カラフルな髪で農作業に汗

 カラフルに染めた髪をバンダナでお団子にまとめて、耳には大きなピアスを付け、自社のロゴ入りTシャツも目を引きます。中井さんは、この格好で農作業に汗を流しています。「自営業っていいですよね。誰に遠慮することもなく、好きな格好で働けます」。この姿に、中井さんのポリシーが詰まっています。

気分があがるスタイルで働くのが中井さん流です

 農業が盛んな伊賀市には33軒ものアスパラガス農家があります(2021年6月現在)。「瑞雲ファーム」は約2500平方メートルの敷地に、アスパラガスを栽培するビニールハウス8棟と、菌床シイタケ4500床を管理するハウス1棟を構えます。中井さんは家族の手を借りつつ、ほとんど一人で栽培しています。

家族全員が下を向く

 伊賀市で生まれ育った中井さんは、保育士として7年間働き、会社員の夫、祥貴さんとの結婚を機に退職。1児に恵まれ、専業主婦として穏やかな日々を過ごしていました。

 祥貴さんの実家は、兼業農家として代々土地を守ってきました。2009年、定年退職した義父が「日本一のアスパラガスを作る」と一念発起し、栽培を始めます。当時の中井さん夫婦は農業に興味が無く、たまに収穫したてのアスパラガスをもらって食べるくらいでした。

伊賀市の山あいにある瑞雲ファーム

 しかし、16年5月下旬、義父の悲報が飛び込みました。「優しくて、真面目で、人の悪口は絶対に言わない。家族みんなが尊敬するお義父さんでした。夫は精神的に荒れ、義母もふさぎ込み、息子にまで影響が出て、家族全員が下を向いてしまいました」

「私がやらなきゃ」と後を継ぐ

 栽培主がいなくなっても、ビニールハウスの中では、アスパラガスがすくすく育ち、森のように広がりました。義母1人ではハウス8棟の維持は難しく、畑は委託する話がまとまりかけていました。

5月下旬のアスパラガス畑。春アスパラの時期が終わると、2メートルくらいまで茎を伸ばし、根元から夏アスパラが芽を出します

 でも、中井さんは直感的に「私がやらなきゃ」と、畑を継ぐことを決めたのです。

 「お義父さんが歩んだ道や培った信頼が、無くなってしまう気がしました。未経験の私が農業をすれば、家族はほっとけません。落ち込んで内にこもっていた気持ちも体も、外に向くと思いました」。家族も応援してくれました。

 16年6月、中井さんが代表として「瑞雲ファーム」を立ち上げました。名前は義父の戒名から取りました。

ハウスの中で泣いた日も

 「あんな嫁に農業ができるわけない」、「すぐ辞めるに決まっている」。昔からファッションが好きだったという中井さんの格好を見て、そんな声も聞こえてきたといいます。ハウスの中でひとり泣いた日もありました。

 「でも目の前のアスパラは休ませくれません。虫はつくし、育つし、もう必死。気にしたり、落ち込んだりする暇もありませんでした」

 以前は農業に「ダサい」「汚い」「もうからない」という印象を持っていました。だからこそ畑を継ぐとき、「自分のテンションがあがる好きなイメージでやろう」と誓いました。おしゃれな格好で農作業を行う「かっこいい農家」が、中井さんの原点です。

インスタでアスパラ農家に相談

 農家の知り合いはいなかったという中井さん。まず、インスタグラムで全国のアスパラ農家をフォローしました。「SNSでつながり、全国の農家から知識を得たり、相談したりました」

 何げなく投稿した書き込みに、励ましのコメントが入り、困ったときに「みなさんはどうしていますか」と問いかけたらアドバイスが返ってくるなど、親切な農家が多かったといいます。地元の農協の指導員にも頼り、経営や納税面でのサポートを受けて、研修にも参加しました。

春採りアスパラ(写真)は4月上旬から5月中旬、夏採りアスパラは7月上旬から9月中旬が旬になります(瑞雲ファーム提供)

 子供と家で過ごしていたそれまでの生活スタイルも一変しました。午前5時までには家を出て農作業を行い、お昼に一度家に戻って、午後からまた畑に出向きます。朝の家事は祥貴さんが担当。義母は畑で草引きや出荷作業を手伝ってくれました。

 中井さんの育てるアスパラガスは、甘みとうまみが強いと評判です。伊賀盆地特有の昼夜の温度差がアスパラ栽培に適していたことに加え、追肥をして土壌改良もしました。

 「シーズン中にひとつの作物しか育てないので、品質管理に専念できるのも強み。義母とふたりで頻繁に草抜きをしていますから、うちの畑はいつもキレイです。しっかりと管理することで虫の発生や病気を最小限に抑えています。みずみずしいアスパラを収穫したら、その日のうちに出荷しています」

収穫直後のアスパラガスは水分がたっぷりです(瑞雲ファーム提供)

