目次

  1. 時間外労働の上限規制とは
    1. 建設業も2024年から適用
  2. 時間外労働の上限に違反するとどうなる?
  3. 建設業の人手不足の原因とは
  4. 建設業の働き方が抱える五つの課題
  5. 時間外労働の上限規制に対応する三つのポイント
    1. 相談できる社会保険労務士を探す
    2. 受注1社依存を止める
    3. ITツールの活用
  6. 後継ぎ世代が対策を

 建設業の時間外労働の上限規制を考えるにあたり、まずは以下の点を抑える必要があります。

  • 時間外労働の上限は原則として月45時間、年360時間
  • 長時間残業、休日土日出勤を当たり前とした勤務体制を続けると、2024年4月からは罰則の対象となる恐れ

 2018年、働き方改革の一環として労働基準法が改正され、上記のように時間外労働(休日労働は含まず)の上限は「原則として月45時間、年360時間」と定められました。

 さらに、臨時的な特別の事情があって労使が合意する場合でも、時間外労働は「年720時間以内」、時間外労働と休日労働を合わせた時間は「月100時間未満、2~6カ月平均80時間以内」 とする必要があります。

 大企業は2019年、中小企業は2020年に適用済みですが、建設業は猶予されました。しかし、2024年4月からは、災害の復旧・復興の事業を除き、上限規制がすべて適用されます。法に違反した場合には、6カ月以下の懲役または30万円以下の罰金という罰則(刑事罰)が科されるおそれがあります。

建設業は5年間、上限規制が猶予されましたが、2024年度からは災害の復旧・復興事業をのぞいて、すべて適用されます(出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制」)
建設業は5年間、上限規制が猶予されましたが、2024年度からは災害の復旧・復興事業をのぞいて、すべて適用されます(出典:厚生労働省「時間外労働の上限規制」)

 「人手不足とコロナ禍でただでさえ大変なのに・・・」。時間外労働の上限規制に戸惑う建設事業者も多いとは思いますが、猶予はあと3年を切っています。時間外労働の上限に違反すると、悪質な場合は違反企業の名前が公表されるなど、事業継続が困難になることも考えられます。

 働き方改革は人事部門に任せるようなものではなく、経営者自身が主体的に取り組む課題なのです。

 国土交通省の「建設業における働き方改革」によると、建設工事業全体では、約65%が4週間あたり休日4日以下の就業です。4週間あたり8日間の休日を確保しているのは、5.7%に過ぎません。

建設工事全体では約65%が4週間あたりの休日が4日以下となっています(出典:国土交通省「建設業における働き方改革」)
建設工事全体では約65%が4週間あたりの休日が4日以下となっています(出典:国土交通省「建設業における働き方改革」)

 前述した「時間外労働の上限月45時間」は、繁忙期に特定の人員に業務が集中した時などに、現実的に超えてしまう水準と言えます。さらに、交代要員の少ない工事会社ほど厳しく、土日休日休み無しの会社はすぐに抵触する水準と言えるでしょう。

 とはいえ、現場からは次のような意見もあるでしょう。

 ここで改めて「人手不足」について考えてみましょう。果たして、少子高齢化で世の中全体の働き手は減っているのでしょうか。答えはノーです。

 総務省統計によれば、就業者数は2019年まで7年連続で、毎年60万人前後増えています。2020年は景気後退の影響もあり、減少に転じたものの、過去10年間で見れば、女性がリードする形で「働き手」は増加しています。

 増えた「働き手」はIT、医療福祉、不動産などの産業に流れています。

 統計を見ると、建設業の人手不足は、働き手の減少ではなく、「働き手に選ばれていない採用力不足」が原因で起きていることが分かります。

 建設業以外の産業は先行して働き方改革関連法が適用されていることもあり、就職先を選ぶ人からは「古い働き方の建設業界」と見られている恐れがあります。医療福祉業界では未経験者の資格補助制度等など整備している会社もありますが、建設業では未経験者の受け入れ体制が十分とは言えません。

 建設業特有の働き方の課題を、国土交通省の統計などから整理しました。

 見るのもつらい表ですが、「働き方」を見直している会社と、そうでない会社による格差が生じているのが現実です。特に建設業の場合、法令で人材紹介会社と人材派遣会社の活用が制限されているなど、他産業と比較して制約があることも影響しています。

 そのため、他産業よりも「採用広報」が重要になります。厚生労働省の毎月勤労統計調査によると、コロナ禍で大きな影響を受けている観光、飲食などに比べて、建設業の給与水準は決して悪くはありません。ただ、広報下手で伝わっていないのが現実です。

 筆者は建設業向けにIT関連サービスを提供するクラフトバンクに所属し、日常的に建設業の課題と向き合っています。社会保険労務士の先生や、関連する建設業の経営者の方へのヒアリングを踏まえ、「働き方改革」を進めるための三つのポイントを記載します。

 全国社会保険労務士会連合会が全業種を対象に行った2014年の調査では、社会保険労務士との契約率は56%で、法改正に対応しようにも相談できない中小企業が4割以上いるのが現実です。ただ、法改正の対応には、就業規則の変更(変形労働制の導入)などを伴うので、専門家への相談が欠かせません。

 以前、ツギノジダイで、コスト削減に関する記事を書きました。全社の売り上げの3割以上を特定の1社に依存すると、無理な工期、施工内容など、働き方改革を阻害するような発注者の要求も、のむしかなくなります。

 建設業の場合、「発注者要因」で生じる無理な工期、トラブルも多いのが現実です。時間外労働の上限規制に対応するためには、特定の発注者への依存体質からの脱却を進める必要があります。

 筆者の所属企業クラフトバンクは施工会社から分社化によって発足した会社です。前身の施工会社では業務のIT化や、ツール、データの活用を進め、週休2日、全面リモートワーク、工事請負契約のオンライン化を達成していました。

 例えば、導入から定着に半年以上かかりましたが、今では施工管理などの現場部門も含め全社員が、チャットツールとオンライン会議を使いこなしています。

 建設業の施工管理は、見積もりの作成、発注先の工事会社との情報共有、現場への移動など、施工以外の業務に時間の半分を使い、「実施工時間」を確保できずにいます。ITの活用で「施工以外」の時間を、どれだけ効率化できるかがポイントです。業務改善が進めば、採用でも優位に立てますし、ITにたけた人材を採用できれば、ますます業務改善が進みます。

 働き方改革は、非常に重い課題ですが、現役世代の後継ぎこそ取り組むべきではないかと考えます。長時間労働・休日出勤を前提としてきた世代は、働き方改革といっても具体的にイメージしにくいのが現実でしょう。建設業の経営者だった筆者の父もそうでした。

 建設業の現経営者は、時間外労働の上限規制が適用される2024年には、引退している方も多く、自分事になりにくいとも言えます。実際に、子育てなどの社会課題に直面し、働き方改革の必要性を感じている世代こそ、実感を持って対策ができるのではないでしょうか。

 筆者の所属企業のように、データベースの活用による建設業の売り上げ向上、生産性改善に取り組んでいるケースもあります。このような同業他社の事例も、参考にしていただければ幸いです。