目次

  1. DXとは
  2. 建設業でDXを進めるポイント
    1. 売上
    2. 法改正
    3. 採用
  3. DXの具体的施策
  4. 中小企業こそDXを

 DXとは「紙やハンコの廃止」といったIT化だけではなく、もっと広い範囲で、企業や組織の変革を捉えています。経済産業省の定義は以下になります。

 しかし、DXは単なる「ITツールの導入・活用」の意味合いで使われることも多く、混乱を招いています。ITツールはすぐに問題を解決してくれる「魔法の杖」ではありません。 特に建設業が抱える課題は複雑です。ITツールの導入に加え、人事制度の見直しなど、人材や組織への対処が不可欠です。

 筆者はDXについて「ITをきっかけにした地道な組織・業務全体の見直し」、「昭和から令和のやり方へ。世代交代の一環」と整理して、経営者に伝えています。

 DXの目的を、効率化やコスト改善と理解されている経営者の方もいらっしゃいます。しかし、DXはそれだけでなく、売り上げ、採用など会社全体にも影響します。IT部門に任せずに経営者が取り組んだ方が良く、今日の売り上げには直結しなくても、明日以降の会社の存続に関わる問題になります。

 特に、建設業のDXを進めるためのポイントは、以下の三つになります。

 コロナ禍をきっかけに、あらゆるプロセスがオンラインになりました。具体的には、以下の点が挙げられます。

  • 一部の大手企業では取引先を選ぶ際の審査基準に「IT理解度」を追加
  • 元請けが指定するITツール導入が、協力会社会(※)の加入条件に
  • 各種助成金の申請はオンラインが前提に
  • 住宅購入やリフォームを検討する顧客はまずホームページやSNSで情報収集
  • 商談はZoom、Teamsなどのテレビ会議システムに移行

※取引関係の深い協力会社の組織(大手ゼネコン、ハウスメーカー等で用いられることが多い)

 オンラインが浸透している時に、「ファクスが必須」「テレビ会議システムが使えない」「いまだにガラケー」と言っている組織は、ビジネスチャンスを逃しています。コロナ禍で対面や出社に制約がある状況で、アナログの強要は「ビジネスマナー違反」とも言えるでしょう。

 取引先の与信審査で減点されるなど、売り上げにも直結します。技術力や実績がある建設業であれば、もったいないことになります。

 2019年4月施行の働き方改革関連法に伴い、時間外労働の上限規制が見直され、24年4月から建設業にも適用されます。違反した場合は、刑事罰の対象になります。悪質な場合は違反企業の名前が公表されるなど、事業継続が困難になることも考えられます。

 建設業の現場は、いまだに「紙と電話」のアナログな運用や、長時間残業・土日出勤の勤務体制が多く残っています。残り3年弱の間に、IT活用による業務のやり方と人事制度を見直す必要があります。また、法改正に関する政府の情報発信もオンラインに移行しています。

 建設業は「どの工事会社にいつ発注し、工期を設定するか」など、発注側にも知見が必要で、「発注者要因」のトラブルも少なくありません。場合によっては、特定の発注者への依存を見直すことも必要です。すでに、元請け企業の選別を進める下請け企業も存在します。

 働き方改革関連法にも関連しますが、DXは労働生産性に影響します。2021年の中小企業白書の「労働生産性とデジタル化の関係(全産業)」によると、全社でデジタル化を推進している企業か否かで、1人当たり労働生産性(付加価値額)は、最大146万円/人の差がつきます。

 これは、紙の請求書の郵送や移動時間といった「付加価値を生まない業務の差」が要因と考えられます。生産性が高ければ、少ない時間で同じ付加価値を生み出せるので、給与水準、休日日数、残業時間、定着率などの労働環境改善(働き方改革)につながり、売り上げの上限も増えます。

 国土交通省の資料によると、建設業は年間出勤日数が他産業よりも29日多く、採用候補者にとって敬遠されがちです。一方、給与水準や正社員比率はコロナ禍の影響を受けている観光業、飲食業などよりも高いという特徴があります。

 労働環境の改善は採用競争力につながります。具体的には「採用コスト」「定着率」「休日数」といった指標の改善が、経営に影響します。DXを推進できる有力な人材を採用できれば、改善は進み、競争力が強化されるでしょう。

 筆者の所属企業クラフトバンクは、施工会社からの分社化で発足しました。前身の施工会社でのDX経験を踏まえ、DXにおける「正の循環」「負の循環」を、以下のように整理しています。

 売り上げ減、採用難といった「負の循環」に陥らないためにDXを推進。1年以上の時間をかけて地道な改善を行うことで、生産性・労働環境改善→採用力強化→売り上げ増・コスト改善→事実・データに基づく経営判断と回っていくのが「正の循環」です。

 次に、DXを進めるための具体的な施策を整理したのが下の図です。

 ワークフローの見直し、新しい設計ソフト導入などITツール導入による業務改善(紙の稟議書、ファクスの撤廃、設計の効率化)だけでなく、人事制度の変更や採用による組織風土の見直しも、同時並行で行っているのがポイントです。

 特に、試行錯誤を許容する文化など「DXの素地づくり」が、成果を出す上で重要になってきます。そういった素地も無いのに、高度なITの仕組みだけ導入しても、活用されずに「宝の持ち腐れ」となります。

 また、紙と電話の業務は「暗黙知の見える化」を阻害し、技能承継の妨げにもなります。

 中小企業白書に掲載された野村総合研究所の調査によると、建設業におけるデジタル化推進に向けた課題で、多数を占めるのは、アナログな文化・価値観、組織のITリテラシー不足、取引慣行などです。実は資金不足を課題として挙げる会社は、11.6%に過ぎません。

 ITツールがSaaS(インターネット上のクラウド経由で利用するサービス)を中心とした「安くて便利なもの」に移行し、助成金もある中で、DXはお金よりも人間の理解の問題になっていることが分かります。

 ボストンコンサルティンググループが20年に行った調査によると、日本の大企業でDXに成功している企業は14%に過ぎません。

 DXは、今日の売り上げにすぐにつながるわけではありません。ITに長けた若手や外部から採用した人材が活躍できるように、人事制度や業務を見直すので、「ついていけない」というベテラン社員の感情的な抵抗も想定されます。しかし、現場が「慣れていないから少しずつ」と言ったとしても、建設業への時間外労働の上限規制適用は、3年後に迫っています。

 その現実を踏まえたとしても、筆者は「中小企業こそ、スピード感を持ってDXに取り組める」と考えています。

 大企業は利害関係者が多数存在し、大規模な基幹システムが導入されていることも多く、調整に多大な時間がかかります。一方、中小企業は、経営陣の覚悟と判断一つで様々なことにトライできます。若い後継ぎ世代が「令和のやり方」への脱皮を進めれば、競争力を確保できます。

 筆者の所属企業のように、データベースの活用による建設業の売り上げ向上、生産性改善に取り組んでいるケースもあります。このような同業他社の事例も、参考にしていただければ幸いです。

【参考資料】
・2021年中小企業白書(経済産業省)
・建設業における働き方改革(国土交通省)
・毎月勤労統計調査(厚生労働省)