「にわかせんぺい」6代目が開いた活路 人気キャラとのコラボの舞台裏
ユーモラスな見た目が特徴的な博多銘菓「二〇加煎餅(にわかせんぺい)」を製造販売する東雲堂(とううんどう)は、創業115年の老舗です。6代目の高木雄三さん(46)は、伝統を誠実に守りながら、ドラえもんやスライムなど人気キャラクターとのコラボで逆風だった家業の活路を開き、コロナ禍にも新商品で立ち向かっています。
ユーモラスな見た目が特徴的な博多銘菓「二〇加煎餅(にわかせんぺい)」を製造販売する東雲堂(とううんどう)は、創業115年の老舗です。6代目の高木雄三さん(46)は、伝統を誠実に守りながら、ドラえもんやスライムなど人気キャラクターとのコラボで逆風だった家業の活路を開き、コロナ禍にも新商品で立ち向かっています。
目次
東雲堂は1906年、初代の高木喜七氏が「二〇加煎餅」を考案したのが始まりです。郷土芸能「博多にわか」で使う半面の形をした固焼きせんべいで、福岡市民に長く愛され、土産物としても根強い人気を誇ります。
高木さんにとって、にわかせんぺいは、子どものころから身近な存在でした。周囲の大人たちからも「にわかせんぺいの東雲堂の息子さん」という、お坊ちゃんのような扱いを受けたといいます。
「東雲堂の息子さん」で知られていた高木さんは、「福岡から離れたい」という気持ちが高まったといいます。就職活動では「福岡に拠点がない会社」、「仕事がハードそうな業種」を選び、大学卒業後、東京に本社を置く害虫駆除の大手企業に就職して福岡を離れました。
両親から「若いころの苦労は買ってでもしなさい」と言われていたこともあり、大変そうな仕事を選びました。しかし、実態は想像以上にハードでした。
「お宅の床下を見せてくれませんか」と家庭を訪問して、シロアリ検査のアポイントを取る仕事に従事しましたが、「一日中ご家庭をまわっても、1件もアポが取れない日もよくありました」
「仕事は結果が全て」という世界を実感しました。
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転機は24歳の時でした。4代目社長の父が、すい臓がんで亡くなったのです。「病名がわかった時には、余命3カ月でした。急すぎて、会社の承継の準備も何もされていなかったのです」
急きょ5代目社長に就任したのが、博多駅の店舗で販売員をしていた母でした。当時、1歳上の兄は、大学院を卒業して公務員になったばかりで、5歳下の弟は大学生でした。「母を手伝えるのは自分しかいない」。会社を退職して東雲堂に入社しました。
入社後、会社の経理を確認すると、驚きの事実が判明しました。
「実は何年も赤字が続いていました。父以外の家族は経営にノータッチで、実態を誰も知りませんでした。バブル崩壊後で販売が下降傾向だったのに、直営店の展開や人員配置の規模は、バブル期のままだったのです」
母と大手企業出身のベテラン従業員が、すぐに経営改善に着手しました。「身の丈にあった経営を」と、直営店の閉店やアイテム数の見直しに踏み切るなど、大ナタをふるいました。
「私は、まず生産部門でせんぺいづくりを身につけました。次に営業部門で、催事を担当し、徐々に自分で売り上げが伸ばせるようになりました」
高木さんは2003年、28歳で専務取締役に就任しました。当初は、肩書の重さで苦労したといいます。「社内で何か発言しても、経験が浅いために説得力がなく、仕事の一つひとつをベテラン従業員に聞きながら進める日々でした」
大変なのは、社内だけではありませんでした。
「地元企業が集まる会議やイベントでは、懇親会の席次が肩書で決められることが少なくありません。隣の席に地元財界の重鎮が座り、話題が合わないこともありました。逆に、デパートなどの催事では、同年代の担当者たちとざっくばらんに話したいのに、名刺交換の直後から相手の態度が変わってしまいました」
それでも30歳を迎えるころには、いい意味で肩の力が抜けて、開き直れるようになったといいます。母やベテラン従業員とも、東雲堂のあり方や、将来像を話し合う機会が増えました。
東雲堂はかつて、洋菓子も作っていました。でも、にわかせんぺいほどは売れませんでした。「それなら、にわかせんぺいに特化して商売をしようと決めました」
そのころ、劇団四季のミュージカル「アイーダ」の博多公演に合わせた、にわかせんぺいのコラボ商品の話が持ち込まれました。「にわかせんぺいの発売100周年のタイミングでもあり、快諾しました。キャラクターの表情を、焼き印を変えて表現しました」
高木さんはコラボに手ごたえを感じつつ、二つの課題を感じていました。
一つ目は、せんぺいに入れる焼き印の品質でした。「キャラクターとのコラボは権利の規定が厳しく、焼き印の少しのずれも許されません。焼き印は手作業で入れており、枚数が急に増えると、品質にばらつきが出てしまいました」
