目次

  1. テレワークを進めるための注意点
  2. テレワークの導入手順は
    1. 推進体制の構築
    2. 基本方針の策定と周知
    3. 労務管理方法の決定
    4. ICT環境の整備
    5. セキュリティ対策
    6. 業務管理・人事評価の手法
    7. 教育・研修
  3. テレワークの情報セキュリティ
    1. アクセスの制限
    2. 暗号による管理
    3. 運用のセキュリティ
    4. ネットワークのセキュリティ
  4. 従業員に徹底させるには
  5. 「業務の見える化」による効果
  6. メンタルヘルス対策にも配慮を
  7. テレワークで生き方が変わる

 テレワークには、通勤時間の短縮、無駄な会議が減るなどのメリットがある一方、従業員の側からは「誰とも話さないので孤独感が募る」「チームのメンバーとコミュニケーションが取りづらい」などの声も聞かれます。

 経営者や人事・労務を担当することが多い後継ぎらは、テレワークを浸透させるために、どのような点に気を付ければ良いのでしょうか。自らも経営幹部としてテレワーク導入を実践し、「これならわかる テレワークの導入実務と労務管理」(日本実業出版社)を上梓した、弁護士で茨城県つくば市議の川久保皆実さんに聞きました。

――テレワークは、どのような種類のものがありますか。

 在宅勤務、サテライトオフィス勤務、モバイル勤務の三つに分かれます。在宅勤務は主に従業員の自宅で働くスタイルです。サテライトオフィス勤務は、シェアオフィスなどで働くことで、在宅勤務やモバイル勤務以上に作業環境の整った場所での仕事が可能になります。モバイル勤務では、カフェや電車内などを利用して働くことにより、外勤でのすき間時間や移動時間を有効活用できます。

――テレワーク導入に向いているのは、どのような職種や業務でしょうか。

 データの入力・修正・加工、資料の作成、企画立案などの業務が、テレワークに向いていると言えます。また、Web会議ツールを導入すれば、会議や打ち合わせの業務もテレワークで行うことができます。

 総務、経理などの管理部門やエンジニアのソフトウェア開発などデスクワーク中心の職種は在宅勤務やサテライトオフィス勤務、営業など外回りの多い職種はモバイル勤務に適していると言えます。

 一般的に、店頭での接客や工場での製造といった職種はテレワークに不向きと言われます。ただ、どんな職種でも細かく業務を棚卸ししていくと、オフィスにいなくてもできる業務はあります。一部の業務を切り出して、テレワークにすることも可能です。

――企業におけるテレワークの導入手順はどのようなものでしょうか。

 大きく分けて以下の7段階があります。

 テレワークに関わる部門の代表者などを集め、テレワークを推進するためのチームを作ります。

 テレワークの導入目的、対象者、対象業務、実施頻度などを盛り込んだ基本方針を作り、従業員に周知します。

 テレワークで働く従業員について、労働時間管理や労働安全衛生対策などをどのように行うのかを決定し、その内容は就業規則本体、またはテレワーク勤務規程に定めます。

 テレワークを行う際の利用端末やシステム方式を決定し、必要なICTツールを導入します。

 テレワーク時に情報漏洩などのセキュリティ事故が発生しないよう、技術的な対策を施すとともに、テレワークセキュリティ規程にルールを定めます。

 業務プロセスが見えづらいテレワークにおいて、業務管理や人事評価をどのように行うかを検討します。

 テレワークの対象者及びその上司・同僚に対して、教育・研修を行います。

 テレワークを導入する際には、これらの7段階について、何をしたのか、これから何をするべきかを整理するワークシートがあった方が便利です。「これならわかる テレワークの導入実務と労務管理」には、ワークシートのひな型を掲載しています。このようなひな型を参考に、テレワーク導入に向けたワークシートを作成しても良いと思います。

――テレワークではパソコン等を社外に持ち出すことから、情報漏洩などが心配な経営者もいます。注意点について教えて下さい。

 まず、技術的な対策が大切です。具体的にはテレワーク導入前に、以下の4つの観点から、体制を整えることが必要です。

 アクセスの制限とは、第三者からの不正アクセスによるデータ等の情報資産の改ざん、破壊、漏洩等のリスクを回避するためのものです。例えば、社内サーバーやクラウドシステムは、所定のIPアドレスからのみアクセスできるような制限を設定することが必要です。

 暗号化をしておけば、パソコンを紛失したり、盗難に遭ったりした場合でも、情報漏洩のリスクを防ぐことができます。具体的には、テレワークで使用するパソコンのハードディスク内のデータを、常に暗号化しておく方法が考えられます。他には、セキュアコンテナ(暗号化された企業用の業務データエリア)を作成するソフト及びサービスの利用、暗号化機能、パスワードロック機能、ウィルスチェック機能といった、情報漏洩対策付きのUSBメモリの使用が考えられます。

