目次

  1. トップダウン経営で急成長
  2. 早くから経営の才を発揮
  3. 曲折をたどった事業承継
  4. 「ワンマン経営」の功罪
  5. 経営者の四つの交代パターン
    1. 君主型
    2. 将軍型
    3. 大使型
    4. 知事型
  6. 事業承継の望ましい形とは
  7. カリスマ経営者と対峙するには
  8. 経営者が抱く葛藤の理解を
  9. 後継者がやるべきこと

 スズキは2021年2月、鈴木会長が同年6月の株主総会で代表権を返上し、相談役に就く人事を発表しました。今後は、15年に社長に就任した長男の俊宏氏が本格的に実権を握ることになります。鈴木会長は記者会見で「肩書を捨てても現役だから、気軽に相談を受ける」と話しました。

 2代目社長の娘婿だった鈴木会長は1978年、4代目社長に就き、軽自動車「アルト」の発売、米ゼネラルモーターズ(GM)との提携、インドへの進出など、トップダウンで様々な事業を推進。78年には3232億円だった売上高を、3兆4884億円(20年3月期)にまで伸ばしました。

 一方で、自身の進退は曲折をたどりました。00年にいったん会長に退きましたが、08年に会長兼務で社長復帰。15年に社長職を俊宏氏に譲りましたが、90歳を過ぎるまで、会長として代表権は保持し続けました。

 鈴木会長の経営を振り返るべく、入社の経緯からみていきましょう。

 スズキは初代の鈴木道雄氏が、静岡県浜松市で織機を開発し、1909年に鈴木式織機製作所を創業したことから始まります。その後、53年に日本初の軽自動車を開発し、鈴木自動車工業(現スズキ)に社名を変更しました。道雄氏には男子がおらず、長女の夫の俊三氏が57年、2代目社長となります。そして、三女の夫の實治郎氏が73年、3代目社長に就きました。

 鈴木会長自身も、58年に創業者・道雄氏の孫娘(長女の娘)の婿養子として鈴木家の一員となり、鈴木自動車工業に入社しました。当時の従業員は1256人で、年間売上高も48億円ほど。2009年の自著「俺は、中小企業のおやじ」(日本経済新聞出版)では、「町工場といっても差し支えない」と回想しています。

 鈴木会長は早くから経営の才を発揮します。31歳だった1961年に豊川新工場の建設責任者となり、無事に完成させます。63年には購買部長に就任し、外注先の工場の指導にもあたりました。64年には取締役営業本部長として、販売代理店の改革にも成功。購買から製造、販売までの機能を掌握し、78年に48歳で4代目社長に就任しました。

 社長就任後も、79年に軽自動車「アルト」を、当時としては破格の安値の47万円で発売して大ヒットさせ、81年には米GMの提携、82年にはインド進出など、積極的に事業を拡大しました。93年には「ワゴンR」を発売し、今もスズキを支えるロングセラー車種に育てました。

スズキのロングセラー車種となったワゴンR(2017年撮影)

 カリスマ経営者として名声を得た鈴木会長は、70歳になった2000年に代表権を持ったまま、会長職に就任しました。社長には一族外から技術畑の戸田昌男氏が就任しました。

 当時、「牽引(けんいん)役は私」としつつ「主役はあくまでも社長」として段階的に権限移譲を進める予定でした。しかし、ほどなく戸田氏が病に倒れ、03年に社長になった津田紘氏も健康上の理由で退任。リーマン・ショックに見舞われた08年、鈴木会長が緊急事態として、会長と兼務する形で社長に復帰しました。

 鈴木会長は後継者の本命として、娘婿で通産省出身の小野浩孝専務を考えていました。「真の後継者、スズキを担う社長にふさわしい」(俺は、中小企業のおやじ)と評価するほどでしたが、小野氏は07年にガンのために早世して、承継プランが崩れてしまいました。

 当時の心境について、鈴木会長は「いまの自分の年齢を考えると、いつまでも私が社長と会長を兼務したままではいられません」(俺は、中小企業のおやじ)と書き記しています。

 鈴木会長は会社全体のレベルアップが必要と考え、毎週月曜と金曜日に実施していた役員だけの昼食会に加えて、曜日ごとに部門別の昼食会を実施。課長職以上にも経営状況や危機意識の共有化を図るようにしましたが、経営の権限委譲はなかなか進みませんでした。

朝日新聞のインタビューに答える鈴木修会長(左)と俊宏社長(2017年撮影)

 15年に、当時56歳だった長男の俊宏氏に社長職を譲ります。俊宏氏は東京理科大学理工学研究科を修了し、日本電装(現・デンソー)を経て、スズキには94年に入社。03年に44歳という若さで取締役に就任し、最年少役員として商品企画部門を統括します。非常に優秀な後継者ではありますが、事業承継のタイミングは遅かったのではないかと思います。

 鈴木修会長は00年に70歳で一度社長を退いた時も「まだまだ現役でバリバリやっていく」(俺は、中小企業のおやじ)と語ったように、その後も20年間、経営の実権を握り続けました。

 スズキの成長につながった面はありますが、そのようなことをしてしまうと、経営幹部は社長ではなく、鈴木会長の顔色をうかがうようになり、社長職が機能しなくなる恐れがあります。

