「ちんや」とは

 「ちんや」は、料理店創業以前の江戸時代、諸大名や豪商相手に狆(ちん)などの愛玩動物を納め、獣医を兼ねていたことから、「狆屋(ちんや)」と呼ばれていたときの屋号が由来となっています。1880年(明治13年)に、東京・浅草に料理屋に転じてからも親しまれてきた屋号を使ってきました。

「ちんや」の大正期の店(右)の姿が確認できる画像。店先にのれんがかかる

 店舗には精肉売店も擁し、すき焼き用の肉は黒毛和種のメス牛肉に限定。2017年には「適サシ肉」を宣言し、A5等級の使用をやめるとともに、「適サシ肉」を商標登録するなど、「すき焼き文化」の醸成に努めてきました。

 しかし、コロナ禍で営業継続が困難と判断し、閉店・長期休業を発表していました。

すき焼き屋という場は、そもそも人と人とが密になる場でありまして、そこが素晴らしさでございますが、コロナ禍ではそれが仇となり、困難な営業を続けてまいりました。

店舗の老朽化、感染対策改修が出来がたい点なども合わせて考慮した結果、この際いったん商いを止めて出費を止め、企業生命を保つことがベターな選択と判断した次第でございます。

破産・廃業ではなく法人としては存続し、商いの再開・再生を期してまいりますので、ご安心下さいませ。

感染収束が遅れる中、再開には困難が伴うと存じますが、心折れることなく時を待ちたいと思っております。「上を向いて歩こう」(“Sukiyaki”)を口ずさみながら。 その節は、未来社会に合う形にしたいと企んでおりますので、引き続きご高配を賜りたく、お願い申し上げます。

浅草「ちんや」 閉店・長期休業のお知らせ

WDIが承継を発表

 こうしたなか、WDIが2021年8月13日、「ちんや」のブランドとそれに関わる商標、ノウハウの譲渡を受ける契約を締結したと発表しました。

 「ちんや」ブランドの歴史、コンセプト、「適サシ肉」をはじめとする和牛へのこだわりを崩さず、再現すると約束しています。

 ただし、不動産取引や会社の株式などの譲渡はないそうです。そのため、東京都台東区浅草1丁目の現店舗は使用せず、浅草の別の地で2022年春に再開する予定です。立地・物件探しからのスタートですが、現店舗の調度品などについては活用する予定だとしています。

窓枠などにレトロでモダンな雰囲気が感じられる「ちんや」の店内
文明開化の風物を描いた「開化絵」が飾られた「ちんや」の座敷

 再開には、6代目店主の住吉史彦さんが参加するほか、現スタッフの協力も得る予定です。ただし、今後の雇用については、WDIが「現在、詳細を検討中」と回答しています。

WDIとは

 WDI(本社・東京都港区)は1972年に外食事業に参入以来、「トニーローマ」、「ハードロックカフェ」、「カプリチョーザ」等、最初期よりマルチブランド展開を推進し、1980年の「トニーローマ ワイキキ店」出店を皮切りにグローバル展開を開始しています。

 近年では「サラベス」、「エッグスンシングス」などの海外の朝食文化の輸入、2014年「ウルフギャング・ステーキハウス」、2018年「Buvette」や「添好運(ティム・ホー・ワン)」、2019年には「富錦樹台菜香檳(フージンツリー)」を日本に導入しています

 現在25以上のブランドを約160店舗、日本を含め6カ国で展開し、2006年ジャスダック上場しました。

「ちんや」6代目店主のコメント

 「のれん」の承継にあたり、「ちんや」6代目店主の住吉史彦さんは次のコメントを発表しました。

141年の歴史を持つ「ちんや」の事業を引き継いでいただける方を探している中で、WDIの方々との出会いの機会を頂きました。

海外の多くの人気ブランドを息長く運営されているWDIの運営の秘訣として、徹底したブランド理解と秀逸なオペレーション力があることを知り、「ちんや」の未来を託したいと決断しました。

これまで海外ブランドの導入に実績のあったWDIが日本の暖簾の承継に乗り出そうとされていたタイミングで御縁をいただけたことは、「ちんや」にとって幸運と申すほかありません。

これまで「ちんや」を愛して下さった、全ての皆様に喜んでいただけるカタチがとれたと確信しております。