「技術と知識」で格安路線を転換 ビジョンメガネの切り札は社内教育
2013年に民事再生法を申請したビジョンメガネ(大阪市)を数年でV字回復させたのは、たたき上げの社長、安東晃一さんでした。安東さんへのインタビュー後編では、同社が業績回復を成し遂げた理由や戦略、従業員による事業承継のメリットについて伺いました。
2013年に民事再生法を申請したビジョンメガネ(大阪市)を数年でV字回復させたのは、たたき上げの社長、安東晃一さんでした。安東さんへのインタビュー後編では、同社が業績回復を成し遂げた理由や戦略、従業員による事業承継のメリットについて伺いました。
――ビジョンメガネが2013年に民事再生法を申請した直後、安東さんはそれまでの格安路線をやめました。「モノ」を安売りしない代わりに、サービスという「コト」を、新たな価値として提供したということでしょうか。
その通りです。具体的に言えば、接客を重視しました。メガネはフレームとレンズからできていますが、レンズにはさまざまな種類があり、お客様ごとに選ぶべきものが違います。ビジョンメガネでは、お客様に最適なレンズをおすすめできるよう、社員の知識向上のための研修を積極的に行いました。
さらに、お客様の目の状態に合ったメガネを提案できる「メガネのマエストロ」という社内資格制度も作って、レンズの価値を正しく伝えることにも注力しました。その結果、品質重視の姿勢がお客様にも伝わり、自然とロープライス店とのすみ分けができていきました。
業界全体の動向として、ロープライス店に流れたお客様が、少しずつ我々のような総合メガネ店に戻りつつありました。最初は安さを重視して購入していたような方が、5年、10年が経過して、メガネを選ぶ基準として、価格よりも品質やアフターサービスといった安心感を重視するようになってきたのです。
――それは、時間と労力がかかる改革だと思います。再生を目指す中、特効薬よりも地道な改善を重視されたのはどうしてですか。
ビジョンメガネの再生には、確かな技術と知識が不可欠だと感じていたのが正直なところです。メガネを扱う人間は技術職なので、指導役に回ってくれる社員がいたのも大きかったと思います。
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技術や知識を軽視したビジョンメガネは、例えて言えば、フレームが付いていないメガネのようなもので、「それなしに商売ができるのか」くらいに思っていました。
――業績に結びつけるための社員教育のポイントは何だったのでしょうか。
社員に「勉強」だと言うと毛嫌いされますね。私も現場にいた頃はそうでした(笑)。「この技術や知識を身につけると、お客様に喜ばれる」と実感してもらうことが大切です。やりっぱなしだと失敗するかもしれないので、ビジョンメガネでは、顧客アンケートを重視しています。
――アンケートをどのように生かしたのでしょうか。
お客様の声をきちんと反映できるよう、アンケートの項目を絶えずブラッシュアップするだけでなく、必ず回答を現場にフィードバックします。そうすると、お客様の反応が手に取るように分かり、店頭スタッフの頑張りも、やはり変わります。
当初の回答率は10%程度でしたが、もっと真剣にお客様の声を聞こうと取り組んで、今では35%くらい回収するようにしました。回収率が高くなるほど、より満足度が高くなるという結果が出ました。
顧客アンケートでは、ビジョンメガネを選んだ理由として「安かったから」ではなく、「説明が丁寧だったから」といった声が大半を占めています。そこを伸ばせば、ロープライス店とは違う価値を求めるお客様をつかむことができると感じていたのです。
――ビジョンメガネでは、商品が購入しやすいように、ビジュアルマーチャンダイジング(VMD)という店舗のデザイン改革にも取り組みました。
それまでは、店舗間で統一感のあるブランドイメージを発信できていませんでした。この2、3年で、デザイナーを新たに採用し、季節ごとに店舗内の色合いを変えるなどしています。スポーツ用のメガネでは、バスケットボールをプレーしている子どもを前面に出したビジュアルを展開するなど、商品ごとに機能が伝わりやすいデザインを心掛けています。
――メガネ業界に限らず、小売業界は長年、「モノからコトへ」の転換が必要だと言われてきました。ビジョンメガネは、安売り路線をやめて、サービスや体験の提供による「コト売り」への転換をするまでに、どんな苦労がありましたか。
「コト」を売ると掲げても、実際に売っているのは具体的な「モノ」なわけです。だから、「モノからコトへ」と言われても、現場の人間は腹落ちしにくい。私自身もいまだにひと言では答えられません。
ただ、メガネは幸い、モノの先にあるコトを実感しやすい商材です。お客様に自分に合ったメガネを選んでいただけたら、「本が読みやすくなった」「運転しやすくなった」など、お客様の体験できるコトが広がります。モノとコトは決して対極ではありません。
「モノの先にあるコトを想像しながら提供する」ということが大切ではないでしょうか。例えば、食材を販売する時も、その先にはお客様が家族に料理を振る舞う楽しい時間が待っていると想像してもらう。そうすれば、単に食材を売るのではなく、お客様の楽しい時間づくりをサポートしているということが、理解しやすいと思います。
――安東さんは創業者でなく、自分から望んで社長になったわけでもないのに、民事再生からの再建という苦しい経験を乗り越え、今も代表として奮闘されています。2015年には8期ぶりの黒字化を達成し、直近の売上高は約48億円になりました。
いまだに「オレが社長だ」という意識はありません。新卒の社員として入社しているので、従業員との垣根を全然感じておらず、一緒に働いてきた仲間としか思えません。
創業者のように組織をぐいぐい引っ張るエネルギーのない私が、この立場にいられるのは、間違いなく自分の力ではなく、従業員のみなさんが力を貸してくれたからだと思っています。その人たちを裏切れないという一心でやってきました。
――とはいえ、安東さんが組織を引っ張っているのは事実です。経営者として掲げている旗印は、どのようなものでしょうか。
「私を信じてください」ですかね。これは「私を信じてついてこい!」という強い言葉でなく、「うそはつかないし、皆さんの不利益になるようなことはしないから、どうか信じてください」というお願いです。
創業者ではなく、2代目、3代目のリーダーとしては、そういうタイプのほうがいいのかもしれません。会社が深刻な危機から脱するためには、個々の従業員の力を引き出すことが不可欠で、社長1人で乗り切れるものではありません。
――「逆境での事業承継」を経た安東さんは従業員承継を成功させた形になります。事業の立て直しを行う経営者に必要な条件は何だと考えていますか。
従業員承継の場合、同じ立場にいた他の従業員の協力が得られやすいと思っています。社内風土がよく分かっている人間が語る言葉は、社員にとっても説得力があり、浸透しやすいのではないでしょうか。
傾いている会社に残る人は、心のどこかに、その会社が好きだという思いがあるはずです。そういう人を見つけ、信じて任せる。すると、その人も最後まで責任を持ってやりきろうと思えるのでなないでしょうか。
私が社長を引き受けた時も非常に厳しい状況で、まさか自分にできるとは思っていませんでした。しかし、そういう嫌な役割は、その人がまっとうできると思われているからこそ回ってくると考えています。私も今では社長を引き受けてよかったと感じています。
運命の人というか、それぞれの会社の中に、継ぐべき人はきっといるのだろうと思うのです。
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