サントリー伊右衛門に学ぶブランディングの成長 低迷を脱したアイデア
サントリーの緑茶「 伊右衛門」は、2004年の発売当時は、緑茶本来の味と巧みなブランド戦略でヒットしました。その後は競合に遅れを取っていましたが、2020年に商品の味や色合い、ボトルデザインやCM戦略まで大胆に変えて売り上げをV字回復させました。中小企業経営にも通じるブランディング戦略のヒントを探るべく、サントリー食品インターナショナル・ブランド開発事業部伊右衛門グループの大塚さらさんに、お話を伺いました。
サントリーの緑茶「 伊右衛門」は、2004年の発売当時は、緑茶本来の味と巧みなブランド戦略でヒットしました。その後は競合に遅れを取っていましたが、2020年に商品の味や色合い、ボトルデザインやCM戦略まで大胆に変えて売り上げをV字回復させました。中小企業経営にも通じるブランディング戦略のヒントを探るべく、サントリー食品インターナショナル・ブランド開発事業部伊右衛門グループの大塚さらさんに、お話を伺いました。
中小企業の後継者にとって、いかに引き継いだブランド価値を守り、成長させるかは、大きな課題です。これは大企業も例外ではありません。
2004年に誕生した「伊右衛門」は、サントリーにとって背水の陣で挑んだ商品でした。それまでの緑茶市場は、伊藤園の「おーい お茶」が一強で、各社がその後を追う戦国時代。サントリーは惨敗を続けていました。大塚さんは当時の状況をこう振り返ります。
「拡大する緑茶市場に食い込むには、柱となる商品の開発が欠かせないと分かっていましたが、新商品を投入しては1年ほどで撤退することを繰り返していました」
2001年には「熟茶」という新商品を売り出しましたが、コンセプトの段階から、消費者のニーズを満たせておらず、売れませんでした。
サントリーは失敗の原因を徹底的に見直しました。行き着いたのが、コンセプトよりも緑茶の「中身そのもの」を見直すという視点でした。それまでは、コンセプトやパッケージデザインなどを前面に出していましたが、「外側の目新しさだけでは、いつまでたっても勝てない」と、方針転換を図ります。
キーワードは「これまでとまったく違う緑茶を世に生み出す」。実現を支えたのが、「熟茶」の挑戦で生まれた成果でした。失敗の中から、成功につながるどんなヒントを見いだしたのでしょうか。
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伊右衛門の開発を突き動かしたのは、「非加熱無菌充填」という新技術でした。これは「熟茶」で採用していた常温無菌充填を応用し、開発したものでした。
大塚さんは「それまでのお茶は、充填時に強い熱を加える手法が一般的でした。しかし、当時としては新しい非加熱無菌充填という技術により、ペットボトルでありながら本格的な緑茶の味わいを実現しました。これが伊右衛門の大きな武器となりました」と説明します。過去の失敗を失敗のままにするのではなく、次への学びに活かしました。
新商品をさらに魅力的にしたのが、京都の老舗茶舗「福寿園」とのコラボレーションです。サントリーも歴史ある企業ですが、「サントリーの看板では、日本人がお茶に求める歴史や味わいを伝えきれないという判断がありました」と言います。「日本文化の伝統を守り続ける福寿園と取り組むことで、イメージはもちろん、日本茶としての完成度への信頼を得ることを目指しました」
福寿園にとっても、長年守り続けた暖簾をかけた挑戦です。緑茶の魅力を引き出す味わいなど、双方が納得する商品を開発するための技術開発は困難を極めました。その苦労が報われる形で、福寿園の創業者の名前に由来した新商品「伊右衛門」が誕生しました。
竹筒をイメージしたボトル、きれいな緑色、淹れたてのような風味と味わい、俳優の本木雅弘さんが伊右衛門を演じて、妻役に宮沢りえさんをキャスティングしたCMなど、様々な戦略を仕掛けました。原点回帰の真ん中にこそ、新しい緑茶のニーズがあると信じた当時の開発チームには、「もう次はない」という覚悟があったといいます。
「中身にもコンセプトにも自信がある、販促も手を尽くした。祈るような気持ちで発売初日を迎えました」。そんな大塚さんたちの緊張感を吹き飛ばすかのように、「伊右衛門」は発売初日から欠品するほどの大ヒットを飛ばし、サントリーを代表するブランドに成長しました。
しかし、 飲料各社がしのぎを削る緑茶市場で、勢いを保ち続けるのは至難の業です。伊右衛門の出荷数量は2005年をピークに多少上下しながらも、右肩下がりを続けました。ライバル社も新機軸の緑茶を次々と送り出し、伊右衛門の魅力が相対的に埋もれていきました。テコ入れのために「伊右衛門 特茶」などを展開したり、ボトルのマイナーチェンジを繰り返したりしますが、思ったような効果は得られませんでした。
