日本電産「永守イズム」にみる欧米型企業統治 持続的成長の仕組みとは
モーター大手の日本電産創業者の永守重信氏(76)が2021年6月、最高経営責任者(CEO)の職を、関潤社長(60)に譲りました。カリスマ創業者の後継選びは曲折をたどりましたが、同族にこだわらずに会社の持続的成長を目指す永守氏の手法は、多くの中小企業の後継者にも参考になりそうです。
モーター大手の日本電産創業者の永守重信氏(76)が2021年6月、最高経営責任者(CEO)の職を、関潤社長(60)に譲りました。カリスマ創業者の後継選びは曲折をたどりましたが、同族にこだわらずに会社の持続的成長を目指す永守氏の手法は、多くの中小企業の後継者にも参考になりそうです。
永守氏は1973年に日本電産を創業しました。同業他社などの買収を重ねることで、一代で年商1兆6千億円、従業員約11万2千人の世界的企業を築いたカリスマ創業者です。
ただ、後継者選びは順調だったわけではありません。2013年には日産系部品メーカー元社長の呉文精氏、14年にシャープ元社長の片山幹雄氏、15年に日産自動車幹部の吉本浩之氏を「後継者候補」として登用しました。中でも吉本氏には社長を任せるほどでしたが、結果的にはうまくいきませんでした。
CEOと社長を兼務する関氏は日産自動車の元ナンバー3で、20年に日本電産社長に就任しました。今回の人事がうまくいくかどうかはこれからになりますが、カリスマ創業者が行う事業承継と、その役割について検討してみましょう。
まずは、永守氏と同社の歴史を振り返ります。
永守氏は1944年、京都で6人兄弟の末っ子として生まれました。結婚前に遠縁にあたる永守家に養子に行き、25歳で結婚しています。
大学は、職業訓練大学校の電気科に入学し、当時から35歳には独立して自分の会社を持ちたいと考えていたそうです。大学で精密小型モーターの技術者と出会ったこともあり、音響機器メーカーに就職します。
精密小型モーターの開発に心血を注ぎましたが、3年目に退職し、次は自分が責任者としてモーター事業を立ち上げることができる会社に転職します。その会社でも頭角を現し、27歳で子会社の取締役に就任したものの、独立を選びます。
73年春に、仲間3人と立ち上げたのが日本電産でした。当時、小型モーターの後発メーカーでしたが、日本電産の三大精神と呼ばれる「情熱、熱意、執念」「知的ハードワーキング」「すぐやる、必ずやる、出来るまでやる」をモットーに、納期を半分にするなどの姿勢で、大手企業との取引を獲得していきました。
日本電産はM&Aを重ねて成長していることでも知られています。最初のM&Aは84年に実施。永守氏が認める技術を持った会社に資本参加することで、グループ全体としての技術力を高めています。これまで、66社のM&Aを実行し、そのうち、何社かは債務超過の会社も買収して業績を立て直してきたことから、「再生屋」として有名になりました。
その結果、日本電産を一代で年商1兆6千億円の世界的企業に育てました。
年商4800億円ほどだった2004年当時、永守氏はインタビューで次のように答えています。
「2010年にまず1兆円企業にすることを目指しています。(中略)そこから20年経って私が85歳になったときには売上高10兆円のグループにしたい」(「日本電産 永守イズムの挑戦」)
2010年になったらどのように身を処そうと思っているのか、との問いには、当時こう話していました。
「社長を辞めるかもしれませんが、グループのCEOになります。遠い将来、名誉会長なんかになったら経営に口出しすることはしません。口出しをするのなら、あくまで代表権のついた社長か会長をやります」(同)
永守氏は宣言通り、日本電産を1兆円企業にしました。今回、社長の関氏にCEOを委譲した後も、76歳の永守氏は代表取締役会長の職にあります。2030年の売上高10兆円を目指して、共に経営を推進していくものと思われます。
ただ、永守氏は代表権を持ち続けていても、事業承継を何も考えていないわけでありません。永守氏の考え方(永守イズム)を、社是、社員心得、経営の原則、先に紹介した三大精神を小冊子などにとりまとめています。
いつまでも永守氏が生き続けるわけではありません。創業者の心(憲法)を伝えることで、会社がもめたときの判断基準を明示しています。永守氏は「意外と創業者はこういうもの(家訓)をつくらずに死んでしまっているのです。だからまずいことになる」(同)とも話しています。
永守氏の姿勢は、多くのファミリービジネスの創業者や中興の祖にとって、参考になりそうです。
