逆境から生まれたペット用ソファ 愛好家の心をつかんだ父娘のアイデア
三重県志摩市にある椅子の製造販売会社・サンコウは、大手からの仕事が減ったのを機に、技術力を生かしてペット向けのソファやキャットタワーづくりに乗り出しました。地方の家族経営の会社が、ペット業界という他業種に挑み、愛好家に人気のブランドに育てるまでのプロセスに迫りました。
三重県志摩市にある椅子の製造販売会社・サンコウは、大手からの仕事が減ったのを機に、技術力を生かしてペット向けのソファやキャットタワーづくりに乗り出しました。地方の家族経営の会社が、ペット業界という他業種に挑み、愛好家に人気のブランドに育てるまでのプロセスに迫りました。
レザーや布張りの精巧なソファ。近寄ってみなければ、人が座るには小さいとは気づかないかもしれません。このカラフルなペット用ソファを「THI THI PET(ティティペット)」というブランド名で、製造・販売しているのが、サンコウです。
1976年創業の同社は、もともと、大手メーカーの学校用椅子の製造や、観光地・伊勢志摩の旅館やリゾートホテルにあるレザーの椅子の張り替えなどが、メイン事業でした。ペット用ソファの製造を始めたのは2010年ごろ、創業社長の竹内昇さんのふとした遊び心がきっかけでした。
総務部長でティティペットの責任者も務める娘の浦川美佳さんは、こう振り返ります。
「私の愛犬のシンバが3歳くらいの時に、父が本格的なレザー張りのソファを作って、プレゼントしてくれました。シンバがすぐに気に入って座ってくれたのを見て、動物が好きな人はきっと気に入ってくれるのではないか、と思ったのが製品化のきっかけです」
竹内さんは「旅館やホテルの椅子の張り替えを行ったとき、レザーや布などの材料が余ってしまいます。それを使って、ちょっと作ってみようと思いついきました」と話します。
その頃はちょうど、大手メーカーからの依頼が減ってきた時期でもありました。本業が忙しかったら、犬のためにソファを作ろうという発想も生まれなかったし、作る時間もなかったかもしれないと、竹内さんは振り返ります。
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ティティペットのウェブカタログを見ると、ペットソファの色や形の多彩さが目をひきます。商品ごとに素材とカラーが異なり、すべてセミオーダー方式でカスタマイズが可能なのも、上質な素材があり、熟練の職人が作っている椅子メーカーならではの強みです。
ポップだったりロック調だったり。バラエティーに富むデザインは、娘の美佳さんの発想と思いきや、まずは社長の竹内さんのアイデアから始まるそうです。
「私は小さい頃から、絵やスケールを描くことが好きでした。学生の時には自由にできなかったので、この年齢になってようやく生かされたという感じです」
思いついたものはすぐに形にできる環境ということもあり、早ければ1日で試作品が完成。美佳さんや職人たちと、改良を重ねていきます。作ってみたものの納得がいかず、販売に至らなかった製品は、社内に50品以上保管されているそうです。
人用の椅子を作る材料と技術を使った、本格的なペット用ソファの商品化に成功。ティティペット事業が立ち上がり、美佳さんが責任者を務めました。
まずはネット販売で売り出そうとしましたが、まったく売れる気配がありませんでした。現在のようなペットブームがわき起こる前で、「ペットにソファなんてぜいたくすぎる」と思う人が多かったのです。
美佳さんが考えた次の手が、ペット向けの展示会への出展でした。東京や大阪に出かけ、ペット同伴で入場できる国内最大級の「Pet博」などに出展し始めました。
ところが、異業種からの突然の参入ということもあり、ペットに関わる他の出展者からは、声もかけてもらえなかったと言います。「今では色々な業者さんと仲良くなって情報をもらいますが、当時はまったく相手にされていませんでした」
それでも、来場者の反応の大きさには手応えを感じました。美佳さんの発案で設けた、ソファに座ったペットの写真が撮影できるコーナーは、行列ができるほどの人気ぶりでした。まだSNSを使いこなす人も少なく、時代に先駆けていたのです。