 運用のセキュリティ対策としては、パソコンやサーバーなどの端末に常に最新のウイルス対策ソフトを入れておくこと、そして万が一の感染に備え、電子データの定期的な自動バックアップを徹底することなどが重要です。

 ネットワークのセキュリティについては、ウイルス感染や不正アクセスがされにくいネットワークの使用が大切です。例えば、ネットワークはVPN(*)を使用したり、不正な通過パケットを自動的に発見又は遮断する措置が可能なシステムを導入したりすることが求められます。また、モバイル勤務の場合には、ウイルス感染の危険性のある公衆Wi-Fiは使用せず、通信キャリアが提供するモバイルルーターを使用するといったルール作りも望まれます。

 *Virtual Private Networkの略で、インターネット上に仮想の専用線を設定し、特定の人のみが利用できる専用ネットワークのこと。VPNを使用すると、通常のインターネットと比べ、回線上でやり取りされるデータを第三者からハッキングされるリスクが格段に低くなる。

――従業員にもセキュリティ対策も徹底させる必要がありますね。

 一般的に自宅であれば、個室のドアを閉めてしまえば、セキュリティは保たれると思います。注意しなくてはならないのは、サテライトオフィス勤務やモバイル勤務のように、第三者がいる空間で行う勤務です。

 特に、サテライトオフィスでも、コワーキングスペースのように他にもたくさんの人がいる場所なのか、それとも個室が用意されて施錠できるのかによって、必要なセキュリティ対策は異なります。

 施錠可能な個室以外のサテライトオフィス勤務やモバイル勤務の場合には、パソコンなどのハードウェアは肌身離さずに持ち歩き、モニター画面には覗き見防止フィルターを装着するように徹底させることが重要です。紙媒体の資料は部外者が周りにいる場所では閲覧させず、不要になった場合にはシュレッダーで裁断処理させましょう。

 業務終了時には、パソコンなどのハードウェアや機密情報が含まれている紙媒体資料を、キャビネットなどに施錠して保管すること、そしてサテライトオフィスは、入退室管理や監視カメラ等のセキュリティ対策がしっかりしているところを選ぶことなども重要です。

 これらの注意点はテレワークセキュリティ規程に盛り込み、研修などで従業員に周知して、社内で徹底できれば安心です。研修内容については、セキュリティ対策を怠ったばかりに顧客の情報流出が起こり、賠償金などで億単位の損害が出た事例などを紹介すると、従業員にとってはインパクトがあるようです。

――川久保さんが取締役を務めるソフトウェア開発会社もテレワークを実践していると聞きました。

 2020年9月から完全テレワークを実施しています。前述したようなワークシートや規程を作ることも大切ですが、最も重要なのは、テレワークで円滑に業務を遂行することです。その時、カギになるのが「業務の見える化」です。

 勤怠管理を例にとると、テレワーク中の従業員が勤怠管理システムで出勤のボタンを押していたとしても、本当に勤務を開始しているかはわかりません。ところが、「業務を見える化」し、各従業員について、今日一日どのような業務を行っていたかを分単位で把握できるようにしておけば、テレワーク中の従業員側にも常に見られているという意識が働き、緊張感をもって働いてくれる傾向があります。

 また、「業務の見える化」を行えば、業務管理の質や業務効率が格段に上がりますが、そもそもテレワーク導入のために「業務の見える化」をしようという発想が違うと思います。オフィスで働いている場合でも業務はきちんと見える化すべきで、それができていない会社もたくさんあります。

 オフィス勤務時にも「業務の見える化」がしっかりとできている会社であれば、テレワークに切り替えても全く支障なく業務管理ができます。

 テレワーク導入の有無にかかわらず、「業務の見える化」を行うことは、企業の業務改善にとても重要です。

――では、経営者らはテレワーク下の業務管理をどのように実行するべきですか。

 コロナ禍によるテレワークが始まった時、多くの会社はメールで業務の進捗管理をしていました。ところが、そのやり方だとメールが膨大になってしまい、管理が面倒になって長続きしません。

 また、「業務の見える化」をエクセルで行っている企業もありますが、エクセルでの管理には機能的な限界がありますので、やはり業務管理にはシステムの導入が有効だと思います。

 私は2016年頃からテレワークに関心を持ち始めて、研究をしていました。その中で、テレワーク導入で問題になるのは「業務の見える化」だと思い、それが実現できる業務管理システムの開発に携わりました。

 私が取締役を務める会社では、この業務管理システムを導入しています。今誰がどこで何の業務を行っているか、その業務にどれだけの時間を費やしたか、業務の進捗状況はどうか等、業務管理に必要な情報を詳細に把握でき、テレワークであっても問題なく業務管理ができています。

