日本の宇宙ベンチャーの多彩でユニークな進化。世界と競う日本の宇宙ビジネスの現在地とは
宇宙ビジネスの産業発展を支える一般社団法人「SPACETIDE」の共同設立者・理事である佐藤将史さんが、リアルな宇宙ビジネスの“いま”を伝えます。第5回は、日本の宇宙ベンチャーの特徴と宇宙ビジネスを盛り上げる“人財”についてです。
宇宙ビジネスの産業発展を支える一般社団法人「SPACETIDE」の共同設立者・理事である佐藤将史さんが、リアルな宇宙ビジネスの“いま”を伝えます。第5回は、日本の宇宙ベンチャーの特徴と宇宙ビジネスを盛り上げる“人財”についてです。
目次
日本の宇宙ビジネスの盛り上がりを牽引(けんいん)しているのは、現在50社を超えるベンチャー企業だ。わずか10社程度だった日本の宇宙ベンチャーは、この5年程度で爆発的に増えている(その背景は、前回記事で触れた通り)。
日本の宇宙ベンチャーの数は、数百~1000社を誇るアメリカや中国に比べると少ないものの、筆者の知る限り日本はそれに次ぐ国々のトップを行く。
従来の日本の宇宙業界では、3500億円程度の政府の宇宙関連予算を巡って、限られた数の宇宙系の大手企業が競い合うという構図だった。
宇宙ベンチャーの成長を支える資金はベンチャーキャピタリスト(VC)や事業会社など、民間からのリスクマネーの調達だ。その金額規模は近年、年間100億円強の規模で推移している。
個社単位で見ると、数十億円サイズの大型の調達をするベンチャーが年々増えている。
宇宙開発は他の業界に比してコストがかかるため、資金調達が日本のベンチャー業界でも目立って大型化する傾向になるのは自然なこと。他方、宇宙ベンチャーに出資する側としては、金額とリスクの大きさに見合うリターンが見込めることが必要条件だ。言い換えれば、日本の投資マーケットにおける宇宙ビジネスへの期待値が、それだけ大きくなっていると言える。
世界との比較で見る日本の宇宙ベンチャー陣の特徴は、バラエティーの豊かさにある。あらゆる領域にまんべんなくベンチャーが存在しているのは、国際的に見てもめずらしい。
アメリカや中国の宇宙ベンチャーは、どちらかというとハード・テックを駆使したロケットや衛星コンステレーションを手がける企業が多い。輸送や通信という切り口で、宇宙へアクセスするためのインフラを構築するところに重心が置かれている。
他方、日本の宇宙ビジネスの特徴は、アメリカなどと真っ向勝負で“インフラ構築”に挑む企業もいる一方、その先にある「宇宙利用」を主戦場とするユニークな宇宙ベンチャーもまた多数、存在感を発揮しているという点にある。
宇宙利用のベースとなる考え方は「宇宙×○○」、つまり宇宙と異業種のかけ算による価値創造だ。日本の宇宙ベンチャー群はこの点において先進的で魅力的な事例を数多く輩出している。
その代表例は、衛星データ利用だろう。
宇宙空間から地上の様子を高頻度に撮像するリモートセンシング画像は、農林水産、インフラ、エネルギー、運輸、交通、保険、防災など、あらゆる分野との「宇宙×○○」に貢献をするものだ。
産業界のDX(デジタルトランスフォーメーション)全盛の近年、データの重要性がますます高まる中で、衛星データに寄せられる期待は高まっている。それに呼応するように、衛星データ関連の企業は日本の宇宙ベンチャーの最大勢力であり、それぞれ農業や水産業、都市動態などを専門領域としてDXビジネスを展開している。
宇宙で使える人型の遠隔操作ロボット開発を行う企業が複数あることもユニークだ。
常に危険と甚大な管理コストを伴う宇宙飛行士の業務をロボットによって代替できれば、大きなコストダウン効果が見込めることに加えて、建設、医療、教育、ビジネス会談、レジャーなど、地球上の様々な業界現場での遠隔ロボティクス技術の導入促進につながっていくことが期待される。筆者としてはロボット・アニメの国としても名をはせる日本の“らしさ”を発信している事例とも感じている。
人類が宇宙で暮らす将来を見据えて、宇宙食開発や宇宙農業に挑むベンチャーも複数存在している。宇宙という極限環境を克服する「食」への挑戦は、地球上での災害や僻地などの過酷な条件下での食環境の整備につながる。近年盛り上がりを見せるフードテックやアグリテック領域との親和性も高く、これらの分野のベンチャーの宇宙ビジネス参入も見られる。
世界に先駆けユニークなビジネスをしかける動きは、従来の日本産業界は不得意としてきたものだ。宇宙ビジネスにおいては、その慣習を打破して日本のベンチャ―がリスクを取って世界を先行するべく積極的に動いている。
宇宙ベンチャーで働くことに関心ある人が増えていると実感している。最近よく「宇宙ベンチャーに入るには、宇宙に詳しくないといけないですよね?」という質問をいただく。私は「決してそんなことはありません!」と回答をしている。
