【移転価格税制とは】仕組み・適用対象・注意点をわかりやすく解説
海外で子会社を設立するなどグローバルな事業を考える企業は、移転価格税制への理解が不可欠です。対応を怠れば、日本と当該国からの二重課税にもなりかねません。移転価格税制の仕組みから適用対象、注意点まで、弁護士がわかりやすく解説します。
海外で子会社を設立するなどグローバルな事業を考える企業は、移転価格税制への理解が不可欠です。対応を怠れば、日本と当該国からの二重課税にもなりかねません。移転価格税制の仕組みから適用対象、注意点まで、弁護士がわかりやすく解説します。
目次
日本の企業が、海外子会社などとの取引価格を人為的に操作して税率が低い海外へ所得を移転し、日本の課税所得を減らすことを防止するために、移転価格税制が設けられました。
例えば、図1-1を見ると、取引の流れは以下になります。
①日本の親会社が国内取引先の第三者Aから100円で原材料を仕入れる
②原材料を加工した製品を海外子会社に200円で販売
③海外子会社が製品を海外の第三者Bへ300円で販売
この場合、日本での課税は法人税率と地方税率などを考慮して35円、海外での課税は15円と仮定すると、グループ全体の税額は計50円となります。②の親会社と海外子会社はグループなので、取引価格を自由に決定できます。
図1-2のように、②の取引価格を150円に操作したと仮定します。日本での課税は17.5円、海外での課税は22.5円で、グループ全体の税額は計40円となり、グループで10円の税金を減らせます。このような所得の移転が認められると、税率の低い国に所得が集まり、税率の高い国は税収が少なくなってしまいます。これを防止するのが、移転価格税制です。
移転価格税制は、1986年に創設されました。当初は大企業の問題と認識され、中小企業の取引ではあまり意識されませんでした。しかし、2012年ごろから、海外の巨大企業が各国の税制や国際課税ルールとの間のズレや、タックスヘイブンを利用して、課税所得を人為的に操作し、課税逃れを行っていることが問題となりました。
このため、経済協力開発機構(OECD)によるBEPS(Base Erosion and Profit Shifting:税源浸食と利益移転)プロジェクトが立ち上げられ、その一環で移転価格税制も注目されました。プロジェクトでは、15項目のBEPS行動計画がまとめられ、その中の「多国籍企業の企業情報の文書化」という提案によって、日本でも移転価格税制に関する文書の作成が義務付けられました。
今日では大企業だけでなく、海外子会社を抱えたり、海外進出を検討したりしている中小企業も、移転価格税制を意識することが必要になりました。
では、図1-3のような取引に、移転価格税制が適用されたらどうなるのでしょうか。
例えば、日本の親会社が海外子会社への販売(②)と同様の取引を、海外の第三者Bとは取引価格200円で行っているとします。この200円という第三者間での取引価格を「独立企業間価格」と呼びます。
移転価格課税が行われる場合、図1-3のように子会社との取引(②)は150円で行われていても、税務上は独立企業間価格である200円で行われたとみなされます。
これによって、日本での課税は35円となる一方、海外での課税は22.5円のままで、グループ全体での税額は計57.5円と膨らむのです。
移転価格税制への対処を怠ると、グループ全体での課税が増えるおそれが生じます。また、日本だけでなく、諸外国も様々な形で移転価格税制を設けており、上記のような税務リスクは、海外子会社の所在国でも発生します。海外進出を考えていたり、海外子会社を保有したりする企業は、移転価格税制への理解や対処が必須です。
日本の移転価格税制は「国外関連取引」が適用対象となります。国外関連取引とは、日本の法人と「国外関連者」との間で発生する、資産の販売・購入、役務の提供、その他の取引をいいます。
国外関連者とは、日本の法人との間に、直接または間接に50%以上の株式や出資の保有関係がある関連者(形式的基準)や、日本の法人からの役員派遣・取引の依存で実質的に支配従属関係にある関連者(実質的基準)をいいます。
図1-4のような法人は、全て国外関連者に該当します。間接保有関係(②)は、出資比率が50%以上でつながっていれば、孫会社、ひ孫会社といった関連者を介していても、国外関連者に該当します。
実務上は、この形式的基準で判断することが大半ですが、移転価格税制の適用を回避するために出資関係を恣意的に変更しても、実質的基準を設けて防ぐ対策がとられています。
「国外関連取引」とは、日本の法人がその国外関連者との間で行う資産の販売・購入、役務の提供、その他の取引をいいます。つまり、日本の法人と国外関連者との間で行う取引のほとんどが含まれます。