――ICTツールなども使いこなしていると聞きました。

 社内のWeb会議で使っているのはDiscordというオンラインシステムです。勤務中の従業員は全員Discordにログインし、部署ごとに分かれたDiscordのボイスチャンネルに入室してもらいます。

 通常時は音声も画像もオフにしていますが、同じボイスチャンネルにいる従業員同士は、音声や画像をオンにするだけで、すぐに音声通話やWeb会議を始めることができます。オフィスの同じ島にいて気軽に話しかけることができるのと同じ状態を、Discordを用いて実現しているのです。

 ちなみに、集中が必要な作業をするため、Discordで話しかけてほしくない場合には、集中部屋というボイスチャンネルにいることもできます。また、Discord上に複数の会議室を用意しており、個別の打ち合わせや面談などは、会議室のボイスチャンネルで行っています。これらの機能はすべて無料で、とても重宝しています。

 お客様との会議にはGoogleMeetを使っています。Googleカレンダーに会議予定を追加するのと同時にWeb会議の設定もできるので大変便利です。

東京都府中市にあるサテライトオフィス

――テレワークになって、1日中誰とも話さず、気分が落ち込んでしまうという声も聞きます。

 テレワークによるメンタル不調を理由にした休職が増えているという話を聞きます。また、孤独によるうつやコミュニケーション不足も耳にします。

 そうしたことを防ぐために、私の会社では毎朝、5分程度の朝会をオンラインで実施しています。朝会では、従業員が順番に担当になり、前日の担当者からの質問に答え、翌日の担当者に質問をするといった質問リレーや、最近あった良いニュースを共有するといった取り組みをしています。

 「社長からの一言」を朝会で繰り返していても盛り上がりませんが、従業員目線の質問リレーやニュース共有は盛り上がり、また従業員同士がお互いの人となりを知ることができる効果もあるようです。

 また、毎月実施している従業員へのアンケートでは、「先月、他のスタッフがした好プレー」という質問項目を設けており、そこで挙がった回答を、毎月1回の全体会議で紹介しています。従業員同士がお互いに好プレーを称え合うこの仕組みも評判がいいですね。社長と従業員の個別面談も月1回実施し、仕事や人間関係の悩みなどについてしっかりと聞き取り、問題があれば迅速に改善するようにしています。

 経営側はツールに頼るだけでなく、何らかの工夫で孤独やコミュニケーション不足を解消する努力はすべきだと思います。

――テレワークへの移行はスムーズでしたか。

 我々は20人程の会社ですが、その前から役員3人は全員テレワークをしていました。代表取締役の夫は、当時は私と一緒に東京に住んでいたので、月1回しかオフィスがあるつくば市に来ていませんでしたが、困ることはなかったです。当時から「業務の見える化」をしていたので、完全テレワークへの移行は非常にスムーズでした。

――テレワークのメリットは何でしょうか。

 従業員にとっては、場所に囚われずに働けること、通勤にかけていた時間を仕事やプライベートに有効活用できることが主なメリットです。テレワークが可能になると、どこに住むかや通勤にかけていた時間を何に活用するかを、従業員が自由に選択できるようになります。

 そういう意味で、テレワークは従業員の生き方を変える力を秘めた働き方であると思います。また、テレワークであれば通勤が困難な障害者の方も働くことができ、多様な方が活躍できる社会の実現にも資すると感じています。

 経営者にとっては、従業員の離職を防ぐというメリットもあります。例えば、夫の転勤に伴って離職する女性が数多くいますが、最近では夫の転勤で東京から地方に移住した後も、テレワークで勤務を継続しているという例も出ています。

――川久保さんもテレワークが人生の転機につながったと伺っています。

 2020年7月につくば市に移住する前は東京都内に住んでいました。自社内はWeb会議を利用していても、お客様との会議はやはり対面であったため、都内にいた方が便利だったんです。

 ところが、コロナ禍でWeb会議が当たり前になり、お客様との会議もオンラインでできるようになりました。その時に感染リスクの高い都内に高い家賃を払って住み続けているよりは、テレワークをしながら地元のつくば市で子育てをしたいという気持ちが強くなり、思い切ってつくば市に移住したのです。

 地元の公立保育所に2人の子どもを預けて働き始めると、保育所における親の負担が都内よりもつくば市の方がはるかに重いという事実に直面しました。そこで、保育所の制度改革などを掲げて2020年10月のつくば市議選に立候補して、初当選しました。テレワークがなければ、政治家になることもなかったと思います。

 テレワークができるようになると、生き方の選択肢が大きく広がります。多くの方々がテレワークを活用でき、自分らしい生き方を選択できる社会になってほしいですね。