実際に愛犬が座って気に入ったら、飼い主は欲しくなるもの。展示会をきっかけに、徐々に注文してくれる顧客が増え、口コミで少しずつファンが広がっていきました。
ペットソファの次に商品化したのが、猫の遊び場のキャットタワーでした。
OEM(相手先ブランドによる生産)でキャットタワーの製造を頼まれ、余った木枠を使って遊び半分でタワーを作っていた時、会社にふらりと迷い込んできた猫がいました。
試作品のタワーに登る猫を見て、ソファと同じように、もっとかわいいキャットタワーを作ってあげたい、と思った美佳さんのひらめきで、商品の開発が始まりました。
「市販のキャットタワーを研究してみると、形が角張っているものが多いことに気づきました。でも、我が社が得意としている椅子の『張り』の技術があれば、もっと丸くて可愛い形のタワーを作って、差別化できるのではないかと考えました」
「リンゴちゃん」と名付けられたその猫は、今では会社の看板猫となり、試作品のキャットタワーの使い心地を試す、重要な役割を担っているそうです。
美佳さんは、展示会に出展するたび、訪れる飼い主から「せっかく買っても、愛犬や愛猫が使ってくれないかもしれない」という不安の声を聞きました。
そこで、取り入れたのがレンタルシステムです。ティティペットのペットソファとキャットタワーはすべて、最短3カ月から、レンタルを可能としました。しかも、ペットがかんだり汚したりした時の修理は1回まで無料という、ペット用品としては画期的なサービスも取り入れました。
メーカーとして不安はなかったのでしょうか。「ペットは、かんだり汚したりするのが当たり前です。でも、飼い主さんだったらそれを許せます。メーカーにも同じ気持ちがあった方がいいなと思いました」
「レンタルしても汚したらどうしよう」という心理的ハードルを取り除くためにも、1回だけなら「ごめんなさい」と言える気楽さがいいのではないか。それも、美佳さんが長らく愛犬と一緒に暮らしてきたからこその発想だったのでしょう。
ブランドは立ち上げ11年目を迎えましたが、売り上げはまだ年間100台強、金額にして500万円程度と全体の1〜2割です。顧客は大半が関東地域で、20〜50代の女性が多いという特徴があります。
空前のペットブームで、ここ数年、大手家具メーカーもペット用家具市場に参入してきました。しかし、人用の椅子で40年以上培ってきた、布やレザーを張る技術は、大手にも負けない自信があります。
社長の竹内さんは「自社工場があり、目の前に熟練の職人がいるので、どんなオーダーにも臨機応変に対応できます。生地を本体に貼り合わせる『張り』という、もっとも技術が必要な工程を行える職人は6人いて、うち1人は後継ぎである息子です」
もともとは料理を作る仕事をしていたという息子の竹内清規さんは、事業を継ぐために実家に戻り、現在はペット用品の製造を中心に、職人をしています。
竹内さんは、11年目の21年から、ペット事業に本腰を入れていこうと心を決めました。「ペットソファやキャットタワーは1台4〜5万円前後なので、服や小物など、もっと手に取りやすい価格帯の商品を開発する予定です」
いずれは東京や大阪などに店を出して、都会の人に実際に商品を見てもらいたいという計画もあります。
「椅子張りや椅子作りを本職としてやってきたわけですが、今後どうなっていくか心配ということもあります。会社は(大都市圏から離れた)伊勢志摩にあり、納品するのに時間もコストもかかります。このあたりも心配するところではありますが、ペット事業も並行して今後も会社を存続させていきたいと考えています」
娘の美佳さんからは、ティティペットへの思いがあふれています。
「初めての犬・シンバのために父が作ってくれた丸型ソファに座った時、『可愛い!可愛い』と言われているシンバがとても楽しそうで、私もとてもうれしかった。この気持ちにペットを愛する方も絶対に共感してくれるはずで、手作りだから高価な商品になるけれど、丁寧な仕事と情熱が詰まっていることをわかってくれるはずという一心です」
ティティペットというブランド名が、ペット愛好家の間でもっと広がっていくように――。夢の詰まったアイデアと、それを形にできる技術をもった社長と家族の挑戦は、まだ始まったばかりです。
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