お互いの目線を合わせる

 第三者による事業承継の完了後に起こりがちな問題の一つとして、どちらか一方が改善を提案しても、もう片方がこれまでのやり方を変えることに抵抗し、摩擦が生じることがあります。

 五十嵐さんは2020年、大阪府堺市の創業40年の食品工場「廣瀬食品」を事業承継し、前経営者の廣瀬誠さんと共同で、新しいスイーツの開発に乗り出しました。

 ミシュラン三ツ星の料理店に認められた実績もある廣瀬さんと、フードビジネスやSNSプロモーションを手掛ける五十嵐さん。年齢もバックグラウンドも異なる2人が、スイーツを作り出す過程では、製造工程や方法の違いについて、意見が衝突することもあったといいます。

 五十嵐さんはスムーズに共同開発を行えるよう、大先輩である廣瀬さんへのリスペクトを伝えた上で、以下の三つを心がけました。

  • 遠慮しない
  • 引け目を感じない
  • 「最終責任は自分が持つ」と伝える

 例えば、製造などで新しいやり方を採用する場合は、自分たちの方針や意図、顧客の利益も含めた目的について、きちんと伝えることを意識し、目線合わせに心を砕きました。

 「視点の差は、立場によって大きく変わります。私は大阪の工場を事業承継したと同時に、東京の会社にも守らなければいけないスタッフがいます。お互いが全体的な視点をもって物事を進められるように、事業承継当時から東京のメンバーを紹介したり、何か問題が起こったときには東京のスタッフにも影響が出ることを伝えたりして、(廣瀬さんとの)目線合わせを心がけました」

オーナーシップを示しながら共同開発

 一方で、最終的な方針は五十嵐さんが決定し、それに従って進めてもらったといいます。

 例えば、工場内にあった9割以上の道具や設備を捨てました。その中には、廣瀬さんが購入した比較的新しいミートスライサー(生ハムなどを切る道具)も含まれていました。「スイーツを求める顧客のために必要なものだけを残す」という判断でした。

 「抵抗があることほど、和やかなムードにはなり得ません。それでも時には、やってもらわなければならないこともあります。『万が一、食中毒などが起こったら、全責任は自分が取る』という意思を明確にし、オーナーシップを示しながら、スイーツの共同開発を進めました」

 五十嵐さんと廣瀬さんは、300本を超える試作を繰り返し、新商品の「とろ生ガトーショコラ」を完成させました。独自にブレンドした高品質のオーガニックチョコレート4種と、たっぷりの発酵バターを使用し、自家製の焦がしキャラメルクリームを配合したのが、大きな特徴です。

試行錯誤を繰り返しながら新商品の「とろ生ガトーショコラ」を作りました

事業承継のストーリーを応援

 20年12月、五十嵐さんはクラウドファンディングサイトの「Makuake」で、新商品の予約販売をスタートしました。売れ行きは好調で、最初の5分間で100%の目標金額を達成。10時間で1000%、約1カ月後には3459%を達成しました。

 五十嵐さんは結果を残せた理由について、自身の強みである「SNSプロモーション」と、廣瀬さんの「ミシュランが認めた料理人の手作り」というシナジーを発揮できたからと受け止めています。

 Makuakeで、今回の事業承継のストーリーを紹介したことも、成功の大きな要因となりました。

 「たくさんのガトーショコラがある中で、なぜ私たちの商品を選んでいただけたのか。事業承継への想いや、事業承継によって自社工場を持てたからこそ、ここまで細部にこだわれたことを、お客様にストーリーとして伝えることで、ご納得いただけたからではないでしょうか」

 ストーリーを打ち出してから、多くの顧客から応援の言葉があったといいます。「工場作りからのスタートというストーリーは、後からは修正できません。だからこそ、価値があると思います」

工場で「とろ生ガトーショコラ」を作る廣瀬さん

前経営者の精神を受け継ぐ

 しかし、好調なスタートを切った発売日から3日後、五十嵐さんは驚きの連絡を受けました。廣瀬さんが心臓の疾患によりドクターストップを告げられ、仕事を続けることができなくなったというのです。

 「ミシュランに認められた料理人が手作りする」ことに魅力を感じ、ガトーショコラの購入を決めた人もいます。五十嵐さんは、すぐにその事実をMakuakeで伝え、キャンセルを受け付けました。2~3件のキャンセルがあった一方で、激励の言葉もたくさん届いたといいます。

 廣瀬さんは、五十嵐さんが新しく採用したスタッフに技術指導と引き継ぎを行い、翌21年に、製造の一線から退きました。「廣瀬さんは、料理人として真面目な方です。私たちがいま、クオリティーの高い『とろ生ガトーショコラ』を届けられているのは、廣瀬さんの工場があったからです。人生をかけて工場を守り続けてくれたことに、感謝しています。これからも『真面目に一途においしいものを作る』という廣瀬さんの精神を受け継ぎ、残していきたいです」

第三者承継で「大胆な変化」

 今後は、廣瀬さんから受け継いだ工場を生かして、新商品の手土産用スイーツの開発も予定しているそうです。

 「廣瀬さんから教わったことをベースにしながら機械化やデジタル化を進め、より早く、おいしく、きれいに作れるように製造工程を改善するなど、今の時代に価値がある会社や事業にすることが重要だと考えています」

廣瀬さんから受け継いだ工場で、商品の開発を続けます

 後継者不在に悩む中小企業の経営者にとって、第三者によるM&Aは選択肢の一つとなっています。五十嵐さんは第三者承継の意義について「大胆に変化できること」と話します。

 「第三者同士であれば、親子ならではの対立もなく、余計なフィルターもかかりません。実績を積み上げてきた者同士として、敬意をもって接することができる素地があります。今回はお互いの強みをうまく生かし、大きなシナジーを発揮できました。それが、第三者承継のいいところだと思います」

顧客から目を背けない

 では、前経営者の思いや技術を引き継ぎながら事業を発展させるために、経営者にはどのような志や戦略が必要なのでしょうか。

 「事業とは、お客様を幸せにするためにあります。そのために、必要なものは残し、いらないものは整理することが大切ではないでしょうか。それまで積み上げたものに敬意を払いながらも、お客様のためにならない作り手のエゴやこだわりは、一度捨てるくらいの方がうまくいくのかもしれません。一度捨てた後、それでも残ったものこそが『残すべき思い』なのかもしれません」

 後継者不足に悩む会社の承継を考えている経営者へのアドバイスを伺うと、こう答えました。

 「最後に責任を取るのは自分です。(受け継いだ会社のスタッフに)敬意をもって接することは大前提として、遠慮なく、そして引け目なく物事を伝えるといいと思います」

 「嫌われてもいいから、相手と自分の目線が一致するように、全体の意図をしっかりと伝え、お客様から目を背けず愛されるサービスを作ることが、事業承継を成功させるポイントではないでしょうか。私自身、初めての事業承継でしたが、素晴らしい体験ができました。やって良かったと思っています」