実務上問題となる取引は、まず棚卸資産取引です。日本の親会社が製品を海外子会社に売買する取引などが考えられます。
次に、日本の親会社の従業員が海外子会社の製造やマーケティングなどを支援するといった役務提供取引も、国外関連取引に該当します。グループ内役務提供取引ともいわれ、移転価格税制でよく問題となります。
その他、日本親会社の特許やノウハウを海外子会社に使用させ、ロイヤルティーを受け取る無形資産取引、日本の親会社が海外子会社に金銭を貸し付ける金銭消費貸借取引も問題となります。
図1-3で指摘した通り、移転価格税制では独立企業間価格が重要になります。しかし、移転価格税制の対象取引は多種多様で、多くの場合、図1-3のように簡単に独立企業間価格を見つけ出すことは、困難です。
そこで、OECDは「OECD移転価格ガイドライン」を公表し、様々なケースでどのように独立企業間価格を算定すべきかをまとめ、日本でも法令などが定められました。具体的には「独立価格比準法」、「再販売価格基準法」、「原価基準法」(まとめて「基本三法」といいます)、さらに「準ずる方法その他政令で定める方法」として「取引単位営業利益法」などがあります。
独立価格比準法とは、移転価格税制の対象となる取引と同様の非関連者(国外関連者以外の者のことをいいます)間取引で用いられている価格を、独立企業間価格とする方法です。
例えば、図2のA社→D社の価格やC社→D社の価格が、A社とB社間の独立企業間価格となります。
再販売価格基準法とは、移転価格税制の対象となる取引と同様の非関連者間取引における再販売について、売上総利益率を比較。同様の売上総利益率になれば、独立企業間価格とする方法です。
例えば、図2のH社がI社に棚卸資産を輸出し、I社がJ社に販売した場合、I社の売上総利益率を算出。それをF社の売上総利益率としたうえで利益を算出し、その利益をF社→G社の販売価格から引いた額を、E社とF社間の独立企業間価格とする方法です。
原価基準法とは、移転価格税制の対象となる取引と同様の第三者間取引において、製造業者の原価に対する売上総利益率を比較。同様の売上総利益率となれば、独立企業間価格とする方法です。
例えば、図2のM社が製品を製造し、N社へ輸出した場合、M社の売上高総利益率を算出。それをK社の原価のマークアップ率とし、原価Kとマークアップした価格の和を、K社→L社の独立企業間価格とする方法です。
準ずる方法その他政令で定める方法として「取引単位営業利益法」や「利益分割法」などが定められています。
取引単位営業利益法は、基本三法とは異なり、比較対象取引ではなく、比較対象会社の営業利益率を用いて独立企業間価格を算定する方法です。
基本三法は、いずれも移転価格税制の対象と同様の取引を見つけ出す必要があります。しかし、通常、企業が製品を売る際の価格設定は、原価のみならず、マーケティングや研究開発等の販管費など、各企業の様々な状況も加味して決まります。
移転価格税制の対象となる取引と同様の第三者間取引を見つけ出すのは非常に困難で、基本三法はめったに使用されません。実務上、多く使用されているのは取引単位営業利益法で、「TNMM」(Transactional Net Margin Method)と呼ばれています。
実務上、独立企業間価格を算定する場合はまず、日本の親会社や海外子会社が有する機能、及び負っているリスクの分析を行います。すなわち、親会社や子会社が、製造や研究開発、販売、マーケティング、宣伝などでどのような役割を担っているのか、反対に研究開発への投資、マーケット、為替などでどのようなリスクを負うのかを、専門家と共同で分析します。
海外進出している企業の多くは、親企業が多くの機能を有してリスクを負うことが多く、一方で海外子会社は単純な機能しか持たず、リスクも小さいことが多いと考えられます。
このような単純な機能・リスクしか持たない海外子会社を比較対象として、単純な機能・リスクしか持たない第三者の会社を複数探し出し、その売上高営業利益率でレンジを作成します。そして、海外子会社と第三者の会社との間で、売上高営業利益率のレンジを比べ、そのレンジに海外子会社の売上高営業利益率が収まる取引価格であれば、独立企業間価格とするといった方法です。
なお、レンジの策定は、ビューロー・ヴァン・ダイク社のデータベースをもとにしており、売上高営業利益率だけではなく、総費用営業利益率や営業費用売上総利益率を用いることもあります。
利益分割法は、国外関連取引から得られた利益を、利益獲得に寄与した程度に応じて分割することで、独立企業間価格を算定する方法です。
