大手の台頭で業績が悪化

 蜂屋食品は1924年に創業。当時は、かまぼこ製造が主力でした。2代目の祖父が戦前に満州で食べたギョーザの味を忘れられず、1961年に自ら作り始めました。長男だった蜂屋さんの実家は、かまぼこ工場とギョーザ工場の間にありました。「工場の中で遊んだり、できたての餃子やかまぼこをつまみ食いしたり。家業は身近な存在でした」

 大学卒業後、東洋水産に就職し、食材の仕入れデリバリー担当として物流のプロセスを学びました。しかし、その矢先、2代目の祖父が亡くなり、先代の父も心臓を患い入院。当時は、大手食品メーカーのチルドギョーザの台頭で、家業の業績は下降していたといいます。「父は戻らなくていいと言いましたが、きっと心労が重なって倒れたのだろうなと」。2001年、26歳で家業に戻り、ギョーザの具を作る生産ラインで修業を積み、営業や販売も担当しました。

商品をギョーザ一本に絞る

 少しずつ経営に携わりだした蜂屋さんは、厳しさを痛感しました。「チルドギョーザは価格競争が激しく、利益が出ません。賞味期限が1週間程度で作りだめができず、製造計画が立てにくい問題もありました」

 当時はかまぼこやワンタンなど製造する商品数も多く、生産効率を上げるために、蜂屋さんは家業に戻って程なく、商品をギョーザに絞りました。「元々かまぼこからスタートした会社で、思い入れがあった父は決断できませんでした。私にとっても苦渋の決断でしたが、ここでやめないと状況が変わらないと踏み切りました」

 共同で原材料を購入していた同業者から、冷凍用生ギョーザの作り方を教わりました。「チルドは1回蒸してから出荷するのでどうしても味が落ちますが、蒸さずに冷凍することでうまみを保てます」

ギョーザを製造する蜂屋食品の従業員(同社提供)

 味を高めるため、冷凍ギョーザには野菜をたっぷり入れることにしました。価格は上がりますが、冷凍食品の需要も高まっており、採算が取れると考えたのです。2001年、蜂屋さん親子は、冷凍用の生ギョーザの生産を始めました。中華の卸問屋に通い詰め、冷凍ギョーザはラーメン屋や居酒屋などに販路を広げました。 

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