あとは、創業者の心を体現できるような後継者を探すことが課題になります。
永守氏は眼鏡にかなう後継者候補を探し、次々と登用していきました。実際、18年には日産幹部から登用した吉本浩之氏に社長職を譲っています。しかし、米中摩擦の影響などで業績が悪化するなか、永守氏は「(吉本氏は)経験がなく、人心の掌握が難しかった」として、今度は関氏に経営を任せることにしました。
永守氏もそうであったように、多くのカリスマ創業者の事業承継は、以下のようなステップをたどることが多いように思います。
この過程で、後継者候補が思うような結果を残すことができず、創業者が経営に復帰したり、その後継者候補が退職したりする場合も多いように思います。
永守氏には息子が2人います。オーナー一族として、日本電産にどのように関わっていこうと考えているのでしょうか。
永守氏は経営三原則の第一原則として、「企業とは社会の公器であることを忘れることなく経営にあたる。すなわち、非同族企業をめざし何人も企業を私物化することを許さない」(同)としています。
また、企業統治については、「君臨すれども統治せず」との考えを示しながら、次のように発言しています。
「あくまで理想論として申し上げるのですが、永守家というのは任命権を持ったホールディングカンパニーのトップにいて、実際のオペレーションはしないという形ですね。そうやって、ある意味で言うガバナビリティー(統治力)を働かせます」(同)
これは、欧米のファミリービジネスに見られる企業統治形態です。経営はその道にたけたプロ経営者に任せ、オーナー家は株式を保有することで、株主として企業統治することになります。
創業者の多くは、このような次世代の経営体制を検討しないまま亡くなってしまい、相続などでもめることも少なくありません。しかし、永守氏は資産管理会社も設立し、日本電産についての中期的な企業統治機構も定めています。このことは創業者が考えるべき役割だと思います。
永守氏の2人の息子は、貴樹氏が資産管理会社が一部株式を保有する上場企業レックの代表取締役、知博氏がエルステッドインターナショナルの代表取締役に就任しています。
日本電産(モーター業界)には関わっていませんが、経営者として職責を担っており、株主として日本電産のガバナンスを担っていくための知見を深めていると思います。
永守氏はカリスマ創業者でありながらも、後継者を育成するために、自身の価値観を明文化したり、後継者候補に経営を任せて結果が出せるかを試してみたりしています。これが、日本電産を持続的に成長させるための仕組みづくりにつながっています。
日本電産を持続的に成長させることができるように、オーナー一族の経営者のかかわり方について検討していることは素晴らしいと思います。このような検討をしない創業者が多いので、ぜひ、参考にしてほしいものです。
もし、永守氏のようなカリスマ創業者を親に持つ後継者はどうしたら良いのでしょうか。基本的にはスムーズに代表権を譲ってもらえると考えるのは難しいと思います。
ツギノジダイで以前に、経営者の四つの交代パターンを示しました。この中では「大使型」が理想ですが、なかなか少ないと思います。
後継者はまず、親の価値観を把握すべきです。多くの場合、その親(後継者の祖父母)の影響を受けることが多いので、祖父母が存命なら、どのような価値観を大切にして子育てをしたのかなどを、一度聞くと良いでしょう。
実際に、後継者が父親や母親に、家業の歴史について質問したり、祖父母のことを振り返ってもらったりしたことで、父親との関係が良くなり、スムーズに働けるようになったケースもありました。
あとは、創業者が納得できるような結果が残せるよう、がむしゃらに仕事をするほかはないと思います。それでもだめなら、家業とは異なる道を探すのも一つかも知れません。
事業承継(経営承継)を円滑に進めるための具体的な取り組みについては、拙書「『経営』承継はまだか」(中央経済社)をご覧ください。本書ではファミリービジネスが抱えている課題やその解決方法について、欧米の知見を盛り込んだ内容となっています。
【参考文献】
「『経営』承継はまだか」(大井大輔著、中央経済社)
「日本電産 永守イズムの挑戦」(日本経済新聞社編、日本経済新聞社)
「情熱・熱意・執念の“人づくり経営”」(永守重信、日本経営合理化協会)
「母の教え」(『財界』編集部、財界研究所)
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