前述のとおり、諸外国も独自の移転価格税制を導入しています。日本だけでなく、海外子会社が所在している国々でも、移転価格課税を受けるリスクがないか検討することが重要です。
移転価格税制を導入している国でも、内容や執行状況は様々で、正確な把握が必要です。場合によっては、事前に日本と外国の税務当局による話し合い(相互協議)を求めることもあり得ます。
では、日本の中小企業が進出する可能性が高い主要国の移転価格税制について説明します。
中国は、移転価格税制が厳しく執行されている国の一つです。主に以下の企業が重点調査対象と認定され、その約3分の1程度に対して移転価格調査が行われます。
独立企業間価格は、日本とほぼ同様の算定方法が規定されており、実務上、取引単位営業利益法が多用されています。
米国も移転価格税制を厳格に執行しており、独立企業間価格の算定について、およそOECD移転価格ガイドラインに則った方法を定めています。また、取引単位営業利益法も「利益比準法」と名を変えて規定しています。実務上も日本と同様、利益比準法を使用して独立企業間価格を定めることが多いです。
欧州もOECD移転価格ガイドラインに則った算定方法を規定する国が多いですが、詳細は各国で異なります。イギリスやフランス、ドイツなどが比較的厳格に移転価格税制を執行し、オランダなどは企業誘致などの観点から、緩やかに執行しているといえます。
前述の通り、移転価格税制への対応を怠ると、日本だけでなく各国で移転価格課税が適用され、二重課税が生じる可能性があります。事後的に二重課税を排除する方法はあるものの、日本と外国の当局との調整が必要となるので事実上は困難となり、グループ全体の損失となりかねません。
移転価格税制について何ら理解や備えを行わず、海外子会社との取引を何となくの価格設定で行うと、税務調査で調査官に指摘されても反論できず、いわれるがまま移転価格課税が行われる可能性があります。
例えば、海外子会社との棚卸資産取引について、なぜこの価格で行っているのかと調査官に指摘され、調べてみると先代の時代から決まった価格で取引しており、価格について全く検討されていないというケースは、中小企業ではよくあるのではないかと思います。
この点について、国外関連者間取引が50億円以上、または無形資産取引が3億円以上であれば、独立企業間価格を算定するために必要と認められる「ローカルファイル」という書類の作成が、租税特別措置法で要求されます。
ローカルファイルでは、前述した機能・リスク分析や第三者の会社の営業利益率のレンジなどを記載し、なぜ海外子会社との取引がこの価格で行われているかを記載します。
ローカルファイル作成の要件を満たす規模の中小企業は少ないと考えられますが、要件を満たさなくても、国税当局からローカルファイルに相当する資料を要求されることがあります。指定日までに提出できない場合、国税当局が算出した価額で移転価格課税が行われます。
中小企業もローカルファイルを作成し、備えることをお勧めします。
これまでの解説を踏まえ、中小企業の経営者や後継ぎが抑えるべきポイントをまとめます。
移転価格税制は「知らなかった」、「価格はなんとなく決めていた」では済まされません。事前に検討し、ローカルファイルを作成していれば、国税当局にも価格の正当性を主張できます。一方、国税当局からみれば、この価格がおかしいと主張することは一定の労力を要し、ハードルが高くなります。
従って、これから海外子会社を設立して取引を行う場合や、既に海外子会社との取引を行っている場合は、移転価格税制の理解と、どのような価格設定を行っているかを整理することが重要なのです。
移転価格税制は、法人税申告など通常の税務とは異なる専門性があります。OECDの議論が実務に反映され、他国の移転価格税制への理解が必要であるなど複雑な分野です。
そのため、顧問税理士での対応が難しい場合も考えられます。しかしながら、移転価格税制に何ら対処せずに海外子会社を設立し、事業を展開することは、大きなリスクを負う可能性があります。移転価格税制を専門的に取り扱う税理士や弁護士への相談が必要と考えられます。
その際、海外子会社とどのような取引を行う予定か(行っているか)、そして日本の親会社や海外子会社の機能・リスクを、経営者側があらかじめまとめたうえで相談すると、話がスムーズに進むでしょう。
税理士法人山田&パートナーズ 弁護士
立命館大学法学部卒業、大阪大学大学院高等司法研究科修了後、弁護士登録。2019年に税理士法人山田&パートナーズに入所。
移転価格税制や海外勤務者に関する税務アドバイス、租税条約に関する税務アドバイス・タックスプランニング等、国際税務を主に扱う。
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