「違い」を認めたら職人の適材適所が見えた「旅する和菓子」の仕掛け人
日本に有名なパティシェは数多くいても「有名和菓子職人」を思い浮かべることは難しいでしょう。蜜屋本舗を率いる現社長の次男として生まれ、学生時代にパティシェブームを見た常務の明神宜之さんは、「和菓子業界も、“人”が前面に出てくるようになれば面白いのではないか」と考えました。そんな宜之さんが見いだした人材育成やメディアとの付き合い方、全国各地の和菓子店同士をつなぐ企画の作り方について聞きました。
日本に有名なパティシェは数多くいても「有名和菓子職人」を思い浮かべることは難しいでしょう。蜜屋本舗を率いる現社長の次男として生まれ、学生時代にパティシェブームを見た常務の明神宜之さんは、「和菓子業界も、“人”が前面に出てくるようになれば面白いのではないか」と考えました。そんな宜之さんが見いだした人材育成やメディアとの付き合い方、全国各地の和菓子店同士をつなぐ企画の作り方について聞きました。
和菓子屋の子に生まれ、子供の頃からお菓子が好きだったという宜之さん。「兄(政之さん)は特にお菓子に興味がある様子でもなかったので、漠然と自分が跡取りになるのかも、と考えていました」。
とはいえ、自身も「絶対に跡取りになる」と強い意思を持っていたわけではなかったそうです。ところが、有名パティシェが注目され、多くのメディアに取り上げられるパティシェブームがやってきました。
有力パティシェはメディアなどにどんどん出ることで店や商品も注目されるようになった。自分もそういう店づくりをしてみたい――。そんな想いを持ちながら、大学卒業後は東京の和菓子専門学校に進みました。
東京の専門学校では、自身と同じように家業を継ぐために入学した友人たちと出会いました。「みんな家業がある学生だったので、菓子作りだけでなく、将来どんな店にしたいかといった話をよくしました」。全国から学生が集まっているため、長期休みにはお互いの地元を訪ねたり、旅行先で和菓子屋をめぐったりして、刺激しあったそうです。
そうした経験を通じて、和菓子には地域性があることにも気がつきました。「例えば、(蜜屋の地元である)広島県は『もみじ饅頭』こそ有名ですが、和菓子店そのものは実はあまり多くはないんです。おはぎや柏餅といった季節の和菓子を食べる習慣も、ほかの地域と比べて比較的少ないんです」。
蜜屋の創業者で宜之さんの祖父にあたる故・政之助さんは、高知県の生まれ。地元の和菓子屋で働いていましたが、親戚がいたこともあって、戦後に広島へやってきて店を開きました。当時は和菓子も手作りが当たり前だったので、多くの職人を雇っていたそうです。その後、機械化が少しずつ進み始めたころに、現社長である父、博さんが後を継ぎました。
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「父は職人ではありません。ケーキなどの洋菓子に比べると、和菓子は機械化が進んでいます。だからオーナーが必ずしも和菓子職人である必要はありません。大切なのは屋号。実際、他の老舗の和菓子店を見ても、オーナーはいち経営者という店は少なくありません」
職人の高齢化と機械化が進むタイミングが重なり、宜之さんが家業に入った時代には一気に職人の若返りが進みました。現在は饅頭などの機械で製造する菓子と、上生菓子など手作りで作る菓子の両方を扱っており、宜之さんの他にも職人が6人います。
20代が3人、40代が3人で、このうち20代の1人は、宜之さんが2019年から外来講師を務める広島製菓専門学校の元生徒です。一方、40代の1人は、広島メルパルクで8年程前から約5年間開いていた和菓子教室の元生徒。
「明神さんのもとで上生菓子を作りたい」という問い合わせも多く、メディアや講師など、和菓子職人としての仕事以外も積極的に受けてきたことが、縁を紡いできたようです。
宜之さんが採用にかかわり始めたのは2013年ごろ。若手の和菓子職人を育てようと積極的に指導していたそうです。上生菓子づくりは専門学校を卒業したから一人前というわけにはいきません。働きながら練習して技術を磨いて、やっと職人として認められる世界です。
しかし、家業を継ぐ、独立したいといった理由で辞める人がいたり、働き方改革の影響もあってか、仕事や働き方に対する意識も人によって色々です。思うように育成が進まず、どうしたらよいかと悩んでいた時期もあった、と宜之さんは打ち明けます。
一方、40代の3人は、もともと菓子作りが好きだったというだけあって練習熱心。時間を見つけては「私の考えた研修プログラムに沿って、3人とも自主的に工場で練習しています」。
上生菓子を作る技術を競うコンクールなどでは、5種類の上生菓子を作り、評価されるそうです。「五味」「五形」「五色」といって、味や形、色がそれぞれ異なる、花鳥風月を基本とするデザインに加え、季節感やバランス、色彩感覚なども問われます。研修でも、まず5つの上生菓子のデザインを考えて、絵にすることからスタートします。
