を付けるだけではなく食材の中まで均一に火を通します。調理時間も短く済み、加熱のしすぎで肉が硬くなることもありません。
「これはチャンスだ」と思った石川さんは、肉が自宅でおいしく焼けることに特化したフライパンを作ろうと決心します。
現場の職人達も前向きで、スムーズに試作を始めることができました。しかし、焼き面を厚くする一方、その重さを感じさせないようにするため、持ち手の形状を工夫する必要がありました。試作したフライパンは1000個にも及び、最初の製品を売り出すまでに、実に3年の歳月がかかりました。
フライパンの開発で、もう一つ大事にしたのは、鋳物の表面をなめらかに仕上げる自社の技術を活かすことでした。そこで、フライパンを無塗装で作るという大きなチャレンジをしました。
市販のフライパンのほとんどは、焦げ付きを防ぐための塗装が施されていますが、高温で調理したり傷が付いたりすると、剥がれてきます。しかし、無塗装で仕上げることにより、はがれた塗装が口に入らず、使い捨てにすることもない「安心・安全」なフライパンが実現できます。石川さんは「無塗装のフライパンは、よほどの技術がない限り他では作れないだろう」と自信を持っています。
開発段階では「毎日、挫折しそうだった」という石川さんにとって、フェイスブックの個人アカウントでの投稿がモチベーションになりました。ある日、「今日からフライパンを開発します」と宣言し、試作段階から投稿を続けていきました。最初は懐疑的だった友人達も、次第に応援モードに。それが程よいプレッシャーになって、途中で止めるわけにはいかなくなったと言います。
開発が進むにつれて応援してくれるファンも増え、ついに最初の製品が完成しました。「おもいのフライパン」には、「重い」と「思い」という二つの意味を入れました。直径20センチのフライパンは焼き面の厚みが5ミリもあり、重さは1.2キロにもなりましたが、すぐに200個以上のフライパンが売れたのも、地道なフェイスブック投稿を重ねて、ファンを作り出した結果だと考えています。
「おもいのフライパン」が誕生して3年。製品のラインナップは5つに増え、会社全体の売り上げの2割に達しています。近い将来、この比率を4割にしようと、生産能力を上げる工夫を続けると同時に、製品にも少しずつ改良を加えています。
価格は直径20センチのフライパンで11000円(税込)になりますが、石川さんは商品に自信を持っています。「ひとつずつ作るので、まったく同じものはできません。工業製品ではありながら、ある意味工芸品でもあります。価格も高くなってしまうのですが、完成に至るまでの作業工程や職人の技術を見ていただければ、納得してもらえると思います」
石川さんは自社製品の良さをもっと知ってもらおうと、ユーチューブやインスタグラムでの発信を続けるほか、お肉が毎月定期便で届く「お肉のサブスク(定期便)」(月10800円~)のサービスを始めるなどの新しい工夫を続けています。
その柔軟な発想の源を聞くと、「野球をやっていたからかな」と笑います。
石川さんは大学卒業後、当時社長だった父親から「30歳までは好きなことをやっていい」との約束を取り付け、母校の碧南高校野球部で7年間、監督を務めていました。野球の試合では流れを見ながら、状況を的確に読み、戦術を考えて分析しなくてはなりません。そこで培った洞察力が今に活きている、と言います。
石川さんは「フライパンの常識を覆し、調理器具の革命を起こしたい」と言います。自宅で誰でも肉がおいしく焼けるようになれば、それだけで食卓が明るく楽しくなります。これからも、いい製品を作り出すことに情熱を傾けるつもりです。
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