「宇宙×○○」は、人財確保の面でも重要な考え方になるからだ。読者のあなたがもし、宇宙とは縁とゆかりもない業界で働いていたとしても、宇宙の専門的な知識がなくても、そこで諦める必要は全くない。
宇宙企業と言うと、ロケットや衛星といった宇宙機エンジニアが多いイメージを持つかも知れない。しかし、新しい時代の宇宙ビジネスの本質は、低コストで高速かつ顧客ニーズに合わせた柔軟な設計や開発、製造であり、それができるエンジニアが必要だ。求められる能力は、サービスとしてのものづくりに、より近い。
自動車や電機などの業界ではごく当然の基本的な能力が、これまで国家主導の重厚長大な宇宙開発に依存していた宇宙業界では、さほど求められてこなかった。それが今、業界の大きな変化に伴い、人財・能力もまた急激な変化を求められている。
今後は特に、技術と顧客の双方を俯瞰(ふかん)して実行に移せる人財、つまりシステムズ・エンジニアリングや技術営業などの経験者を異業種から積極的に迎え入れていく必要性が増すだろう。ものづくりの対象も、前述のロボットや月面車など、従来の宇宙機とは全く異なるものへと多様化している。異業種出身のエンジニアへの人財需要は増す一方だ。
ものづくり以外では、データに長けたエンジニア人財も非常に重要だ。前述の通り、衛星データ関連企業は日本の宇宙ベンチャーの最大勢力であるが、その陣容は“宇宙ど真ん中”の会社、というよりもIT系のデータ事業者に近い。
衛星データをあくまでDXにおける“素材の一部”と見るならば、そこに必要なのは衛星にとどまらない多様なデータと顧客を俯瞰して価値提供ができるデータ・サイエンティストやAIエンジニアのような人財だ。アメリカではGAFAMのエンジニアが宇宙ベンチャーに移籍するケースがめずらしくないが、日本でも似たような潮流ができつつある。
宇宙ビジネスは、精巧なものづくりだけでは成り立たない。事業開発や営業活動、政策立案、資金調達など、様々なビジネス面の動きがあってこそだ。
宇宙ベンチャーのビジネス・チームには、コンサルティング・ファームや総合商社、金融機関、広告代理店などから来たビジネス・プロフェッショナルや、事業会社でビジネス開発や営業を手がけてきたメンバーがそろっている。宇宙分野の出身者は、むしろ少数派だ。文系出身だったとしても、それ自体は全く問題ではない。
求められるのはピュアなビジネスのスキルと、新しい領域に挑戦する姿勢やオープンマインド、そしてグローバル適性だ。
国家主導の宇宙開発に依存し、自国政府の仕事が最優先だった時代とは異なり、もはや世界市場での戦いが基本となる今の宇宙ビジネスでは、高いレベルでのグローバルな体制と感性を持つことはサバイバルのための必要不可欠な要素だ。宇宙ベンチャーでは外国人社員が多い企業はめずらしくなく、幹部が多国籍というケースも複数ある。
そのような企業では当然、社内では英語が飛び交う。国際的なマーケットで働きたいと思うビジネスパーソンに、宇宙ベンチャーはおすすめしたいジャンルの1つだ。
日本の宇宙ベンチャーはこれまで投資家からの資金調達に頼り、研究開発や事業開発にまい進してきた。しかし、アメリカを中心に事業構想が現実のビジネスとなり始めている今、資金調達依存からは「卒業」し、海外勢と競合しながら顧客からの安定的な売上を得ていくことが早晩必要となる。
その中にあって海外市場を狙うことは必然であり、欧米を中心に海外拠点を設置したり、海外の政府や企業と密接な提携関係を締結したりする動きは非常に重要だ。
月面探査のispace、宇宙ごみ処理のアストロスケール、通信アンテナ・回線サービスのインフォステラ、人工流れ星のALE、宇宙ロボットのGITAI、ロケット輸送やISS利用コーディネートのSpace BDなど、この面において積極的な動きが目立つ企業は複数ある。
他方、海外勢の日本進出も活発化している。Planet, Orbital Insight, Virgin Orbit, ICEYE, Spaceflightといった業界のリーディングベンチャーが日本の大手企業と事業提携したり、日本拠点を設置したりすることで、日本のマーケットにも進出しつつあり、「黒船襲来」は国内で活躍する宇宙ベンチャーにとっては大きな刺激になっている。
加速する宇宙ビジネスの世界戦の渦中に、日本の宇宙ベンチャー陣もすでに入っている中、力を貸してくれるエンジニアやビジネスパーソンを迎え入れる態勢は、各社いつでもスタンバイできているはずだ。
(朝日新聞社の経済メディア「bizble」で2021年8月16日に公開した記事を転載しました)
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