もう一つは、従業員の働き方に関わるものでした。「にわかせんぺいの生産ライン、特に焼き印の工程は、年間を通して温度が高く過酷です。従業員に楽をしてもらえるように、働き方全体を見直さなければと感じていました」
そこで導入したのが、焼き印の工程も含む全自動の煎餅焼き機です。大阪の機械メーカーと打ち合わせを重ね、にわかせんぺい専用の焼き機を開発しました。
全自動の焼き機そのものは、業界的にさほど珍しいものではありません。しかし、にわかせんぺいの生地は、砂糖・小麦粉・鶏卵といったシンプルな原材料で豊かな風味を出すために独自の配合がされており、開発は試行錯誤が続きました。金額も2千万円を超える設備投資となり、東雲堂の大きなターニングポイントでした。
この設備投資で、コラボ商品の幅が大きく広がりました。「コラボの8割ほどは先方からいただく話ですが、うちからどうしてもやりたいと手を挙げることもあります」
地元の博多祇園山笠(博多の総鎮守である櫛田神社への奉納神事。夏の風物詩で、国の重要無形民俗文化財およびユネスコ無形文化遺産に指定)の仲間との会話から、生まれたコラボもありました。「サンリオとつながりがある山笠の先輩がいて、相談したところ、担当者を紹介してくれたのです」。
それをきっかけに、17年にサンリオがプロデュースしている「I’m Doraemon」での商品化が実現しました。それは、後継ぎとしての経験を積んだ高木さんが、母も納得の上で社長に就任した年でもありました。「反響は大きかったです。今でも人気商品のひとつですね」
キャラクターや企業とのコラボは、「にわかせんぺいの焼き印」、「箱のデザイン」、「同封するにわかのお面」を変えるパターンを組み合わせます。予算や販売計画数、実施期間を勘案して、どのパターンにするかを決めます。
順調に新商品を送り出してきた東雲堂にとって、観光需要がストップしたコロナ禍は、大きな痛手となりました。「メインの土産物を中心に、売り上げが例年の9割減りました」
工場の稼働を午前中だけにしたり、従業員を自宅待機にしたり、苦肉の策が続きます。そこに声をかけてくれたのが、またも地元の山笠仲間でした。
「同じ流(ながれ。山笠の運営の基本となる組織)に和菓子店の社長がいて、福岡市和菓子組合の仲間たちに、にわかせんぺいを置いてくれないか相談してくれたのです。多い時で11社が協力してくれました」
その話を聞いた高木さんは、しばらく返事ができなかったといいます。
「コロナ禍で観光客や帰省が激減するなか、博多の菓子店が大変なのはどこも同じです。そこに、にわかせんぺいを置いてもらうなんて、申し訳ない気持ちでいっぱいでした。その一方で、博多の皆さんにご愛顧いただいているという実感もありました。原点回帰というか、うちの商品は、お客様に喜んでもらうためのものだと再認識しました」
そこから高木さんは攻めの姿勢に転じました。Tシャツやキーホルダーなどのオリジナルグッズ「NIWAKA fan」や、にわかせんぺいをクランチに見立てた「にわかせんぺいクランチチョコレート」といった新商品を次々に投入します。「老舗の挑戦」と地元の新聞やテレビで話題を呼び、発売直後に完売となる商品が続出しました。
クランチチョコレートは、パッケージ表記の「CHOCOLATE」の「L」を「R」と間違えて印刷してしまいましたが、「かえってそれが話題になり、完売してしまいました。重ね重ね申し訳ないです。夏場はチョコレートが溶けてしまうので、涼しくなったら再販を考えています」。
6月からは、人気ゲーム「ドラゴンクエストウォーク」とコラボした「スライムにわかせんぺい」が発売されました。115年を超えるにわかせんぺいの歴史のなかで初めて、せんぺいの形状変更に踏み切りました。
反響は大きく、ネット通販では売り出してはすぐに完売の繰り返しでした。JR博多駅構内など実店舗でも取り扱うようになりました。
「専用の焼き機導入に600万円かかるなど、新規の設備投資が必要となり、大きな経営判断でした。まとまった販売を見込んでいたイベントが緊急事態宣言で中止になったり、販売期間も当初より短くなったりと、想定外のことが起きています。でも、少しでも明るい話題が届けられればという思いです」
高木さんには、小学生の子どもがいます。「時々会社に連れてきて、せんぺいづくりを見せることもあります。できれば継いでほしい気持ちもあるけれど、それよりも、周りの人への感謝の気持ちを忘れない大人に育ってほしいです」
東雲堂の経営理念は「より良い商品を、より多くの人々に」。その先にあるものは「人を大切にして、人に喜んでもらうこと」なのかもしれません。にわかせんぺいを強みにしながら、高木さんの次の世代にも、その思いは受け継がれていきそうです。
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