デザインができたからといって、その通りに作ることは簡単ではありません。形が整っているか、色のトーンが季節に合っているか――。さまざまな角度から宜之さんが出来のよしあしを判定し、修正していきます。
思い通りの色を作るのも難しく、「思ったよりも黄色っぽいな……」と何度も混ぜ合わせていくと、色がにごったり、餡(あん)が乾燥したりしてしまいます。何度も練習を重ねてコツを習得することが重要になるのです。
40代の3人は既に和菓子製造技能検定の2級を取得。合格時は「40歳を過ぎての遅いスタートながら、プロの和菓子職人に仲間入りした」と業界でも評判になりました。店に並べる商品作りもある程度、任されています。
また、3人がデザインから手掛けたものを「ひよっこ上生菓子」と名付けて、手ごろな価格で定期的に販売しています。「それがもっと上達したい、というやる気につながっているのかもしれません」と、宜之さんも刺激を受けている様子です。
一方、若手には若手の強みがあるということにも気づきました。「旬月神楽のカフェコーナー用のメニューを考えてもらったり、和洋菓子作りを任せたりしています」。
近隣に幼稚園や小学校があるため、お客様は若いお母さんが中心です。若いお客様に向けた商品やサービスを考える時は、やはり若い人の感性が必要だと考えるようになりました。
「職人一人ひとりの考え方や適正の違いを認めることで、適材適所が実現できるようになりました」
2010年には日本菓子協会東和会の年間最優秀技術会長賞、2011年には全国菓子研究団体連合会の上生菓子部門で銀賞、全国和菓子協会の優秀和菓子職に認定されるなど、数多くの受賞歴をもつ宜之さん。
これらをきっかけに、2012年にはタイ、フィリピン、マレーシアとの和菓子文化交流や、フランス和菓子文化交流で講師を務め、「若手和菓子職人」として、注目され始めました。
2013年には全国菓子大博覧会で工芸作品「光」が農林水産大臣賞、2014年には第1回広島和菓子コンテストで会長賞を受賞。2015年にも全国菓子研究団体連合会の上生菓子部門で最優秀賞を受賞しています。
「コンテストでの入賞やイベントでの表彰などは、やはり職人としての自信やモチベーションにつながります」。継続的に受賞歴を作ったことで、メディアで取り上げられることも増えました。
2020年は新型コロナウイルスの流行が拡大しました。「旅行客が激減し、お菓子も土産需要が目に見えて減りました」。全国の和菓子店が同様の課題を抱え、せっかく作った商品が売れないという悩みを抱えていました。
そこで宜之さんは全国の地元に戻った製菓学校時代の仲間たちに声をかけ、「旅する和菓子」と銘打って、全国各地の銘菓を詰め合わせたセットの販売をスタートしました。
「旅行もままならない状況下だから、お菓子が自らお客様の元へと旅する」というコンセプトです。
1度に全国17の協力店から、計4種類の菓子が詰め合わせとなって届きます。20年4月から、その時々で組み合わせを変えて6回にわたって開催しました。大手新聞でも取り上げられるなど注目を集め、買い手からの評判も上々でした。
こうしたアイデアを尊重し、自由にやらせてくれるのが経営のパートナーというべき兄の政之さんです。宜之さんは兄について「兄は僕の考えや意見を尊重して、基本的に店や商品に関することは任せてくれます。
しかし、会社経営を考えていくうえで、支出を抑えなければいけない場面は必ずあります。兄は、僕がやりたい気持ちがはやって先走ってしまう時に、冷静にストップをかけてくれる頼もしい経営者です」と話します。
宜之さんの目に、和菓子業界の未来はどう映っているのでしょうか。
「和菓子業界は元気がないように見えるかもしれませんが、実は小豆の生産量や消費量は昔からあまり変わっていないのです。コンビニなどでも、どら焼きやまんじゅうといった和菓子は売っていますし、抹茶を使ったスイーツの人気もご存じの通りです。つまり、アプローチ次第で和菓子業界はもっと盛り上がる可能性があると考えています」
ヒントになったのは、クラフトコーラだといいます。「全国で多種多様なクラフトコーラが作られていますよね。同じコーラでも、こだわりや風味が少しずつ違う商品がたくさん出ている。和菓子でも何か似た仕掛けができないかと思っているんです」。
たとえば、「全国の和菓子屋が一斉に抹茶風味のどら焼きを出したらどうか」。
地域によって使う茶葉も違うし、店によって餡の作り方も少しずつ変わるはず。全国の抹茶どら焼きを食べ比べて、好みのものを探すという楽しみ方もできます。
「そんな風に、自分たちからブームを作り出すことができたら。アイデアはいっぱい浮かんでくるので、これからそれを形にしていきたいですね」と、宜之さんは目を輝かせます。
全国の後継ぎ世代が手を携えながら、和菓子の新しいマーケットを創り出すためのアイデアを、日々練っています。
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