世界遺産のお膝元で金属プレス加工業

 世界文化遺産「富岡製糸場」から西へ5㎞ほど、群馬県富岡市にある野口製作所は、金属プレス加工業の会社です。代表を務める野口大輔さんは、2代目。1967年に父親が創業した会社を受け継ぎ、20人強の社員を率いています。

野口大輔さん

悩みは新規事業の具体化

 「ステンレスの絞り加工」という非常に難しい加工技術を得意分野としており、コロナ禍でも直近の業績は順調に推移しています。ただ、日本国内におけるモノづくりの地盤沈下は著しいため、「製造業1本足打法では立ち行かなくなる。将来を考えると、経営体力に余裕がある今のうちに事業多角化を進めたい」と、野口社長は常々考えていたといいます。

 とはいえ新規事業のアイデアが浮かんでも、それを形にしていく時間はなく、社内に相談相手もいないため、具体的に事業化に着手するところまでいけずにいました。

 4年前、社長を引き継いでから「新規事業を立ち上げるなら、金融機関からの評価が良く、資金調達も可能な今しかない」と思うものの、人材が足りない。そんな課題を抱えていたところ知ったのが、「副業人材サービス」でした。

 最近よく耳にする「副業」という言葉の響きに最初は、「小遣い稼ぎ、サブ的にやる仕事の印象があり、躊躇する気持ちもありました。ただ、正社員として雇うと後戻りできませんが、副業の人材ならダメだと思えば契約を終了すればいいだけ。リスクなくチャレンジできると思い、まず、やってみることにしたんです」と、野口社長は話します。

副業人材採用の決め手は「課題への共感」

 新規事業として考えたのは、まったくの異業種、「介護関連の情報共有サイト」の立ち上げでした。野口社長の家族が介護の仕事をしているため、現場の課題とその解決策についてアイデアはある。ただそれが業界共通の課題なのか、事業化に向けた問題点が何かなどを相談する相手、アイデアを形にしてくれる人材がいなかったので、その部分を補ってくれる副業人材をJOINSを通して募集しました。

 募集に対し応募人数は5人。決まったのは、名古屋在住の30代男性で、在宅医療クリニックで経営企画に携わり、介護事業者向けネットサービスのマーケティング業務を行っている松本真二さんでした。

 「介護業界向けに新規事業開発を行いたいという募集内容だったので、私のスキルが活かせるのではないかと思い応募しました。世の中にある不満や不便を解決するサービスを作るということに、とてもやりがいを感じています」

決め手は「共感」

 書類選考の後の「1次面談でほぼ腹を決めていた」と野口社長は言います。決め手は、「介護業界に対して感じている課題に共感できたから」。

 新型コロナ感染症拡大の影響を考慮して1度も対面で会うことなく、オンライン通話のみでの面談でしたが、「仕事に関することだけでなく、お互いの家族のこと、プライベートなことも包み隠さず話すことで、とても人間味を感じることができました。群馬と名古屋、あえて遠くに住んでいる方とともに働くことで、まったく違う都市の介護の課題を解決できたらおもしろいな、と新たな夢も浮かびました」(野口社長)。

 2週間に1度行うオンライン会議では、「介護関連の業界に感じている課題感」をお互い出し合い、意見をぶつけあう中で事業化に向けて内容をブラッシュアップしました。サービス内容や価格、提供方法などの事業アイデアをお互いに書き出し、その「フレームワーク」を共有しながらオンライン会議で議論を進めたといいます。

 会議での話し合いをもとに副業人材は、事業ターゲットとなる介護事業者の方々へのインタビュー、アンケート調査を実施し、解決すべき課題を明確化していきました。そこからさらに、野口社長と副業人材とで、見えてきた課題に対してどういったサービスを立ち上げるか話し合いを進めたそうです。

 見込み顧客への聞き取りやアンケート調査を通じて検証と改善を繰り返していたら、元々考えていた介護施設とケアマネージャーのマッチングはそれほど市場性がないということがわかりました。そこから派生したアイデアの中で形にしたいものが見えてきたのでニーズはあるのか、さらに調査しつつ、同時にプロトタイプのWebサイト作成に着手したところです。

 「副業を行う松本さんは名古屋、野口社長は群馬という異なる地域でインタビューし仮説、検証できたことで地域による違いや共通事項もわかりました。対面でお会いしたのは名古屋で1度きりですが、その際、名古屋の介護事業者の方を紹介されました。事業について受け身ではなく、主体的に動き提案してくれるところが、仲間という感じがしてうれしく思いましたね」(野口社長)。

一歩を踏み出す原動力は「伴走する仲間」

 野口社長は以前、コンサルタントを雇い、新規事業、経営戦略、既存事業についてアドバイスを求めたことがあります。コンサルの「客観的な助言」は、自身が経営で迷い悩んだときの重要な指針になります。ただ、一歩を踏み出す、現状を変える原動力にはなりませんでした。

 一方で「副業人材の方は、早速、アンケート調査を実施してくれるなど、手足を動かしてくれます。お互いの意見を交換し合いながら方向性を決めていける。私の思いに共感し、一緒に走ってくれる“創業仲間”を見つけた感じですね」。

 だからといって、これから次々と副業人材を雇い、事業を回していけるとは考えてはいません。
 「既存事業である製造業では、工場長が退職したからといってそのポジションを副業人材の方にお願いするということはないように感じています。ただ、顧客の新規開拓という部分では、副業人材の方にお願いすると、従来の形とは違ったやり方の発見につながるかもしれません」

 副業人材を活用し新事業をスタートさせることで、スピード感をもって一気に形にできる。このメリットが大きいと野口社長はいいます。

 「やってみれば成功、失敗の結論が出せます。結論が出れば、次の手が打てる。頭の中で考えているだけの状態から一歩踏み出せた、この効果は会社の将来にとって大きいように感じています」