 「ワンマン経営」がすべて駄目というわけではありません。リーマン・ショックやコロナ禍といった有事の際には、有益な経営体制だと思われます。しかし、中長期的に経営幹部を育成するという観点からは問題があり、いつまでも社長職を担う人材を育成できなくなります。また、カリスマ経営者の目を気にして、組織が萎縮(忖度)しかねません。

スズキの燃費不正問題を受けて開かれた記者会見(2016年撮影)

 スズキでは16年に燃費不正問題が発生しましたが、その背景とこのような「ワンマン経営」が無関係とは思えません。

 中長期的に企業を成長させるには、後継者の多少の失敗には目をつぶり、任せてみることが大切です。その過程を経ることで後継者も成長します。事実、鈴木会長自身も4代目になる前に担当した米国事業のUSスズキで苦戦し、2年間で10億円以上の赤字をこしらえ、改善できずに帰国しています。その挫折をバネに、カリスマ経営者への道を歩みました。

 経営者の交代のパターンは以下の四つに分類されます。それぞれの特徴を解説します。

  1. 君主型
  2. 将軍型
  3. 大使型
  4. 知事型

 君主型の経営者は、在任時は会社の規模を大きくすることに力を入れ、企業成長に寄与しますが、自発的には引退しません。そのため、自身が亡くなるか、社内クーデターが生じ、解任されるまで続けるタイプです。ファミリービジネスの創業者に最も多いパターンです。

 将軍型も強制的でないと退任しない点は、君主型に似ています。しぶしぶ引退したのちに、常に後継者が後任にふさわしくないと判断(事実や思い込みの場合もあります)。トップリーダーへの返り咲きを画策し、復帰後は「救済者」として君臨し続けます。

 大使型は最もきれいな交代パターンです。引退後も会社と関係を保ち、後継者の良き指南役(メンター)となります。

 知事型というのは、いさぎよく交代し、会社とは別の出口を見つけて、完全にそちらに移るパターンです。

 経営者は一般的に、鈴木会長のような君主型、将軍型が多いように思います。また、創業者の場合は、自分で立ち上げた会社に固執するのは仕方ない面もありますし、そうであるべきだという考えもあるように思います。

 最も良い交代のパターンは、大使型です。経営者は後継者に対して、共同就業を経たのちに、トップリーダーを後継者に譲り、自身はファミリービジネスと適度な距離感を保ち、後継者のメンターになるべきだとされています。そのように事業承継が行われる、もしくは計画されることが最も望ましい形です。

 では、後継者候補が君主型や将軍型の経営者と対峙する場合、どのようなことに気を付けるべきなのでしょうか。

 いずれのタイプも事業承継計画の策定に、必ずしも否定的とは限りませんが、一般的には前向きには取り組みません。そのため、まず上記のような交代のパターンがあることや、事業承継計画を策定しない場合の不利益について、理解してもらう必要があります。例えば、後継者が後を継がない、ファミリービジネス自体が永続できないといった問題が挙げられます。

 そのうえで、後継者やその次の世代(孫世代)、さらにその次の世代へと、ファミリービジネスを永続させていくイメージを描いてもらうことが重要です。後継者に対しては、親子の葛藤として、ライバル視するようなケースも多くあります。しかし、さらに先の孫世代まで意識するとまた違った気持ちになり、ファミリービジネスの永続性に貢献しようと考えることもあります。

 トップリーダーから退くことを考えている経営者には、以下のような葛藤や緊張関係が起きることを、後継者候補は理解すべきでしょう。

  1. 経営者の心の葛藤として、これまでのカリスマ経営者としての自分の姿と引退後の自分の姿を比べてしまい、寂しさを感じる
  2. 経営者と後継者の間で、新たな関係性に対する変化への恐れ(緊張)が生まれる
  3. 後継者と他の兄弟間で、新たな関係性に対する変化への恐れが生まれる
  4. 経営者と長年勤務していた従業員、取引先との間で新たな関係性に対する変化への恐れが生まれる

 それぞれの葛藤や緊張を理解したうえで、経営者に対して、大使型もしくは知事型の引退をしてもらうように、事業承継をうまく進めていく必要があります。そのための一つの手段として、ファミリービジネスの現状を分析し、真の姿をオーナーに見てもらうことも大切だと思います。

 オーナーが考えている以上の問題が浮き彫りになる可能性もありますが、それをきっかけに、事業承継を検討するかもしれません。

 一般の人も同じだと思いますが、第三者から何か言われるより、第三者からの助言や問いかけを受けて自ら問題点などに気付き、自己認識を改めなければ、なかなか人は変わりません。ファミリービジネスの事業承継を進めるには、様々な角度から現状を分析して、経営者に新しい気付きを与えることが重要だと思います。

 事業承継(経営承継)を円滑に進めていくための具体的な取り組みについては、拙書「『経営』承継はまだか」(中央経済社)をご覧ください。本書ではファミリービジネスが抱えている課題やその解決方法についても、欧米の知見を盛り込んだ内容となっています。ぜひ、参考にしてください。

【参考文献】

「『経営』承継はまだか」(大井大輔著、中央経済社)
「俺は、中小企業のおやじ」(鈴木修著、日本経済新聞出版社)
「トップ・リーダーの引退」(ジェフリー・ソネドンフェルド著、新潮社)