「2018年には緑茶の4大ブランドの中で、最も売上が低いという深刻な状況でした。理由を分析してみると、他の商品にはそれぞれ、急須で淹れたお茶、生の茶葉の香りと味といった一言で語れる強みがあります。しかし、伊右衛門には『CMのイメージは強いけれど、お茶そのものの特徴というと…』という消費者の声が聞こえてきたんです。これこそが、低迷の原因だと感じました」
2019年には伊右衛門の出荷数量がピーク時と比べて、約40%も減少しました。このままでは、コンビニなどの店頭で目立つ場所に置いてもらえないという負のスパイラルに陥りかねません。緑茶の真ん中にある価値をリブランディングするために、味、液色、パッケージなど、伊右衛門初の全面リニューアルに挑むことになります。
価値を理解してもらうため、緑茶のおいしさが一目で伝わるきれいな緑色にこだわりました。大塚さんは「緑茶は飲む人の8割が、月1回買うかどうかというライトユーザーです。商材の分かりやすさが必要でした」。
そのような色を出すだけなら、技術的には難しくないといいます。ただ、その場合、味が水っぽくなる問題がありました。色と味を両立するために、福寿園との試作は数百回にも及びました。
「伊右衛門には京都福寿園監修という品質への絶大な信頼感があります。新しい火入れの技術を採用して、おいしそうに見えるきれいな緑色と味を両立させたお茶に、徹底的にこだわりました」
15年近く培ってきた伊右衛門のブランドイメージにも聖域無く切り込みました。 鮮やかな緑色を最大限強調するため、伊右衛門の看板だった竹筒をイメージしたボトルをやめて、四角い形状に変えました。同時にラベルの面積を半分にして、美しい緑色が目に入るデザインにしました。
さらに一部では、必要な表示だけをボトルに掛けてラベルをなくし、お茶の色だけが目に入るボトルを発売するなど大胆な取り組みも行いました。
CMも大胆にリニューアルしました。伊右衛門を演じる本木雅弘さんに加え、令和の消費者代表として人気俳優の芦田愛菜さんを起用しました。芦田さんに商品名が強調されたラベルをあえてはがしてもらう演出で、「緑茶らしい美しい緑色を印象的にアピールしました」(大塚さん)。
周辺価値を追う小手先の変化ではなく、伝統を守りながら「新しさ」に挑戦する。そんな難題に挑戦したリニューアルは、2020年4月に始まりました。その頃はコロナ一色で、大々的に準備していたキャンペーンも規模を縮小せざるを得なかったといいます。
それでも、リニューアル発売後、1カ月で売れ行きは前月の約2倍となり、4~12月期では前年比で約3割増のヒットを遂げました。2020年の緑茶市場では、年間売上1位を獲得したのです。
大塚さんは言います。「緑茶の色がきれいでおいしそう、すっきりした味が飲みやすいという声が多く、我々の狙いをお客様に届けることができました。ロングセラー商品は守りに目が奪われがちですが、大切なのはお客さまが求めている本質的な価値を、常に問い続けることです。そして、恐れることなく、価値を新たに更新していく姿勢が重要だと思います」
大塚さんが強調する「本質を見極める」という言葉の根っこには、「生活者の不を解決する」というサントリーの企業姿勢があるといいます。「消費者はどんな不便を感じているのか」という思いが、すべて商品開発の出発点です。
水と混ぜるだけで飲むことができる濃縮タイプの「やさしい麦茶」も、その一例です。麦茶は家庭での消費量が多い商品ですが、ペットボトルが重くて、保管スペースを取るといった不満を抱えていました。それらを一気に解決できる策として、持ち運びに便利なうえに、ごくごく飲めるだけの量の麦茶を作れる濃縮タイプという発想が生まれたのです。
自社製品のブランディングは、会社の規模やジャンルに変わらず、常に向き合うべき経営課題です。 伊右衛門のブランディングを進めた大塚さんはこう話します。
「今の時代は、何が消費者の心に刺さるのか予想しづらいといえるでしょう。でも、だからこそ、どこに柱を置くかを見極める目が重要だと思っています。例えば、高級食パンが人気なのも、素材にこだわったおいしさがウケているからです。何を柱とするかをしっかりつかむことが、ブランドを成長させる道になると思っています」
伊右衛門の誕生、そして停滞からのV字回復からは、常に商品の「本質」を追い求める姿勢が浮かんできます。大企業でも、一度ヒットした商品でも、絶えず変化を続けなければ勝ち残れないというブランドの厳しい現実もあります。価値観が広がる時代だからこそ、自社のオリジナリティーを再認識し、新しいチャレンジを恐れない精神が「愛されるブランド」を育てるのだと、改めて感じます。
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