消費者目線でパッケージを工夫

 こだわりは味だけでなく、パッケージにも表れています。カラフルな包装に、ロゴや中井さんのイラストが描かれたシールが貼られ、近所のスーパーなどの店頭でも目を引きます。主婦の経験から、消費者目線で考えました。

 「自分が気に入ったものは人にあげたくなりますよね。かわいいパッケージのほうがうれしいし、感動すると思います」

スーパーでは中井さんを描いたイラストののぼりも立てています(瑞雲ファーム提供)

 SNSでも栽培の様子を、写真や動画で発信しています。「SNS発信は無理をしないこと。あげたいときにアップするくらいでいいと思います。柔軟にしないと続けられません」

 目指しているのは「顔が見える生産者」です。「自分が主婦として買い物をする時、この生産者から買いたいと思ったら、遠方でも取り寄せていました。こだわりの作物でも、発信しなければ先につながりません。瑞雲ファームのアスパラガスを求めてくれる人には、自分が直接届けたいと考えました」

 リーフレットやECサイトにもこだわり、デザインは友人のデザイナーに依頼しました。「私の性格や好みだけでなく、かっこいい農家を目指すというポリシーも分かってくれるので、イメージ通りに仕上げてくれました」

中井さんを描いたイラストやロゴのシールを貼ったアスパラガスのパッケージ(瑞雲ファーム提供)

シイタケ栽培にも挑む

 中井さんは通年の栽培計画をつくり、6次産業化に取り組みました。アスパラガスの栽培は4~9月。オフシーズンの作物を模索し、シイタケの菌床栽培に興味を持ちました。菌床シイタケ栽培の生産者団体の研修に参加。アスパラガス販売で獲得した利益600万円を投じて、菌床栽培専用のハウスを建てました。

 19年から「瑞雲しいたけ」の栽培をスタート。「肉厚に育つ品種を選び、味も食感も楽しめる自信作」というシイタケは、21年に全国サンマッシュ生産者協議会の品評会で金賞を受賞しました。4500床の菌床シイタケを育て、年間収穫量は4.5トンにもなります。

菌床シイタケがハウス内にずらりと並びます

長男のアイデアで開発したお茶

 加工品の試作にも取り組みました。アスパラガスで作ったスープやジャムは商品化に至らず、試行錯誤していたとき、長男が「シイタケの乾燥機にアスパラを入れてみていい?」と言い出したのです。

 「アスパラをお茶にしたら」とも言われ、半信半疑で乾燥アスパラガスを炒ってお茶にすると、飲んだ瞬間「これはイケる」と思いました。「子供の柔軟な発想に感動しました」

細かく刻まず、アスパラガスの姿が分かるように長いままにした「明日晴茶」

 20年、中井さんが参加した伊賀市主催の市民参加型プロジェクト「観光まちづくり企画塾」で、伊賀の新しい名産にしようと、アスパラ茶の商品化が決まりました。「ターゲットは子育て、家事、仕事に忙しい女性です。深呼吸してほっとする瞬間をもってほしいという思いから、『明日晴茶』(「明日晴」で商標登録申請中)と名付けました」

 香ばしさと甘味が特徴的な「明日晴茶」は1番茶だけでなく5番茶まで楽しめ、しっかり煮出して塩をひとつまみ加えると、コンソメスープのような味わいになるといいます。

 円筒の容器には、地元のイラストレーター・田槙奈緒(たまきなお)さんが、アスパラガスのキャラクターを描きました。初回出荷分の250個は即完売したため、随時増産しています。

取材急増、栽培規模も拡大へ

 中井さんのキャラクターを全面に出したSNSなどの情報発信で、瑞雲ファームの知名度は上がり、テレビや新聞などの取材も急増。通年栽培や加工品販売に取り組んだことで、売り上げは初年度の3倍になりました。

「かっこいい農業」へ、中井さんの夢は膨らみます

 味と消費者とはぐくんだ信頼が、根底にあります。「生産者の顔やバックグラウンドを見せることで、消費者から直接おいしいと言ってもらえたり、リピートしてもらったりするので、やりがいにつながります。農業は簡単でも楽でもないし、覚悟が必要。でも、その分やりがいもあります。志を持った生産者さんが増えたらうれしいです」

 現在、アスパラガスの栽培規模を2倍にするために、ハウスを増設予定です。「ゆくゆくはキッチンカーを畑のそばに置いて農業体験ができる施設をつくりたい。それから農業ファッションのアパレルもやりたい」と夢は膨らみます。

 「全国に自慢できるアスパラガスを伊賀から発信して、この豊かな自然を次の世代につなげていきたいです。子供たちの未来へ、国産の食材を少しでも多く残したい」

 主婦であり母でもある中井さんの視点は、農業の枠にとどまりません。作物と向き合う中井さんの背中から、「かっこ良さ」がにじみ出ています。